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鹿児島名物”かるかん”と心優しいドクター二人   10/28/15

御家族は、数ヵ月後に来られるM先生、明るく人当たり良く、前々からのお知り合いと言った感がした。

第一日目のお世話が終わり、下まで見送るMさんが「あっ、お土産を持ってきたのですが、明日お会いした時でもいいですか?」と訊かれた。
「それって賞味期限がありますか?」
「はい、確かあったと思います。生ものですから。」
「それでしたら、わたし今夜欲しいです。」
「あっ、そうですか。チョット待っていてください。取りに行ってきます。」

大きな箱を手にしてエレベーターから出てきた先生「お好きだと聞いたものですから。」と言いつつ差し出す。
受け取るとずっしりと重い。
「こんな重いものを日本から持ってきて下さったのですか?」
「はい。鹿児島の”かるかん”です。」
「どうして”かるかん”が好きだとご存知なのですか?」
「新田さんを紹介したK先生が”確か鹿児島の饅頭が好きだった。白だったかな~?”と言ったものですから、家内と一緒に”鹿児島、白色、饅頭”と検索しました。すると”かるかん”が沢山出てきたものですから、これに間違いないとオンラインで注文をしたのです。」

検索してまで探し出し、一番有名店に注文して重い箱をスーツケースに入れて持ってきてくれるM先生御夫妻の優しさに感激し、私を紹介してくださった5年前のK先生が私の好物の”鹿児島の饅頭”を覚えていてくれたのも感動。
奄美の実家から戻ってくる際、主人は鹿児島の飛行場で必ず”かるかん”を土産に買ってきてくれた。

翌朝、M先生が「帰宅してから食べられましたか?」と訊くのに「とんでもない。家に帰るまで待てずに、途中で車を止めてルームランプを点け二個食べました。」と言うと、先生爆笑。
この先生、目元がいつも笑っていて、誰かに似ている、、、と思っていたが、半沢直樹の役をした俳優だ。
病気になると精神も不安定に陥るが、この先生の明るい笑顔と目元に患者さんは安堵感を抱くことだろう。

   夜大雨
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        家に着くまでに二個の”かるかん”が、私の胃の中に納まっていた。
        M先生は食べたことがないと言うので、仕事が終わった後、帰途の
        車中で戴こうとバッグに入れていた二つの一つを「どうぞ。」とあげた。
        翌日「かるかんって美味しいですね。」と、先生も褒めていた。
by arata-tamiko | 2015-10-29 09:31 | 諸々の出来事 | Comments(0)

ハローウィーンの飾りの家の持ち主  10/20/15

子供を持つお客様達に、見事なハローウィーンの飾り付けを庭にしている屋敷紹介のメールを出したが、一日経った今日、ふと「もし日本人が沢山押しかけ写真を取り始めたら屋敷の持ち主は何事かと驚くのではないか、、、。」と心配になってきた。

それに、これだけの屋敷に住み、これだけの情熱を燃やして飾り付けをする人物が何者であるかを知りたくもあって、再度出かけた。
家の裏に回ってみると人影らしきものが見え大声で声をかける。
出てきた男性に「家の持ち主と話せませんか?」と訊くと「私がそうですけど、、。」
私としては、威風堂々とした年配の白人をイメージしていたので、南米の田舎から出てきたような垢抜けない小柄な男性に「あれ、まぁ~。」と意表を突かれた思い。

「子連れの日本人達が大勢写真を取りにくるかもしれないが驚かないでくれ。」と説明をすると、とても喜んでくれ感謝された。
6年前に前立腺肥大の癌にかかり大手術をしたため体力が昔ほど出ず、飾りも前に比べて少ないのだそう。
大掛かりではないが、クリスマスもデコレーションをするそうで、楽しみ。

「これからも私達に夢を与え続けてくださいね。」と、お礼に韓国の大きな梨を一つあげた。

   温度少し上がる
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               彼の名前はジョージ。 とても優しい好人物だった。
               屋敷は築135年。
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     道路を挟んで建つ古色蒼然とした家を見ていると、バルコニーの椅子に座る三人の
     男性が話しかけてきた。(1865年建築)
     なにか異様な雰囲気の人たちで、早々に話を切り上げたが、ジョージの話によると
     ドラッグ中毒やアル中患者のリハリビセンターなのだそう。
     だから話していて、心地悪かったのだ。
by arata-tamiko | 2015-10-21 10:02 | 興味ある話 | Comments(0)

