2016年の晦日、大いに笑う

            明けましておめでとう御座います。
        皆様に取りまして穏やかで幸せな一年でありますように。
          
年初めは、太陽が燦燦と照る気持ちの良い元旦で、厳しい寒さが襲ってこないようにと願った。
Reliableを手伝っているに違いないと店に買い物に来てくれた私のお客様たちとも新年を迎える挨拶が、ゆっくりと出来て本当に良かった!

忙しければ忙しいほど心のゆとりと笑いが必要と、かなりお客様相手に笑わせてもらった。

あるアメリカ人男性、鯛ほどの魚一匹を支払う際「この魚はどこから来たのか?」と訊いてくる。
レジで働く大学生のユン、助けを求めるように私を見る。
客に「ちょっと待って下さい。訊いてみましょう。」と、魚に顔を近づけて「ところで、あなたはどこから来たのですか?」と訊き「海からだと言っていますよ。」と彼に向って言うと列に並んでいた客たちも大笑い。

いつも来る日本語を使いたがる中年の韓国の小父さん、毎度チョット品物をカートに入れては、他の品を取りに行き、カートを好きな場所に置きっぱなし。
特に混雑をする晦日の店内ではカートが迷惑。
で、懲らしめのため小父さんがカートから離れた隙に、そのカートを遥か遠くに隠すように動かした。
戻った小父さんが”???”となって探す様子に、ユンと笑いを必死に堪える。

このユンは、父親がお店経営のパートナーの一人と言う理由だけでなく生来の働き者。
その上、性格も良く孫のように思う。
でも、余りにも生真面目ゆえに、つい揶揄い心が出てしまう。
日本酒を買った60歳過ぎの日本人夫婦の対応をするユンの背後に立っていた私、ユンに向かって「IDを見せてもらわないといけないでしょう。」と厳しく言うと、ユンは顔を赤らめ慌てて「すみません。IDを。」と彼らにお願いをする。
私の表情を見ていたご夫婦は、笑い出しユンも揶揄われたことに、やっと気づき哄笑。

通りがかったユンの父親に「この年齢だから不要だと言っているのに、貴方の息子さんは”MA州の法律だから”と頑なに言って、IDを出させたのですよ。」と告げると、ご夫妻もユンも大爆笑。

なぜか、この青年ユンと我が娘も含めて、私の親しい友人は皆酉年。
この歳になり、この一年つつがなく生きよう。

    曇り日
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         陸上自衛隊を退官された方の作品のカレンダーが
         今年も日本の友人から送られてきた
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          ご興味のある方は、どうぞ申し込んで下さい
# by arata-tamiko | 2017-01-03 00:41 | 楽しかったこと | Comments(0)

30年前の国際電話料金   12/17/16

電話会社の毎月の支払いの高さに、節約プランはないものかと、RCNに電話をすると、運良く親切な年配女性に当たり、私のデーターを見た彼女から開口一番「17年間の忠誠心を有り難うございます。」と感謝をされた。
単に諸々の手続きが煩わしい理由で、他社に変更しないだけなのに礼を言われ気恥ずかしかった。

「どこを削れるか、もっとお得なプランがないかを調べる前に、セキュリティのため、パスワードを下さい。」と言われ「昨夜食べたものすら思い出せないのに、どうして17年前のものを覚えているでしょうか?」と返事をすると「何て可笑しな人でしょう。でも私も同じなの。」に、二人して哄笑した。
時間をかけて調べてくれたが、現在よりも安くなる割引プランはないとのことだった。

こちらに移ってきた30数年前は、電話会社名は確かNew England Telephone Co.の一社のみだったから、正に殿様商売。
隣接する町や他州にかけても長距離追加料金がかかり、ましてや日本への国際電話となると時計と睨めっこで話すほどだった。

