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30年前の国際電話料金   12/17/16

電話会社の毎月の支払いの高さに、節約プランはないものかと、RCNに電話をすると、運良く親切な年配女性に当たり、私のデーターを見た彼女から開口一番「17年間の忠誠心を有り難うございます。」と感謝をされた。
単に諸々の手続きが煩わしい理由で、他社に変更しないだけなのに礼を言われ気恥ずかしかった。

「どこを削れるか、もっとお得なプランがないかを調べる前に、セキュリティのため、パスワードを下さい。」と言われ「昨夜食べたものすら思い出せないのに、どうして17年前のものを覚えているでしょうか?」と返事をすると「何て可笑しな人でしょう。でも私も同じなの。」に、二人して哄笑した。
時間をかけて調べてくれたが、現在よりも安くなる割引プランはないとのことだった。

こちらに移ってきた30数年前は、電話会社名は確かNew England Telephone Co.の一社のみだったから、正に殿様商売。
隣接する町や他州にかけても長距離追加料金がかかり、ましてや日本への国際電話となると時計と睨めっこで話すほどだった。

独りで沖縄に住む主人が癌に侵され、当時の日本では、医師に見守られながら病院で息を引き取ることが一般的だった。
アメリカなら自宅看護が可能と計画立て、主人は沖縄からボストンに飛び、本人の望み通り家族だけに見守られながら到着の一週間後に人生の終焉を迎えることが出来た。

主人の出発の朝、沖縄の病院に電話をすると、看護婦が「病室にいないので探してきます。」と心当たりの場所を探す度に電話口に戻って「この部屋にも、あの部屋にもいません。」と報告をしてくれる。
最後に、病院内の床屋で旅立ちの散髪をしてもらう主人を見付けてくれたが、一分が3ドル数十セントする時代だったから「いちいち戻って報告をする必要はありません。」と喉元まで出かかったが、電話を通して彼女の必死さが伝わってくるので、ハラハラしながら受話器を握りしめていた。

ほどなくして電話会社が自由化されたのか、MCIと言う会社が参戦し、雇用した各国の外国人オペレーター達が、電話帳の名前から推察し彼等の言語で勧誘電話をかけた。
これは画期的なアイディアだった。
遥かに安い電話料金に惹かれ電話をすると、責任者が出てきて話しているうちに働かないかと誘いを受け、物見高い私ゆえ、ボストンで一番の高層ビル、ジョンハンコックにあった会社に行ってみた。
けど顔も見たことがない相手を勧誘することも性に合わないし、歩合制で働く女性たちの様子に魅力を感じなかった。

この後に来たのが、RCN.
それも町のあちこちにロシア革命を興したレーニンの見上げるような大きな写真を掲げ「帝国主義は永遠に続かない!」と、大きくキャッチフレーズが書かれていた。
確かRCNが、電話、テレビそしてインターネットの組み合わせプランの先駆者だったと思う。
その上に、掲げた最大のサービスは、どんな大きな建物であろうが、個人宅であろうが工事は無料。
浅ましく私など、お風呂場も入れて電話ジャックを六ケ所、ケーブルは四ヵ所も無料で取り付けてもらった。

30年前、だれが日本に無料で長電話も出来ると思った人がいただろうか。
隔世の感がある

   かなりの雪が降り続く

   カンガルーの筋肉は相当のものらしいが、愛犬の一大事に我が身の危険も
   顧みずパンチを食らわした飼い主
by arata-tamiko | 2016-12-18 02:24 | 諸々の出来事 | Comments(0)

時代背景を知らずして  12/12/16

Reliableのお店に、よく来る50代半ばの、日本人御夫婦。
妻の方から「ここで作っている韓国の海苔巻ご飯は、酢を使わず塩とゴマ油で味付けをするのですか?」と訊かれ「そうです。でも戦前の朝鮮では、日本の海苔巻きしかなく、今の韓国式キムパップ(海苔巻き)は、戦後作られたものだと年配の韓国の友人が話していました。」と言うと「可哀想に。無理に日本の海苔巻きを食べさせられていたのですね。」と、頓珍漢なことを言う。
「何が可哀想なんですか? 当時は、日本の太巻きしかなかったんですよ。韓国人は自分たちのキムパップが、海苔巻きの元祖と思っていますが、あれは日本がオリジナルです。」

