楽しいお客様   5/6/05

これから来られる形成外科の先生がいらっしゃる。メールの内容はいつも何かほのぼのしていて、この先生と共に働く看護婦さん達は働きやすいだろうな・・・と1人で決め込んでいる。
自己紹介で「形成外科」と書かれていたので、もしや?と辞書を引くと英語では「Cosmetic Surgeryと言う。」とあるではないか。もう嬉しくなって「貴方はシワ取りやシミ取りもしていますか?」と全く留学に関係ない事をメールしてしまう。
「異常を持っている方に治療をするのが形成外科で、正常な方をより美しくするのが美容整形です。」とお返事を頂く。
昔、サクラフイルムのCMで、樹木希林が「美しい方はより美しく」と言っていた事があった。

 TV Japanを観ていて島倉千代子や桃井かおり達が、薄いプラスティックの膜をはったような異様な肌をしているのでメールで聞いてみる。
「昔のシワ伸ばしは、おでこを手術で引っ張り上げていました。だから歌手のMなんかは、おでこが広いのだと思います。」と書かれている。男性歌手のGの場合はボツリヌス菌でシワをなくしているとか。
極めつけは看護婦さんの整形だった。美容整形外科経営のコツは看護婦さん達を少しづつ手術をしてあげると次の手術があるので辞めれない・・・には、涙を流して笑い転げた。

 お目にかかれるのが待ち遠しい。

晴れ 寒し 今夜から大雨大風注意報
# by arata-tamiko | 2005-05-07 14:29 | Comments(0)

昔の国鉄   5/5/05

 JR西日本の事故に関して、職員達のモラルの低さについての報道が流れ続ける。
事故現場に居合わせた二人の車掌はモラルの欠落の前に、人として何かが欠けているとしか思えない。苦しむ人々を目の前にして職場に向かい又それを命令する上司の神経には怖さを覚える。
 国土交通省の人が「車掌達に指導している上司達は全て昔、車掌経験の人達ですよ。つまり昔の軍曹みたいなもので下のものにネチネチと意地悪したりしてね。頭を下げている人達は、それを止めさせる事が出来ないのですよ。」と言っていた。

 私の子供の頃、両親は東京にいる兄や姉に国鉄のチッキと呼ばれる輸送で荷物を度々送っていた。その頃は他に送る方法がなかったのではないだろうか。だからそのチッキ取り扱いに働く国鉄の人達は全くの殿様商売そのままであった。他には商売仇は全くいないのだから。
自転車の荷台に梱包した大きな荷を乗せて駅まで運ぶ父の姿を昨日のように想い出す。
チッキの窓口に行って「ごめんください!ごめんください!」と父は何度か呼ぶ。中では何人かが座って談笑しているが、すぐには立って来ない。
やっと来ても必ず難癖をつける。「紐の結びが弱い!」「宛先の書く場所が上過ぎる!」等と言って受け付けてくれないから、父はもう一度紐をといて結びなおす。果ては荷札の位置が悪いと、いちゃもんをつける。(荷札とは小さく住所を書く札で端についた針金で紐に巻きつける)
住所の書き直しとなると又荷台に載せて家に帰り、箱を包みなおさないといけない。
子供心に国鉄のチッキの窓口は恐ろしい人たちが働いている・・・と思っていた。

子供の日 快晴だが風が冷たし 姫りんごの花が満開
# by arata-tamiko | 2005-05-06 13:10 | Comments(0)

大家さまざま   5/3/05

 燦燦と日は射しているのに吹く風が、とても冷たい。風邪を引いたせいか、より一層感じる。
今日は6月に来られるお客様のためにアパートを見に行く。不動産屋も未だ部屋を見ていないとの事で連れて行かれる。
家具付きとは言えど中古屋でも買ってくれないだろうと言った家具類であった。キッチンの冷蔵庫、電気レンジ、キッチンカウンターと60年代から全てそのままではないかと思う。
これでOne Bedが$2,000で大家は出している神経に感心させられた。流石に不動産屋も「良くって$1,700」と言う。