独りで沖縄に住む主人が癌に侵され、当時の日本では、医師に見守られながら病院で息を引き取ることが一般的だった。
アメリカなら自宅看護が可能と計画立て、主人は沖縄からボストンに飛び、本人の望み通り家族だけに見守られながら到着の一週間後に人生の終焉を迎えることが出来た。

主人の出発の朝、沖縄の病院に電話をすると、看護婦が「病室にいないので探してきます。」と心当たりの場所を探す度に電話口に戻って「この部屋にも、あの部屋にもいません。」と報告をしてくれる。
最後に、病院内の床屋で旅立ちの散髪をしてもらう主人を見付けてくれたが、一分が3ドル数十セントする時代だったから「いちいち戻って報告をする必要はありません。」と喉元まで出かかったが、電話を通して彼女の必死さが伝わってくるので、ハラハラしながら受話器を握りしめていた。

ほどなくして電話会社が自由化されたのか、MCIと言う会社が参戦し、雇用した各国の外国人オペレーター達が、電話帳の名前から推察し彼等の言語で勧誘電話をかけた。
これは画期的なアイディアだった。
遥かに安い電話料金に惹かれ電話をすると、責任者が出てきて話しているうちに働かないかと誘いを受け、物見高い私ゆえ、ボストンで一番の高層ビル、ジョンハンコックにあった会社に行ってみた。
けど顔も見たことがない相手を勧誘することも性に合わないし、歩合制で働く女性たちの様子に魅力を感じなかった。

この後に来たのが、RCN.
それも町のあちこちにロシア革命を興したレーニンの見上げるような大きな写真を掲げ「帝国主義は永遠に続かない!」と、大きくキャッチフレーズが書かれていた。
確かRCNが、電話、テレビそしてインターネットの組み合わせプランの先駆者だったと思う。
その上に、掲げた最大のサービスは、どんな大きな建物であろうが、個人宅であろうが工事は無料。
浅ましく私など、お風呂場も入れて電話ジャックを六ケ所、ケーブルは四ヵ所も無料で取り付けてもらった。

30年前、だれが日本に無料で長電話も出来ると思った人がいただろうか。
隔世の感がある

   かなりの雪が降り続く

   カンガルーの筋肉は相当のものらしいが、愛犬の一大事に我が身の危険も
   顧みずパンチを食らわした飼い主
# by arata-tamiko | 2016-12-18 02:24 | 諸々の出来事 | Comments(0)

時代背景を知らずして  12/12/16

Reliableのお店に、よく来る50代半ばの、日本人御夫婦。
妻の方から「ここで作っている韓国の海苔巻ご飯は、酢を使わず塩とゴマ油で味付けをするのですか?」と訊かれ「そうです。でも戦前の朝鮮では、日本の海苔巻きしかなく、今の韓国式キムパップ(海苔巻き)は、戦後作られたものだと年配の韓国の友人が話していました。」と言うと「可哀想に。無理に日本の海苔巻きを食べさせられていたのですね。」と、頓珍漢なことを言う。
「何が可哀想なんですか? 当時は、日本の太巻きしかなかったんですよ。韓国人は自分たちのキムパップが、海苔巻きの元祖と思っていますが、あれは日本がオリジナルです。」

「でも、日本が朝鮮を植民地にして沢山の人を殺したのは、いけませんね。」
「沢山の人って誰ですか?百年前の朝鮮半島の時代背景を知っていますか? 何百年に渡って、王家や貴族が贅沢の限りを尽くしたせいで、一般民衆は、飢えに苦しみ、国にお金がなく亡びる寸前だったのよ。大臣たちは、初めはロシアに経済的に助けを求め、次に日本を選択したのよ。」

今度は「日本のせいで朝鮮半島が南と北に分けられて可哀想。」と言い出した。
「あなた、何を寝ぼけたことを言うの! 日本が併合したのは、百年以上前。朝鮮半島が寸断されたのは、第二次世界大戦の後に勃発した朝鮮戦争の結果なんだから、時代が違うでしょう!」
「はぁ~、南北に分かれたのは、朝鮮戦争の後なんですか、、、。」と、もれたオナラのような気の抜けた返事をする。

