City Bank   5/17/05

  車の購入の方と会う約束をしていた。朝電話がかかり「日本でCity Bankを開いたので車の購入金を引き下ろしたいから場所を教えて欲しい。」と言う。「ボストンでは一店も、その銀行はありませんよ。」と教えたが、日本では開設の時に皆知らされていない。
到着後すぐに引き出せば良いだろう・・・とT.Cも現金も余り持ってこない人も中にはいる。こちらで口座を開いた後、自分の銀行情報をCity Bankの書類に記載して日本に郵送しないといけない。それからCity Bankにある自分のお金が初めて振り込まれるので入金までに一週間以上かかる。そのために何度か当座金を貸す事もある。

 ある企業の方はBank of AmericaのATMマシーンから自分の限度額である何千ドルを一週間に渡って毎日せっせと引き出した。
やっと車の購入金額までこぎつけ私に連絡が来た。こちらのATMから出てくるのは20ドル札のみなので、その束の量を見せられて唖然としてしまった。
二人で2万ドル近い20ドル札を持って窓口に行き入金をしようとしたら「こんなに貯める前に来て下さい!」と怒られた。
 
 中国、西安の城にある庭園が発掘された記事が目にとまる。時代は618年ー907年で日本からの遣唐使を、その庭でもてなした事が記録にあり有名な「源氏物語」にも庭園の池の名が出てくるそうだ。池の中央には中国の伝説である不老不死の蓬莱島と言う島の痕跡もあると書かれている。
中国は何が出てくるか分らない凄さを秘めている国だと思う。

 私の田舎に昔「蓬莱館」と言う映画館があった。変な名前だな~と今でも時折思い出すことがあったが、やっと意味が分った気がする。きっと館主は、その当時では最高の娯楽である映画を観て楽しんで長生きしてください・・・と言った意味で館名をつけたのではないだろうか?

 うす曇り 夕方冷え込む 暖房は未だ必要
# by arata-tamiko | 2005-05-18 13:14 | Comments(0)

住所   5/16/05

 これから入居をする建物の住所をお客様に知らせたところ「建物の名前は住所に必要ではないのですか?」と質問された。
こちらでは建物に名前が付いていても住所書きの時には殆ど使用されない。建物の番地とアパートの部屋番号のみで事が足りる。

 日本は何故にモルタル造りの小さなアパートでも華美な、しかも英語かフランス語もどきのような名前をつけるのであろう。「カサブランカ何とか・・」と言ったアパート名もあったが、いったい何処から考え出したのかと1人笑ってしまった。大家さんが大輪の白いユリ、カサブランカが好きなのかもしれない。ちなみに建物は白くないそうである。
 四国に在る其の大学住宅の建物名が「南国荘」であった。「素晴らしい名前ですね。」とメールをすると返ってきた返事が「人に言うたびに恥かしい思いをしています。」だった。

 私の昔からの友人は横浜の一等地に広大な土地を持っていて家を継いだ息子が、そこに外人向けとして6軒の家を建てた。
付けた名前が「サニーサイド何とか・・・」で「どうしてこの名前にしたの?」と聞くと「丘の上で南向きだから。」と得意げに言う。
もし住む人がアメリカ人だったら、目玉焼きを連想するのではないかと一瞬思った。こちらではレストランの朝食に”サニーサイド!”と目玉焼きをオーダーするからね。
# by arata-tamiko | 2005-05-17 11:20 | Comments(0)

湯の花   5/15/05

 今夜は別府温泉の名物「湯の花」をバスタブに入れての入浴、至福の極みであった。
同じ県出身のH先生が親切に田舎から取り寄せて下さった。温泉独特の硫黄の匂いに包まれて、両親に連れられ鉄輪温泉に行った事を想う。匂いと言うものはいろいろな記憶を思い起こさせてくれるものだ。

 3,4日前に女性が3ヶ月も監禁されていた事件が報道されたばかりなのに今夜また他の監禁事件が報じられている。
理解出来ないのが、この親たちは自分の娘の様子をどうして見に行かないのであろうか?
また被害者の女性達の軽率な行動にも落ち度があると思える。