 このようなコンドのアパートだと大家に寄って室内の綺麗さが全然違ってくる。別に人種偏見をする訳ではないが中国人の大家では余り当たりがない。
ある中国人の大家は「日本人はお風呂に入り過ぎるから水道料が上がって大変だ。エクストラに払って欲しい。」と言い出した。MA州の法律では家賃に水道代が含まれている事が決められているから違法となる。それで町の水道局に行って入居前の一年間の水道料金表を見せてもらった。日本人家族が住んで4ヶ月となる料金と前のテナントの料金額は全く変わっていない。
日本人ご家族は大家と気まずくなるよりは・・・。」と支払っていたので、友人の弁護士に頼んで一筆書いてもらいお金は取り戻した。

 もう1人の中国人の大家は雨漏りの修理に弟とか言う素人に修理をさせるので何度来ても雨漏りは止まらない。「専門家を雇って何とかしてくれ。」と言うと「もうすぐ冬がくるから、その時になれば水が凍って雨漏りはしない。」と怒り始めた。
風呂場の鏡が落ちてきた時も、その弟がきてボンドのようなものでくっつけた。次の日、また落っこちてきたとお客さんから電話がある。大家に電話をかけると「修理をした後に落っこちたのはテナントの責任となる。」と言われた。

 こちらでは契約が終わると不動産屋は後は何もしてくれないから問題が出てくると自分たちで解決しないといけない。

街中のいたるところに姫りんごの花が咲き乱れている。八重桜や花みづきも満開。
# by arata-tamiko | 2005-05-04 13:11 | Comments(0)

いつまでも慎ちゃん   5/1/05

 今日の日曜日も例のお寿司屋に行く。Y先生、H先生そして慎ちゃんとの4人でカウンターに座る。ほどなくして先日のT教授もご家族とご一緒に来られた。

 慎ちゃんと言っても既に20歳になるB. Collegeに行く大学生である。彼は小学校の5年生で留学のためボストンに来て以来、お世話をしているので私に取ってはいつまでも慎ちゃんである。慎ちゃんと初めて会った時、私は小さなアパートを借りていた。慎ちゃんが育った家はコンクリート建築の3階建てで、お祖母さんのためにエレベーターを取り付けている。そんな子が私のアパートを見て子供心にも可哀相と感じたのだろう。
焼肉屋にある夜連れて行った時、食事が終り請求書を見た慎ちゃんは、私が請求額以上の金額をテーブルに置いたのを不思議に思う。チップの意味を説明すると、目をキラキラさせて「この店で働いたら良いですよ!そしたらお金を儲けれますよ。」と勧めてくれる。

 次に会った時「お陰で生活がずいぶん楽になって来たわ~。」とお礼を言うと「良かったね。」と喜んでくれる。何年かして私が大きな家に移ると、これも焼肉屋のチップのお陰だと信じていた慎ちゃんだった。

午後遅くやっと晴れ間がのぞく 町中花だらけとなり百花繚乱の感
# by arata-tamiko | 2005-05-02 12:40 | Comments(0)

韓国料理   4/29/05

 私のお客様であった韓国人のKさん、Cさんをお買い物に連れて行く。Cさんは日本で生まれ、韓国には10歳の時に戻ったが日本語はとても上手である。ご主人は韓国で日本語教育を高校まで受けており朴大統領とは親しかったそうである。戦後間もなくアメリカの陸軍に送られたそうだから、よほど優秀な軍人だったのであろう。こちらに住むお孫さんの面倒を見るためにCさんだけが娘さん宅に滞在している。Kさんご夫妻は今の日本人から失われつつある謙虚さを持ち合わせている。

 魚屋さんに寄り”エイのヒレ”を買って帰宅早々、料理上手なCさんが支度にかかる。Reliableと言う日韓食料品店で買った酢入りのコチジャンに芹とニンニクを混ぜて、細切りにしたヒレを何度も混ぜ合わせる。ヒレのコリコリした感触とコチジャンの風味が絶妙であった。
お店の自家製キムチもまた牡蠣の風味がほのかにして美味しかった!