この後も、日韓歴史として余りにも愚かなことを言うのに耐え兼ねて「もう少し勉強をしてから、人に話してください。どこから仕入れたのか知りませんが、日本を一方的に悪く言う人は許せないのです。」と、声を荒げてしまった。
属する団体が、韓国よりだから、そこから得た知識だろうが、無知の一言。

お客様に意見をしても、このお店に働く全員が日本語の解らない韓国人だから幸いした。

   今朝の雨と昨夜の雪で道路は水浸し
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          1880年代のSeoul 中心街の南大門大通り
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           首枷の刑罪 (日本近代史歴史認識より)
# by arata-tamiko | 2016-12-13 10:32 | 不快な出来事 | Comments(0)

テレビを観ながら思うこと   12/1/16

何とも味わい深い東北訛りで歌う”福田こうへい”を見る度、岸田外務大臣の顔が浮かんでくる。
二人とも同じての顔立ち。
金銭授受疑惑の責任を取って辞任した甘利大臣と細川たかし
特に二人の広い額と髪質、これほどまで似るものかと見入ってしまう。

安倍首相は、毎日あれだけの激務と責務を負いながら、白髪がないのが不思議で、あの黒々とした毛髪に毎度目を凝らして観ているが、染めてはいないと確信をする。
なぜなら、染めた後の数日は頭皮が赤っぽい色となるが、安倍首相には、それが一度も見られないからだ。

NHKの子供番組の歌には、どうして”お尻、お尻”の言葉が頻繁に使われるのだろう?
”おしりプリプリ”とか”かわいいお尻”はては”お尻ペンペン”と子供たちが、自分のお尻を叩き、若い歌のお兄さんとやらも、左右にお尻をひねっている。
だから日本には”おしりフェチ”が多いのかも。

「暗い部屋で観ないでください。」とか、ニュース番組に「フラッシュで目を悪くしないように。」とかの注意テロップが、テレビ画面に出てくるのも不思議。
こんなことは自己判断するもので、もし悪くなったら自己責任というもの。

車内放送で「雨で足元が滑りやすくなっております。」とか、傘の持ち方まで注意をしてくれるほどの至れり尽くせり。
あたかも、学校に行く我が子に「ハンカチ持った?何を忘れていない?」と促す母親みたい。
日本に住んでいた時は違和感もなく聞いていた。
今は、もしアメリカで同じ内容の車内放送をしても一人として注意を傾ける乗客はいないだろうし、彼らは、どんな反応を示すだろう。

昔から変わらず日本人は、命令に従う国民性なのだろう。

   暖かい一日
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            ハンガリー地方の犬だそう
# by arata-tamiko | 2016-12-02 10:14 | 諸々の出来事 | Comments(0)

友との別れの辛さ   11/23/16

11年前に、Reliableに働いていた行き場のない韓国人女性、ソンヨンを我が家に住まわせたことから、彼女との縁が始まった。
英語を全く話せず歴史の先生だった国粋主義者のようなソンヨンと挨拶くらいしか韓国語が出来ない保守主義の私との共同生活、想い出しても笑ってしまう。
彼女が一番憎む歴史上の人物は、豊臣秀吉と伊藤博文。今は安倍首相。それも日本語で発音できるのだから恐れ入る。

事情があり、5年後にシカゴの方に移ってからの今までの6年間、2,3か月に一度は安否を気遣い電話をかけ続けてくれた。
80歳の半ば近くになった両親に乞われ、今回意を決して帰国をすることになり、私に一目別れの挨拶をしたいと我が家に一泊してボストン経由で帰途に就いた。