「でも、日本が朝鮮を植民地にして沢山の人を殺したのは、いけませんね。」
「沢山の人って誰ですか?百年前の朝鮮半島の時代背景を知っていますか? 何百年に渡って、王家や貴族が贅沢の限りを尽くしたせいで、一般民衆は、飢えに苦しみ、国にお金がなく亡びる寸前だったのよ。大臣たちは、初めはロシアに経済的に助けを求め、次に日本を選択したのよ。」

今度は「日本のせいで朝鮮半島が南と北に分けられて可哀想。」と言い出した。
「あなた、何を寝ぼけたことを言うの! 日本が併合したのは、百年以上前。朝鮮半島が寸断されたのは、第二次世界大戦の後に勃発した朝鮮戦争の結果なんだから、時代が違うでしょう!」
「はぁ~、南北に分かれたのは、朝鮮戦争の後なんですか、、、。」と、もれたオナラのような気の抜けた返事をする。

この後も、日韓歴史として余りにも愚かなことを言うのに耐え兼ねて「もう少し勉強をしてから、人に話してください。どこから仕入れたのか知りませんが、日本を一方的に悪く言う人は許せないのです。」と、声を荒げてしまった。
属する団体が、韓国よりだから、そこから得た知識だろうが、無知の一言。

お客様に意見をしても、このお店に働く全員が日本語の解らない韓国人だから幸いした。

   今朝の雨と昨夜の雪で道路は水浸し
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          1880年代のSeoul 中心街の南大門大通り
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           首枷の刑罪 (日本近代史歴史認識より)
by arata-tamiko | 2016-12-13 10:32 | 不快な出来事 | Comments(0)

テレビを観ながら思うこと   12/1/16

何とも味わい深い東北訛りで歌う”福田こうへい”を見る度、岸田外務大臣の顔が浮かんでくる。
二人とも同じての顔立ち。
金銭授受疑惑の責任を取って辞任した甘利大臣と細川たかし
特に二人の広い額と髪質、これほどまで似るものかと見入ってしまう。

安倍首相は、毎日あれだけの激務と責務を負いながら、白髪がないのが不思議で、あの黒々とした毛髪に毎度目を凝らして観ているが、染めてはいないと確信をする。
なぜなら、染めた後の数日は頭皮が赤っぽい色となるが、安倍首相には、それが一度も見られないからだ。

NHKの子供番組の歌には、どうして”お尻、お尻”の言葉が頻繁に使われるのだろう?
”おしりプリプリ”とか”かわいいお尻”はては”お尻ペンペン”と子供たちが、自分のお尻を叩き、若い歌のお兄さんとやらも、左右にお尻をひねっている。
だから日本には”おしりフェチ”が多いのかも。

「暗い部屋で観ないでください。」とか、ニュース番組に「フラッシュで目を悪くしないように。」とかの注意テロップが、テレビ画面に出てくるのも不思議。
こんなことは自己判断するもので、もし悪くなったら自己責任というもの。

車内放送で「雨で足元が滑りやすくなっております。」とか、傘の持ち方まで注意をしてくれるほどの至れり尽くせり。
あたかも、学校に行く我が子に「ハンカチ持った?何を忘れていない?」と促す母親みたい。
日本に住んでいた時は違和感もなく聞いていた。
今は、もしアメリカで同じ内容の車内放送をしても一人として注意を傾ける乗客はいないだろうし、彼らは、どんな反応を示すだろう。

昔から変わらず日本人は、命令に従う国民性なのだろう。

   暖かい一日
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            ハンガリー地方の犬だそう
by arata-tamiko | 2016-12-02 10:14 | 諸々の出来事 | Comments(0)