これほどのハローウィーンの飾りつけ観たこと無い 10/19/15

クリスマスシーズンともなれば、一般人が自宅の家の庭に”お伽の国”のようなクリスマスデコレーションをするのを時折見かけるが、ハローウィーンの飾り付けに、これほどの情熱を燃やしている家は初めて観た。

Reliable店の裏側にある丘には未だ多くの豪壮な構えの屋敷が残っているので、ゆっくりとドライブしながら眺めていると、この屋敷を発見!
目を見張る飾りつけだけでなく、おどろおどろしい各々のお化けが電動仕掛けで動くのだから、彼らの気合が伝わってくる。
素人では無理だろうから、専門家を雇ったのではないだろうか。

これだけ飾るのも大変、片付けるのも大仕事。
そして家には、来年まで仕舞いこむだけの場所があるのも驚き。

            お子さんを連れて見物に行く価値ありです

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  Reliableの裏の坂道を上がってすぐ、 Walnut St.とSummit Ave.の角地に建つ屋敷です。

48 Walnut St.
Sommerville, MA


                家の正面向かって左側から右側へ
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by arata-tamiko | 2015-10-20 07:50 | 興味ある話 | Comments(0)

韓国における犬の歯のクリーニング笑い話  

我が家の駄犬、チビはPet Smartという大型ペットショップ内にある病院がかかりつけ。
年間$500のパッケージに入っていて、健康診断、予防接種そして歯のクリーニングが含まれているが、毎度歯のレントゲンを撮られ$130加算される。
毎日歯ブラシをさせる犬も多いようだが、チビは世にも怖ろしい形相となって飼い主である私にすら噛み付いてくる。
それで毎年一回、麻酔をかけられ歯石を取ってもらっている。
しかし、野生の動物は歯ブラシなどしないのに、歯石はたまらないのだろうか?

同居している若い韓国人女性が朝起きてチビの姿が見えないので訊いてきた。
麻酔をかけるため早朝に病院へ連れて行ったと話すと、同じく小型犬を実家で飼っている彼女は、麻酔に驚き「それはチビの健康上絶対に良くない。」と言い張る。

韓国では、麻酔などかけないと言うので、嫌がって噛む犬にはどうするのかと訊けば「叩くのよ。」と言う。
「叩くって、こうやって?」とジェスチャーをすると、どうしてそんなことを訊くのかと言った様子で笑う。
「頭を叩いて駄目だったら、どうするの?」
「言うことを聞くまで先生は叩くわ。」
「そんな馬鹿な。それでは犬への虐待よ。」
「だって麻酔より、犬に取っては体に害を及ぼさないわ。」

嘘か真か余りにも馬鹿げた話で最後には「そんな話、信用しないわ。」と私は笑い、彼女は「私の獣医は、いつもそうやっている。」と真顔で二人して大笑いとなった。
病院が近づくと感じて震え始めるというが、当たり前のこと。

   ひしひしと晩秋を感じる

  この子犬の恐怖におののき人を悲しげに見上げる惨い姿、犯人を捜し出し、これ以上の
  痛みを味あわせてあげたい!  
  「虐待された子犬が9メートル下の人工水路に投げ込まれた。」と、電話が動物救護協会に 
  かかってきた。
  奇跡的に助かってはいたが、毛をむしり取られた子犬を抱き上げると、無残にも足が切り
  取られていた、、、。
  激痛と孤独の二日間の子犬の心情を思うと、ますます犯人が憎い。 
  最後に「足は失っても、希望は失わなかった。」と締めくくっている。   
by arata-tamiko | 2015-10-17 10:01 | Comments(0)

老いの無情   10/14/15

七月に軽い脳溢血で倒れた韓国人の友人Hさん宅を訪れた。
ドアを開けると待ちかねたようにして出てきた彼女は、挨拶もそこそこに「あの話は、あれから進んだのですか?」と訊くのに「何がですか?」と私。