卓越したユーモアの持ち主であるソンヨンは、夕食の席で「もっとゆっくりしたいのは山々だけど、我が国の騒動を何とか収拾してくれと朴大統領から直接連絡が入ってね。だから一刻も早くに帰国をしないといけないの。」と、十年経っても上達しない英語と韓国語のチャンポンで笑わせてくれる。

ビザが切れたまま滞在していた彼女は、別れの朝「一旦出国すると10年間は戻ることは出来ない。いつ再び会えるだろうか、、、。」と泣く。
私のお気に入りの可憐な銀細工の花模様に大きなピンクの真珠が飾られたブローチを手渡しながら「いいこと。このブローチを付けて就職の面接に行くのよ。私が傍にいると思いなさい。私が先に逝くことがあっても、このブローチが手元にある限り私は貴女と一緒にいて見守っているから。」

韓国では、三十代も半ばになると就職は殆ど不可能となり、ソンヨンは夜学の先生の職を求め、いくつかの面接が控えているが、大学入試に歴史は重要視されておらず、その上50歳近い彼女の難儀は火を見るよりも明らか。
なのに「就職出来たら、お金を貯めて飛行機代を送るから、絶対に会いに来てくれ。」と言う。
歳を取ればとるほど、別れと言うのものは辛くなる。

   急激に寒くなった
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    15年前に自動保険でお世話をした益山さんが、今年の春に戻ってきた。
    東京にある老舗の専門学校で、パンやケーキ作りを教えていたが、現在は
    Brooklineにある知る人ぞ知る、Clear Flour Breadでチーフとして活躍。
       日本のお子様の誕生日パーティーに作った彼のケーキです。
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    30人ほどの子供たちのために、カップケーキも作り大好評。

    個人的にオーダーを受け付けています
    こちらでは味わえない繊細な日本のケーキを是非試してみてください

        電話番号  617-599-9447
              naga4312y@gmail.com

  
  
 
# by arata-tamiko | 2016-11-24 10:51 | 諸々の出来事 | Comments(0)

Walthamで造られる地酒の日本酒   11/16/16

Reliableの店内にズラリと並ぶワイン、ビール、日本酒などの数々を見ながら、飲めたらな~と、思ってしまう。
こうやって時間がある時に手伝ってあげているが、少しでも嗜むことが出来たなら、毎度違う種類を持って帰って飲んでみるのに。
母は、とても強かったが、父は粕漬すら受け付けず、酒屋さんの前を走って通るくらいの下戸だったから、その父の体質を受け継いだようだ。

もう数年前、体格の良い40代半ばのアメリカ人男性が、愛らしい5歳くらいの娘と店に来て、私が日本人と判ると、沢庵を作りたいから糠はないかと日本語で訊いてきた。
話をするうちに、日本滞在中に日本酒に魅せられ老舗の酒造会社で、何年間か修業を積んだそう。
そして友人と二人で立ち上げた酒造工場の日本酒を、いよいよ市場に売り出すと興奮気味に言った。

先日Reliableに来られたT先生が「あれ、これって地酒ではないですか?僕のボスが話していましたが、やっとこの店で見つけました。」と、喜んで買っていかれた。
早速「とてもスッキリして誰でも美味しく飲めるお酒です。クセがないので、どんな料理にでも合うでしょう。地元で醸造しているお酒で、あのクオリティーなら、一度試しても損ではないと思いました。」と、コメントを戴いた。

テレビなどでも取り上げられ、人気が高まってきているようだ。

    会社名はDovetail Sake

    http://www.dovetailsake.com/

今週の18日(金曜)に、Reliableで企業を立ち上げたToddによる、この地酒の試飲会が催される。

    時間 5時~8時

    Reliable Market
    45 Union Square
    Somerville, MA 02143

お酒の試飲会を見たことがないので、飲めない私ながら、野次馬根性で出かけてみよう。

建物の裏に広い駐車場があるので、皆さまも是非立ち寄ってください。

   曇り
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        家の近くに7匹の七面鳥が完全に居ついてしまった。
# by arata-tamiko | 2016-11-17 11:57 | 興味ある話 | Comments(0)