 北朝鮮とのサッカーが第三国で催されると発表があった。しかも観客人無しで。
野蛮な行動に出たのは北朝鮮なのだから罰則は多いに結構だと思う。でもそのトバッチリを何で日本が受けないといけないのだろう?
サポーターがいない試合では練習みたいで気合も入らないのでは?と日本選手に同情する。
でも日本のサポーターの多くは本心として「北朝鮮って、どんな国だろう?この機会に見てみよう!」と言った興味も結構あったのでは。

快晴 風強し つつじが満開
# by arata-tamiko | 2005-04-30 12:08 | Comments(0)

親孝行  4/28/05

 友人のジョアン宅の裏庭に生える蕨をまた採りに行く。採った後、室内に入ると立派なキャビネットとダイニングテーブルセットが目に入った。「どうしたの?」と聞くと「日本にいる息子が船便で送ってきたの。」と言う。
 彼女の息子さんは十六年前に日本の大学で日本語を勉強した後、投資家として日本に滞在している。何年か前に新車がガレージにあるので「どうして2台も車が要るの?」と不思議に思い尋ねると「冬はこの車に乗って欲しいと日本からスバルの四輪駆動を注文してくれたの。」「でも自動車保険が高くなるわね。」「それも息子が出すのですって。」と笑う。
1年前は最高クラスのマッサージ機が日本から送られてきた。彼女のリビングにデン!と鎮座ましましているのは何かほほえましい。
 離婚した後は幼い子供達の養育費も支払ってもらえず苦労したとの事。でも今では息子さんの招待で年に何度か日本旅行を楽しみ、だれよりも幸せな老後ではなかろうかと思う。

 「猟奇的な彼女」と言う変なタイトルの韓国映画をビデオで観る。タイトルとは全く違ったコメディタッチの内容で多いに楽しむ。だけどこの主役の若い男性が私の知っている人に余りにもそっくりで「世の中に、これほど似た人間がいるものだろうか!」と驚いてしまった。顔だけでなく歳も体格もそのままである。
彼は未だアメリカにいるが日本の母親に電話をして是非観るように勧める。
 主演俳優に息子がそっくりと私から言われ、母親もまんざらではなかったようで、声を弾ませて「何て言う題名なの?」「猟奇的な彼女」に「嫌だ~。私その手の映画を観るような趣味ないもの!」

どんよりとした一日 時折晴れ間
# by arata-tamiko | 2005-04-29 13:27 | Comments(0)

Nさん

 宝塚に住む姉より電話あり。
「あなた、私の家で30年前に会ったNさんご夫婦を覚えているでしょう?娘さんが今度の電車の事故で亡くなったのよ!」
義兄とNさんは同じ小さな漁村の出身で職場も先輩後輩の仲となり事のほか親しくしている。
義兄が何気なく新聞に載っている犠牲者名を見ている時に名前を見つけたそうだ。私もNHKのニュースでその女性の画像や高校時代の担任の先生が涙ながらに「同志社大に行き始めても高校に訪ねてくれる明るい子だった・・・。」と語っているのを見た。ご両親のこれからの人生の苦しみを思いながらニュースを見ていたが、まさかNさんの娘さんとは・・・・。

 自動車保険加入のお世話をする。事前に必要書類の説明をした時に小切手を持参するようにお願いしたが覚えておられずクレジットカードのみしか持っていない。保険会社と陸運局はクレジットカードを受け取らない。幸いに$200ほどは持っていたので年間保険料の20%のみを支払い、陸運局に支払う州税とプレートの合計金額である$700をお客様に貸す。

一日雨。 未だコートは必要
# by arata-tamiko | 2005-04-28 14:39 | Comments(0)

主張   4/26/05

 昨日の早朝、先日書いたM氏の大家から電話がかかる。大家に向かって”馬鹿げた家賃額”、お風呂場の汚さ”、室内の掃除が全くされていない事”等など文句を言ったせいか「掃除だけはする。」と言い始めた。そして「だれか知らないか?」と聞く。「今まで掃除人を雇わなければならないくらい酷いアパートは一軒もなかったから知る必要もありませんでした。」と返事する。
「前の日本人から掃除は不要だと言われたから掃除をしなかった・・・と言いますが、貴方は大家としてチェックをする義務はあるはずです。」「室内を見る事はみましたよ。でも必要がないと言ったのは前住人ですからね。」
この後、5分もしない内に大家から「明日の朝7時にプロのクリーニング屋を送る。」とメールが入る。

 M氏の話によると3人で掃除は半日以上かかり夕方にはお風呂場修理の見積もり人が来たそうである。でも未だに大家は挨拶にもこない。大家は室内の状態を知っていたからこそ、見に来る必要もないのであろう。