歳を取って、こちらの施設に入った場合アメリカの不味い食事に堪えられないだろうから、日本に帰ろうかと思うことがあると話したことがある。
それ以来「本当にお帰りになるのですか?いつでしょうか?」
「貴女がいなくなったら、私はどうして生きていったら良いのでしょうか?」と会う度に訊いてくるようになった。

Hさんの父親は、日本統治時代に銀行の頭取を務めたような家庭に育った彼女は、教養深く聡明で昔の上品な日本語を流暢に話していたのに今回の病で難しい日本語が口から出なくなり吃ってしまう。
何十年と日本から月刊の文藝春秋を取り寄せ、英語の本も愛読し母国語の朝鮮語とで三ヶ国語を不自由なく話していたのに、今となっては一番話しやすい言語は英語だそうだ、これも不思議なこと。

家系だという手の震えは、益々酷くなりテーブルの上に置いた左手は音を立てるほどで見るに忍びない。
その上に左足に異変を感じ初め、会う度にやせ衰え彼女からは絶望感がひしひしと伝わってくる。
几帳面な性格は変わらず、何かをする都度ノートに日本語で書き込んでいるのが興味深い。
明日になると昨日のことを忘れてしまいそうで、日々の生活を記録しておくのだそう。

「また来ますね。」と玄関のドアノブに手をかけると「多美子さん、私が死ぬまで、日本に帰らないで下さい。」とすがるように細い声で言う。
「今日、明日と日本に帰るわけではないのですよ。どうぞ心配をされないでください。」
「でも、貴女は思い立ったら、すぐに実行に移す人です。だから私は怖いのです。」
「まだまだ先のことですから、安心して養生されてください。」と言い聞かせても「何とか私が死ぬまで、、、。」と、私の手を取って繰り返す。

「判りました。私がHさんを看取ります。」
「本当に看取ってくれるのですか?」
「私が貴女より長生きをしたら、看取ります。」
「有難う御座います。私もあなたの御迷惑にならないようにできるだけ早く。」と、言い出したHさんに「それ以上言わないで。」と遮って、ドアを閉めた。

   蒸し暑く日中25度
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         ジムに毎日欠かさず通ってくる82歳のキューバからの亡命者、Sylvia。
         写真を撮ってあげると言うと「待って!」と、なかなか戻ってこなかった。
         地下のロッカールームに行って、バッチリ化粧直しをしていた。
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                        22歳から始めたそうだ            
       

   
by arata-tamiko | 2015-10-14 13:09 | 悲しかったこと | Comments(0)

アメリカナイズとは思わないけど。   10/8/15

「今までお世話をしたお客様は何人くらいですか?」と、よく訊かれる。
この15年間では計り知れない人数となり、その中でも30半ば過ぎのOさんほど慎重で心配性そして真面目なお客様はいなかった。
「貴方は石橋を叩いても渡らないでしょうね。」とメールに書くと「はい、よく判りますね。」と返事があった。

昼食を一緒にしながらの雑談中「アメリカナイズされていますね。」とOさんから言われ「えっ?私ほど根底に日本的精神を持っている人はいないと思うけど、、。たとえば、どんなところですか?」と訊いた。

Oさんの大量の荷物を部屋に運び入れるのに、同じアパートに住むお客様だった若い男性のKさんに「手伝って。」と電話をした。
私が作って持ってきた夕食のオカズを待っていたKさんは、すぐに降りてきたが私達が運ぶのを見守るのみ。
「僕も”あれっ?”と思っていましたが”立っていないで一緒に運んで”と新田さんが命令したのには驚きましたよ。日本人は、あそこまで言いません。」と笑う。
Oさんが真面目であればあるほど、いたずら気がでて「あぁ~あのこと。確かに前はお客様だったわよ。でもね、一旦お世話代金を手にしたら、もうこっちのものなの。お客様は終わって1人の人間だから、私が教えてあげているのよ。」と言うと笑っていたが、本気にしたかも。

「AT & Tの店でも驚いたって言いたいんでしょう?」に「そうです。」とOさん。
女性店員の態度の悪さに怒りメラメラとなり「終わったら、私一言この女に言わないと気がすまないの。でも貴方は恥かしいでしょうから、先に店を出てください。」とお願いすると当惑した顔。