人としての礼儀   11/7/16

自動車保険加入の際には同時にAAA(日本のJAFFに相当する組織)にも加入をするように助言をしている。
車を運転し始めた頃は、車中のルームライトが子供の悪戯でつけっぱなしになってバッテリが上がったり、また旅行に出かけたりするのに詳しい情報が無料で手に入る。
特にGPSに頼って運転をしていると、各町の配置が頭に入らず、AAAの大きな一枚地図を室内の壁に貼っていると役に立つ。

二年以上の留学の方たちは、自動更新を希望され、その都度「帰国の際には、必ずキャンセルをして下さいね。でないと帰国後も引かれますよ。」とお願いをし、またお渡しをする保険の注意事項にも記載をしている。

帰国後大分経ってから「クレジットカードから引かれているのですが、何とかしてください。」とメールが入ってくる。
お客様が加入をする保険会社と、AAAは全く別会社であることも詳しく説明をしている。

保険代理店のKevinに助けを求めると「助けてあげたいが、このようなキャンセルの問題は、本人でないと出来ない、」と、親切心でAAA加入を手伝ってくれているKevinからの返事。

試に数度かけてみると、やはり駄目だった。
諦めず四度目に試した男性が、必死に説明をする私の言葉を信用して「いつ帰国をしたのか?」と訊いてきた。
「三年前ですが、せめて今キャンセル出来るだけでも有難く思います。」と、すがる思いでお願いすると「帰国して以来、車を使っていなのだから、その時点から返金してあげます。」と、言うのには、こちらが仰天してしまった。

「この人のクレジットカードは、まだアクティブですから、ここに返金をしておきましょう。」と、感動の言葉。
それも彼の名前と直通のラインまで教えてくれたが、もうかけることもないだろうと思っていたのが、それから立て続けに、帰国をされた数名からキャンセルのお願いメールが入った。

今回もAAAの男性は、私が告げるこの人たちの帰国日を信じ、遡って返金の手続きをしてくれた。
実に、実に有難い事。

しかし、「入金されました。」の報告も、お礼の一言もなかった。
いや一人あったかしら?
医者になる勉強はしても、人として礼儀を身につけることを親から教えられなかったに違いない。

この歳になれば怖いこともなくなってくる。だから人として礼儀のない行動に私の怒りを吐露した。

   秋深まる
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     間もなく車に積もった雪の除雪に、このブラシが必要となってくる
# by arata-tamiko | 2016-11-08 02:52 | 不快な出来事 | Comments(0)

真の親日家たち   10/15/16

日本のニュースを観る限りでは、韓国人の大半が反日であるように思えてしまうが、植民地時代に日本の教育を受けた80代の私の友人たちは回顧趣味ではなく、日本の文化を心から愛し尊敬している。
こちらに住む韓国女性のHさんから紹介をされた亡き夫の中学時代からの一番の親友であった韓国に住むR氏を十年前に紹介をされ、未だ会う機会もないままメールのやり取りをしている。

脳梗塞で寝たきりとなり透析も受けなければならない妻を8年間一人で看病され、一年前に逝かれたR氏の落胆は大きく、しばしば妻を想う俳句を詠み送ってくれる。
先日「歳を重ねた夫婦の川柳」の中から、いくつか抜擢をして送ると、戴いた返事は、14歳までの日本語教育とは信じられない日本語での情景描写、言い回し、今の日本人でもなかなか書けない文章力と思う。

夫婦の川柳、有難うございました。
「先逝くな。。。」で腹を抱えました。
しかし「花火の夜。。。」で胸がじいんと鳴りました。
と言うのは私なりのわけがあるからです。