 アメリカ人には自分が正しいと思ったら強く主張しなければ損をする。この国に来たばかりの時は日本的な思考で「私さえ、チョット我慢すれば何事もなく収まる。」とか「相手に嫌な思いをさせてはいけない。」などと口をつぐむ事もあった。
ある時アメリカの友人に「君がYes、Yesと言った時はNoの意味でもある事が分った。どうして自分の意見をハッキリ言わないのだ?」と聞かれた。「この国では,自分の意見もない人間なのか・・・と尊敬を受けないよ。」と助言された事は私のその後の人生において多いに意味ある言葉であった。

快晴。 午後遅くから吹く風冷たし
# by arata-tamiko | 2005-04-27 11:17 | Comments(0)

サイパン島   4/25/05

 昨日起きた尼崎の脱線事故は時が経つごとに被害者の数が増える。23歳の運転手は、この1年以内の間に仕事上の事で3回も注意勧告を受けているそうだ。乗客から「目がうつろだ。」と言う報告もあったと言う。しかし適正検査に合格している以上は、運転手として働かせなければ「不当差別だ!」と訴えられる恐れもあるだろう。
朝笑顔で送り出した人と永の別れとなるとは悲しみ思い余る。

 両陛下が戦後60年に当たる今年の6月27日にサイパン島を慰霊のために訪れる記事を読む。
私は40年前に一年間、姉夫婦が住むこの島にいた。
その当時は未だアメリカの厳しい統治下のもとにあり一般日本人は南洋の島々に渡島が出来なかった。中年以上の住民は日本の教育を受けているため終戦後初めて見る日本人の私達姉妹に事ある毎に話し掛け懐かしがってくれた。道路をちょっと入るとジャングルになり洞窟が沢山ある。その洞窟の中には日本兵の遺骨や飯盒、靴、瓶、手帳などの遺品が散らばっていたが怖いと言う思いは無かった気がする。1人であちこちの洞窟を探索したが、思えばよく道に迷わなかったものだ。
今後悔する事は、サイパン島の玉砕を現実に目の前にした生き証人である島民達に日本語で経験談を聴くチャンスがあったのに、若さゆえに考えもしなかった。実に残念に思う。
バンザイクリフから飛び降りる日本女性や子供達の話は,1人の島民から聴いたことがある。
海に身を投げる前に女性達は崖の上で長い髪を櫛でといていたそうだ。

 原爆搭載機発進の島として知られるテニアン島にも行ったが、これはまた別の機会に書こう。

 昨日のワラビをおみおつけに入れて食べる。雨は上がるが肌寒し。
# by arata-tamiko | 2005-04-26 12:59 | Comments(0)

寿司と漫才   4/24/05

 Harvard大とMITの中間地点にあるCafe S.と言う名の寿司屋に友人のMさんと行く。このお店は毎日曜日、全ての握りは1pc.が$1の値段となる。雲丹、イクラ、トロと支払の心配なく楽しめる。私のお客様で今は友人としてお付き合いをさせていただいている女医のO先生とT先生にお会いする。このお二人も食べるのはとてもお好きなようで度々お目にかかる。
 ある掲示板に「$1で一個しか出ない。」と苦情が載せられていたが、2個食べたければ$2出せば良いのであって世の中変なのがいるもんだと感心した事がある。

 今日は久しぶりにユックリしたので80年代の「やすし、きよし」の漫才ビデオを借りて見た。
今はお笑いブームとかでNHKでも放映している。でもどの若手を見ていても全く面白くない。
”やすきよ”は緻密に計算され研ぎ澄まされた丁々発止の間髪入れないスピーディーな、やり取りがある。今の若手はプロと言ったものが感じられない。でも反対に言えば、今の若者が”やすきよ”を見れば面白くないだろう。
やすしの晩年は可哀相なものだった。吉本興業から破門を言い渡された時、テレビカメラに向かっての悔しさと悲しさが混じった複雑な寂しげな顔、今でも思い出すと哀れを覚える。
完全なる破滅型の人間であった。

 裏庭にあるライラックの葉っぱが出てきたので友人のJoann宅に出かける。案の定、彼女の裏庭にはワラビがニョキニョキとはえ始めていた。今日は20本ほど採る。今週末が最高の収穫時だと思う。

 午前中降った雨も午後は晴天となる。桜が散り始める。
# by arata-tamiko | 2005-04-25 10:35 | Comments(0)