 今日はオカラと切干大根の煮付けを作る。我が家の犬、チビは切干大根が大好物で実に美味しそうに食べている。ただ困るのがウンチが終わっても切干大根が未だ垂れているので、引っ張り出してあげないといけない事である。

 5月と言うのに未だ寒さが続く。 夕方雨がぱらつく。
# by arata-tamiko | 2005-05-16 12:30 | Comments(0)

ジプシー音楽   5/13/05

 3年待ったルーマニアからのジプシーの音楽隊がやっと来た。8年前に彼らの音楽をHarvardの小さな劇場で初めて聴いた時は言いようのないショックを受けた。常日頃は農業などを営み、村の結婚式や祭りの時等に集まって演奏するそうだ。全くの楽譜無しで代々受け継がれた曲の数々を人間技を思えぬスピードとハーモニーで聞かせてくれる。
彼らはどう贔屓目に見ても田舎人なのだが、以前に比べれば大分洗練?されて来た感がする。それでもメインのバイオリン弾きの男性はピカピカ光るサテンのグレイのワイシャツに白のネクタイをして、颯爽と出てきたのには驚いた。本人は最高におしゃれと思っているのだろう。背広を着ている人たちも裏地が出ていて、ほほえましい。
聴衆と彼等が完全に一体となってヤンヤの喝采だった。

あと何年後に来てくれるだろうか・・・。

晴天なれど風が冷たい。
# by arata-tamiko | 2005-05-14 13:07 | Comments(0)

60年の流れ   5/10/05

 また風邪をぶり返したようだ。体がだるく湯船に熱いお湯をためドップリとつかってもゾクゾクと寒気がする。

 昨日はヨーロッパ戦線の終結60周年記念で世界の大統領や首相がロシアで一同に会す。
このような時代が来るとは20年前ですら誰一人想像も出来ない世界の変わりようである。特にロシアで強制労働に従事させられ辛酸の目にあった捕虜の経験を持つ人達は感無量であっただろう。
今「収容所から来た遺書」を読んでいる。切って配られる一切れの黒パンの大小で人殺しまでし合う捕虜の収容所生活。寸暇を惜しんで読み続けている。
「黒パン捕虜記」も良かった。これも作者の体験談の話である。日本兵達二万人はモンゴルの首都、ウランバートルに労役奴隷として貨車で運ばれる。
 後年この国から沢山の若者達が相撲取りになるために日本に来るようになるとは・・・。横綱の朝青龍はウランバートル出身だが、自分の育った町は日本人捕虜達に課せられた過酷な労役に寄って作られたと聞いているだろうか。
 「夢顔さんによろしく」も感動させられた一冊の本である。昭和三十一年には未だソ連には日本の捕虜が捕らわれていた事を、この本で初めて知った。

 私の20年来の友である80過ぎの夫婦に電話をする。彼女はドイツ人でご主人はイタリア系のアメリカ人。戦後すぐにドイツに駐留したご主人と知り合い彼女はアメリカに来る。二人は60年と言う時の流れの速さを私に話してくれる。

 Belmont高校のソフトボールの練習風景を撮影しているテレビ局の人達と会う。頼んでいた「週間新潮」と「週間文春」を頂く。今週は特にゴールデンウィーク特大号だから楽しみだ。

 やっと午後から晴天 さわやかな日差しとなる。 
# by arata-tamiko | 2005-05-11 12:51 | Comments(0)

雅子妃の友人たち   5/8/05

 先日雅子妃の事についてチョット書いたが、何の偶然か先週の金曜日の朝に日本の其のテレビ局よりメールが入っていた。彼女のドキュメンタリーフイルム製作企画に関してである。
雅子妃の友人達にインタビューをしたいのだが探す事が出来ないため是非とも協力を仰ぎたいと言った内容の以来である。
 私をどうやって探し当てたのか・・・?と不思議に思っていると日本時間の深夜3時過ぎに担当者から電話がかかる。「資料が少なく、その当時の出版物を全て調べました。そして他誌には載っていない内容の記事や写真が掲載された雑誌が見つかり、貴方が記事を書いた事が分りました。それでインターネットで次から次へと検索して、やっと探し当てました。」と説明をされる。
そして何とか十数年前に私が見つけた雅子妃の友人たちを探してくれないか!と切羽詰まった様子。
彼らの到着は日曜日、つまり依頼の電話を受けた日を入れると3日後。「余りにも急なお話で私も時間が無いし、またその友人達の住所も既に持っていない。」と、変に期待を持たせるのも嫌なのでお断りをする。実に気落ちをした電話の向うの声を聞いて胸が痛む。