話は今から60年以上の昔にさかのぼります。
当時、国内の放送局電波の出力が弱かったせいか、日が暮れると日本のNHKや朝日放送ABCなどの放送がよく聞こえました。
大学生であった私は、うちの4球ラジオの木箱にかじりつくようにして「二十の扉」、「頓智教室」、「話の泉」などの人気番組を楽しんでいました。

ある年の夏、NHKが京都の大文字焼きを実況放送しました。
加茂川からの中継で東山の中腹に「大」の字の形に並べて積み上げた薪が燃えて、暗い夜の山に大の文字が浮かぶ有様を伝えるアナウンサーの声が震えていました。テレビでなく、ただのラジオで
聞くだけでしたが、あれが見られたらなあとため息をついたのを覚えています。

それから40年の歳月が経って、私がK大学の電子計算所長を務めていた1986の夏、IBMが東京でひらくExecutive Conferenceに招かれました。Conference三日前の8月15日に日本が初めての妻を連れて東京へ飛び、そこから新幹線で京都へ向かいました。
妻に大文字焼きを見せるためでした。
四条大橋、南座の裏にある小さな旅館に泊まりました。

翌16日の日中には斑鳩の法隆寺へ出かけて、国宝の五重の塔や夢殿金堂等を見せました。
百済観音のあまりにもほっそりした姿に妻は何度も首をかしげていました。

午後、京都に帰り夕食をすませて、憧れの「大文字焼き」へと妻と連れたちました。
二条大橋あたりで一番よく見えるそうですが、電車がひどく混んでいましたので、二条を目指して歩き始めました。
ものすごい人混みなのでやっと三条大橋まで歩いたら、薪に点火する8時です。

町の照明が消えました。真っ暗い人混みのなかではぐれまいと、妻の手を握りました。
日本語が話せない妻が暗闇の中で怖かったのでしょう。
しっかりと握り返してきました。やがて、東山の山肌に大きな「大」の字の形の火が浮かび上がりました。

漆黒の闇のなかで鮮やかに大きく燃える大の字は実に神秘そのものでした。
手を握られた妻は何度もため息をついでいました。
日本通の亭主に手を握られながらこの神秘を体験した妻は、若い時分にお盆の次の夜の体験に憧れていた私の気持ちがわかったそうです。

国交断絶の中、日本語を忘れまいと必死に日本のラジオ番組を聴くR氏、夫がどうしてそれほど日本を愛するのかの一環を理解した妻、そして夫婦の情愛がひしひしと伝わってくる。
4歳年下となると、R氏の妻のように日本語は話せない年代となってしまう。
R氏のように、植民地時代の良いことも悪いことも知っている韓国人世代が、どんどんこの世を去ってしまうのは、とても残念。
このRが最近の日本語の乱れを嘆くのに「韓国人に指摘されては、世もお終いですね。」と苦笑い。

   見事な秋晴れが続く
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    この春、近所の庭で二羽の野生の七面鳥を見て驚いたが、今では
    10匹となっているそうで、遂に我が家の裏庭を散策するようになった。
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           どうひいき目に見ても愛らしい鳥ではない。
# by arata-tamiko | 2016-10-16 00:53 | 諸々の出来事 | Comments(0)

日本語の乱れを一人嘆く   10/8/16

言葉は世の流れと共に変化をしてくるとは解っていても、1つの言い回しが流行ると総ての日本人が”右に習え”とばかりになってくる現象は実に奇怪。

4年ほど前に、アメリカの食品を見た若い母親が「デッカイー!」とか「ヤパイ!」と発する言葉に、まじまじと相手の顔を見てしまったが、今ではそれが女性の間では一般的となっている。
これほど情緒豊かな日本語を、考えなく破壊している状態に、いけないとは知りながら耐え兼ねて注意をしてしまうこともしばしば

