小切手の換金   9/7/06

 こちらに銀行口座を持たない人がアメリカの小切手をもらうと換金に大変。坂田さんの息子の隆ちゃんは12歳からの留学。寮生の学校は個々の生徒の口座から必要経費を差し引いていく。その残金が3千ドル以上の小切手で日本に郵送された。小切手の受取人は坂田さん名義だが、彼女はこちらに口座がないので換金ができない。何とか方法はないものか?と私の銀行に一緒に行き馴染みの銀行員バーバラに相談をする。
「金額が金額だから支店長に相談しないと。。。」と彼女は私にウィンクをする。前の女性支店長は、何事に対しても臨機応変に事を処理してくれたが癌で亡くなり、このスティーブが赴任。これが又四角四面の性格で、彼の辞書には「融通」と言う言葉はないのではと思ってしまう。一度余りにもマニュアルに添ったことを言うので「貴方の家にあるボールの球は四角の形をしていますか?」と笑顔で皮肉ってあげたことがあるが、バーバラはそれを知っている。
「特別に自分が許すから、小切手の裏にMs. Sakataのパスポート情報とサインをしてくれれば現金化します。」と今回は感心。バーバラと「良かった!良かった!」と喜び書き込み始めたが、バーバラが「ダメだわ~。」と、受取人の箇所を指差して溜息。学校側がMr.& Mrs.としていた。彼女は「この後、支店長のOKのサインが必要だから彼は気づくわ。ご両親に発行された小切手だからご主人のパスポートの情報を手に入れて。」と助言。車に戻り、日本時間の深夜一時過ぎご主人に電話をして全てが完了。だから私は町の小さな銀行が好き。大手銀行では絶対にあり得ない温かみのあるサービス。
 車を手に入れたO先生に市内の運転を教えたが、私が「もっと早く、もっと早く。」と何度も言うので先生は苦笑。明日もう一度同じコースを一人で回るようにアドバイス。
 7時近く帰宅して急いでチビを散歩させる。私があることで一人の韓国人の年配者を探しているが、常時Reliableに働けないので彼に会うことも出来ない。それで月曜から木曜日に働くギョンヒーに探すのを頼んでいた。ギョンヒーは80歳以上とおぼしき男性を見ると「Tamikoを知りませんか?」と聞いていると、一人の人が名前と電話番号をくれたと彼女から手渡された。彼女の英語もつたないので、その男性がいったいどう言う素性の人なのか全く分らず電話をする。
私が探す人ではなかったが、この人は流暢な日本語を話す84歳でLexingtonに住む。高校は福岡に留学したと言うから、かなり裕福か成績優秀だったのだろう。今は政治関係の論文を寄稿しているそうで、これも興味深い。朝鮮戦争では何ヶ月間かは日本家屋の屋根裏部屋に隠れ、後の何ヶ月間は朝鮮家屋の床下に隠れていたと言った彼の体験談をじっくりと聴きたい。
この人とも来月我が家で食事をする事を約束した。新聞社の中島さんに声をかけてみよう。彼は韓国語を勉強しているから。
 日本から戻られた廣井先生から「生きんつば」を頂く。それも栗入り。どうしょう。。。必死になって食べないようにしている私なのに。嬉しいけど酷です。
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             Brooklineの百年以上の家の移動。何故か?と側に
             立つ警察官に聞けば「コンドを建てるために、一旦家を
             前に移動させ、家があった場所に広いパーキング場を
             造る。
             それが終わった後、家をパーキング場の上に戻し、
             敷地の前方に、この家の住人のパーキング場を建設。
             この後また家を前方に移動させ固定。そうすればコンドの
             建物の着工が始まるよ。」との説明。
             これだけの手順を踏めば軽く一億はするマンションとなる
             だろう。

   素晴らしい秋晴れ             
         
by arata-tamiko | 2006-09-08 23:29


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