 もう一度メールを読み直してみる。電話でもメールでも彼女の誠実さがヒシヒシと伝わる人柄のIさんであった事を思うと、彼女の仕事を成功させてあげようと言う気が起こり出した。

 そして遂に93年にインタビューをしたソフトボールチームのキャプテンと副キャプテンを探しあてた!雅子妃は高校時代、このチームのメンバーであった。キャプテンの卒業アルバムには雅子妃が寄せ書きをしている。

 テレビ局の人達は今夜の8時に到着した。

霧雨 五月とは思えぬ寒さ
# by arata-tamiko | 2005-05-09 09:37 | Comments(0)

楽しいお客様   5/6/05

これから来られる形成外科の先生がいらっしゃる。メールの内容はいつも何かほのぼのしていて、この先生と共に働く看護婦さん達は働きやすいだろうな・・・と1人で決め込んでいる。
自己紹介で「形成外科」と書かれていたので、もしや?と辞書を引くと英語では「Cosmetic Surgeryと言う。」とあるではないか。もう嬉しくなって「貴方はシワ取りやシミ取りもしていますか?」と全く留学に関係ない事をメールしてしまう。
「異常を持っている方に治療をするのが形成外科で、正常な方をより美しくするのが美容整形です。」とお返事を頂く。
昔、サクラフイルムのCMで、樹木希林が「美しい方はより美しく」と言っていた事があった。

 TV Japanを観ていて島倉千代子や桃井かおり達が、薄いプラスティックの膜をはったような異様な肌をしているのでメールで聞いてみる。
「昔のシワ伸ばしは、おでこを手術で引っ張り上げていました。だから歌手のMなんかは、おでこが広いのだと思います。」と書かれている。男性歌手のGの場合はボツリヌス菌でシワをなくしているとか。
極めつけは看護婦さんの整形だった。美容整形外科経営のコツは看護婦さん達を少しづつ手術をしてあげると次の手術があるので辞めれない・・・には、涙を流して笑い転げた。

 お目にかかれるのが待ち遠しい。

晴れ 寒し 今夜から大雨大風注意報
# by arata-tamiko | 2005-05-07 14:29 | Comments(0)

昔の国鉄   5/5/05

 JR西日本の事故に関して、職員達のモラルの低さについての報道が流れ続ける。
事故現場に居合わせた二人の車掌はモラルの欠落の前に、人として何かが欠けているとしか思えない。苦しむ人々を目の前にして職場に向かい又それを命令する上司の神経には怖さを覚える。
 国土交通省の人が「車掌達に指導している上司達は全て昔、車掌経験の人達ですよ。つまり昔の軍曹みたいなもので下のものにネチネチと意地悪したりしてね。頭を下げている人達は、それを止めさせる事が出来ないのですよ。」と言っていた。

 私の子供の頃、両親は東京にいる兄や姉に国鉄のチッキと呼ばれる輸送で荷物を度々送っていた。その頃は他に送る方法がなかったのではないだろうか。だからそのチッキ取り扱いに働く国鉄の人達は全くの殿様商売そのままであった。他には商売仇は全くいないのだから。
自転車の荷台に梱包した大きな荷を乗せて駅まで運ぶ父の姿を昨日のように想い出す。
チッキの窓口に行って「ごめんください!ごめんください!」と父は何度か呼ぶ。中では何人かが座って談笑しているが、すぐには立って来ない。
やっと来ても必ず難癖をつける。「紐の結びが弱い!」「宛先の書く場所が上過ぎる!」等と言って受け付けてくれないから、父はもう一度紐をといて結びなおす。果ては荷札の位置が悪いと、いちゃもんをつける。(荷札とは小さく住所を書く札で端についた針金で紐に巻きつける)
住所の書き直しとなると又荷台に載せて家に帰り、箱を包みなおさないといけない。
子供心に国鉄のチッキの窓口は恐ろしい人たちが働いている・・・と思っていた。