日本語では、数量を表す場合に助数詞が付く。
それが最近では、全て「個」で済まされ、お札を数えた後「はい、30個です。」と渡されたのには「お札は”枚”です。」と言ってしまう。
彼女とは気が合った気安さで、何度か「そんな言葉は盗人や香具師のものだったのよ。女性が使う言葉ではないわ。」と注意をしてしまったが、彼女としては「親でもない人になんで言われなければ。」と心中思っていただろう。

先日の点滴殺人のニュースでNHKの女性アナウンサーが、点滴袋の数量を「個」と表現した。聞き間違いかと、7時のニュースで確かめると間違いなく「個」と言っている。
お客様で親しいドクターに電話をすると「袋だったかな?いや瓶もあるから、瓶だったかな?個とも言ったかな?別の病院では「管(かん)」とも言っていましたね。僕も判らなくなってしまいました。調べておきます。」と戸惑っていた。

安岡章太郎の随筆の中に「女の器量は顔の造作よりも言葉かもしれない。」とある。
NHKアナウンサーだった広瀬久美子氏は彼の従妹だそうで、娘の番組で園芸の先生が「根分けをしてあげたら、水をたっぷりあげて下さい。」などと言うのを、母親は聞き咎めていたそうだ。

安岡氏は、既に何十年前に「近来、日本語の乱れ方は酷いものだ。まるで一億総動員で自分たちの国語を毀しにかかっているかと思うほど。」と嘆いている。

   秋晴れ続く
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         庭の柵に沿って菊を並べ、その見事さに一人満悦
# by arata-tamiko | 2016-10-08 21:44 | 諸々の出来事 | Comments(0)

日本に於けるインターネットバンキング登録 9/26/16

お客様には、ある程度の現金を持参して下さいとお願いをしているが、ATMから引き落とせると僅かしか持ってこない人がいる。

三井住友銀行がCiti Bankを買収したとかで、日本でインタネットバンキングの登録をして、CitiのATMなら手数料がかからないと現金を殆ど持ってこなかった御夫婦がいた。
到着した彼らに「Citiは銀行自体もなくなりATMを探すのも難儀しますよ。」と話すと、自分たちで検索をし、あるコンビニに置かれたCitiのロゴがあるATMで、それぞれが引き下ろした。
即刻スキムされ、二枚のカードから$5,000が引き落とされた。

銀行から、警察の証明書が必要と言われ、ご夫婦が住む町の警察に行くと「そのスキムに関する事件は、Cambridge市が一手に扱っている。」との事で、Cambridgeの警察に行くと「我が署は専門に扱ってなどいない。住んでいる町に被害届を出すべきだ。」と言われ、とんだ酷い目にあった。

次に到着したお客様も必要な金額の現金を持参して来ず「大丈夫です。三井住友で、一日三千ドル引き下ろせるようにして来ました。」に「大丈夫ではありません。ATMの機械に寄って引き下ろせる金額が違うのです。」と教えてあげたが、相手は半信半疑。

案の定、一番多い金額を引き出せたATMは、Targetに置かれたCapital Oneで、$600手に入れることが出来たが、それも一回のみ。
しかたなく運転をしながら、ATMがありそうな場所を探しては、引きおろしを試みたが、せいぜい数百ドルのみで、二度目は同様に拒否される。
Bank of AmericaのATMは、$200の額なら何度も引き下ろせたが、その都度$2の手数料が加担され、$2,000を作るために10回引き出して、$20の手数料となった。

こちらで口座を開き次第、オンラインですぐにお金の移動が可能と聞かされていたお客様は、10日近くかかると知った時、怒り心頭で三井住友に電話をし怒鳴りまくったそうだ。
すると三日で手続きが完了したのだから、変に尊敬と感服。

海外に行かれる方がインタネットバンキングの登録をされる際には、ATMに寄って限度額があることを説明してあげるのが本当のサービスだと思う。

   秋晴れが続く  夜暖房を入れる
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          寒がりのチビ、早々と暖房の傍に横たわり夢心地
# by arata-tamiko | 2016-09-27 10:48 | 興味ある話 | Comments(0)