携帯電話関連の品が入った袋を渡しながら、口元に少しの笑いらしきものを見せた彼女に「この長い時間、初めて笑顔を見せたわね。」と皮肉ると、店員は一瞬驚いた表情。
そして「ストレスの多い仕事だから。」という彼女に「まぁ~、私はてっきり貴女は何か問題でも抱えているのかと心配しましたわ。」
すると、「ごめんなさい。」の言葉一つなく、いかにこの仕事が大変であるかと自分の正当性を一方的にクドクドと主張する横柄な態度が許せず「それは貴女の問題であって、客の問題ではないでしょう。」と言い放って「行きましょう!」と、店を出た。

Oさんに「アメリカナイズではないのよ。日本でも、私こうやって生きてきたの。でね、姉が日本を出てよかったね。住んでいたら、ご近所の嫌われ者になっていたわねと言うのよ。」には、Oさん大笑いをしていた。

その夜「明日から1人だと思うと心細いのですが、今後とも宜しく。」とお礼のメールがあり「何も心配すること無し!」と返事をしておいた。

   快晴続き
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    太巻きを作って、我が家に住む若い韓国人女性二人に食べさせると、韓国のキムパップ
    より「美味しい!」と感動してくれた。
    「日本にも韓国と同じものがあるのか?」と訊く二人に、オリジナルは日本だと教えると
    驚いていた。(手許に、ほうれん草がなかったのが残念!)
by arata-tamiko | 2015-10-08 23:51 | 諸々の出来事 | Comments(0)

胆管癌の余命   10/5/15

胆管癌で亡くなった川島なお美は相当量のワインを愛飲していたそうで、人を引き連れて飲み歩くことが大好きだった我主人など「僕が飲まないと皆が遠慮する。」と、トイレで吐いて飲みなおすほど長年の飲酒のせいだろう、同じ癌で手術を受け膀胱に転移をした。

30年前の日本では患者には癌と明かさず最後まで騙し通したが、主人の気性を知る私は先生にお願いをした。
病名を知った主人は「先生酷いよ。膀胱炎と誤魔化していたんだから。」と苦笑い。
「いつまで生きられるのか?」と問う主人に「腹水が溜まり始めたら、、、。」と説明する先生。
「解りました。どっちみち死ぬのなら痛み止め以外一切の延命治療は受けません。」と帰宅をした。

川島さんは食事療法や純金の棒で患部をこする民間療法を試みたそうだが、主人のところにも、いろいろな治療を勧める人が来た。
「弱った自分を見せたくないでしょうから。」と、姉夫婦が沖縄に来てくれた時、主人が「手から発する熱い磁気で癌を治す人がいると、しつっこく勧められて困るよ。」と言った。
なんでもテレビでも度々紹介され、本も結構売れているそうで「こんなんで治れば、世の中医者は要らないよ。」と笑う主人に、物見高い姉と二人して「どんなものか見たい、見たい。」と無理に行ってもらった。

先生と呼ばれる男性は祭壇に向かって長いこと祈った後、敷布団に横たわる主人の体の上に手をかざし奇声を発し「悪いところが熱くなってきたでしょう。」と何度か訊いてくる
「熱いね。」と言う主人に、先生は「効き始めましたよ。」と、して得たりというところ。
すると主人は「もうすこし、そこのストーブを遠ざけてくれないかな。熱すぎるよ。」と言う。
帰途「あれでは余りにも気の毒よ。」と言う私達に「僕は初めから嫌だといったのに君達二人が野次馬根性で行かせたんじゃないか。」と反論していた。

本土へ帰る飛行場で姉は主人に向かって「じゃー、またね。」と言った。
「Mちゃん、僕にはもう”また”はないんだよ。」と笑う主人に「そうだったわね。」と姉も笑う。
姉夫婦の姿が見えなくなった後、主人から「全く揃いも揃ってそそっかしい姉妹だよ。」と言われた。


   朝晩の暖房が欠かせなくなった

              これでは、まるで白鵬や朝青龍が歌っているみたい   
by arata-tamiko | 2015-10-05 20:08 | 諸々の出来事 | Comments(0)