子供の日 快晴だが風が冷たし 姫りんごの花が満開
# by arata-tamiko | 2005-05-06 13:10 | Comments(0)

大家さまざま   5/3/05

 燦燦と日は射しているのに吹く風が、とても冷たい。風邪を引いたせいか、より一層感じる。
今日は6月に来られるお客様のためにアパートを見に行く。不動産屋も未だ部屋を見ていないとの事で連れて行かれる。
家具付きとは言えど中古屋でも買ってくれないだろうと言った家具類であった。キッチンの冷蔵庫、電気レンジ、キッチンカウンターと60年代から全てそのままではないかと思う。
これでOne Bedが$2,000で大家は出している神経に感心させられた。流石に不動産屋も「良くって$1,700」と言う。

 このようなコンドのアパートだと大家に寄って室内の綺麗さが全然違ってくる。別に人種偏見をする訳ではないが中国人の大家では余り当たりがない。
ある中国人の大家は「日本人はお風呂に入り過ぎるから水道料が上がって大変だ。エクストラに払って欲しい。」と言い出した。MA州の法律では家賃に水道代が含まれている事が決められているから違法となる。それで町の水道局に行って入居前の一年間の水道料金表を見せてもらった。日本人家族が住んで4ヶ月となる料金と前のテナントの料金額は全く変わっていない。
日本人ご家族は大家と気まずくなるよりは・・・。」と支払っていたので、友人の弁護士に頼んで一筆書いてもらいお金は取り戻した。

 もう1人の中国人の大家は雨漏りの修理に弟とか言う素人に修理をさせるので何度来ても雨漏りは止まらない。「専門家を雇って何とかしてくれ。」と言うと「もうすぐ冬がくるから、その時になれば水が凍って雨漏りはしない。」と怒り始めた。
風呂場の鏡が落ちてきた時も、その弟がきてボンドのようなものでくっつけた。次の日、また落っこちてきたとお客さんから電話がある。大家に電話をかけると「修理をした後に落っこちたのはテナントの責任となる。」と言われた。

 こちらでは契約が終わると不動産屋は後は何もしてくれないから問題が出てくると自分たちで解決しないといけない。

街中のいたるところに姫りんごの花が咲き乱れている。八重桜や花みづきも満開。
# by arata-tamiko | 2005-05-04 13:11 | Comments(0)

いつまでも慎ちゃん   5/1/05

 今日の日曜日も例のお寿司屋に行く。Y先生、H先生そして慎ちゃんとの4人でカウンターに座る。ほどなくして先日のT教授もご家族とご一緒に来られた。

 慎ちゃんと言っても既に20歳になるB. Collegeに行く大学生である。彼は小学校の5年生で留学のためボストンに来て以来、お世話をしているので私に取ってはいつまでも慎ちゃんである。慎ちゃんと初めて会った時、私は小さなアパートを借りていた。慎ちゃんが育った家はコンクリート建築の3階建てで、お祖母さんのためにエレベーターを取り付けている。そんな子が私のアパートを見て子供心にも可哀相と感じたのだろう。
焼肉屋にある夜連れて行った時、食事が終り請求書を見た慎ちゃんは、私が請求額以上の金額をテーブルに置いたのを不思議に思う。チップの意味を説明すると、目をキラキラさせて「この店で働いたら良いですよ!そしたらお金を儲けれますよ。」と勧めてくれる。

 次に会った時「お陰で生活がずいぶん楽になって来たわ~。」とお礼を言うと「良かったね。」と喜んでくれる。何年かして私が大きな家に移ると、これも焼肉屋のチップのお陰だと信じていた慎ちゃんだった。

午後遅くやっと晴れ間がのぞく 町中花だらけとなり百花繚乱の感
# by arata-tamiko | 2005-05-02 12:40 | Comments(0)