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自動車売買に必要なタイトルと公正証書  12/30/14

24日に到着されたT先生は、同じく私のお客様のI先生から車を購入された。
車の売買に必要なTitleの書き損じを避けるため、I先生と落ち合い目の前でTitleの裏に必要事項を書いてもらい、保険代理店にお連れした。

必要書類の作成が殆ど終わり、Titleの裏側の書き損じもなく最後に表を見た保険代理店のKevinが「これは?」と指差した箇所を見ると、アパートを移ったIさんは古い住所に線を引いて新しい住所を手書きで修正していた。
Title表には一切何も書くことは出来ず修正も許されないし、陸運局で受け付けてもらえない。

時間は既に午後の2時。
4時に業務が終わる保険会社の本社に書類を送る手前、保険代理店には3時半に戻らないといけない。
I先生は明朝日本へ帰国。
何としてでも、I先生を掴まえ、公正証書を作ってもらうことを残る一時間半で終了させないといけない。
焦った!!!

ところがI先生の携帯番号は二人とも知らない。
幸いラボのボスが私の長年の友人で連絡がつき番号を教えてもらう。

「今どこ?そこを動かないで!」と30分かけて迎えに行く。
途中、私の銀行に電話をかけ「Angela,早急に公正証書が必要なの。だけどそこまで行く時間がないの。ここから一番近い場所はPorter駅だから、そこの支店に電話をかけておいて。」とお願いをする。

I先生、T先生を急き立てるようにして銀行に入ると公証人が待っていた。
Angelaから言われていたらしく無料だった。

I先生と別れ、T先生に「残るは30分。」と代理店に車を走らせる。
代理店に車中から「5分遅れるわ。」と電話をすると「大丈夫。待っているよ。」と言われ、到着した時間は3時35分だった!!!

   突然日中が零下三度の寒さとなる
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 ナッツが体に良いと、この品をカゴに入れてカウンターに置けば、Trader Joe`s の年配者の
 レジの男性が手に取ってラベルを読みながら「これは一度に食べないほうが良いよ。」と言った。
 私は「忠告有難う。私の胃は強靭だから大丈夫。」と返事をした。
 小父さんは「胃が丈夫なら、よけいカロリーは吸収されるかも。」と見せてくれたラベルに600とか
 書かれていた。
 恥かしい。私はてっきり消化が悪いから気をつけろと忠告をされていると勘違いしていた。 
by arata-tamiko | 2014-12-31 11:57 | 諸々の出来事 | Comments(0)

軽羹と薩摩揚げで幸せに浸る   12/25/14

24日の昼過ぎ、階下の住人から「飛行場はパーキングを見つけるのも大変な混雑だったよ。」と聞かされ、覚悟をして早めに家を出たが、気抜けするほど国際便到着のEターミナルは空いていた。

到着されたTさんとは数ヶ月前にボスへの挨拶も兼ねて訪れた際、鹿児島に関係あると知り私の想い出話などをした。
アパートの入居日は予定より早くなり、それまではSomervilleの地下鉄駅に近い”ゲストハウス柚子”に宿泊。
肌寒い雨が降る夜でも、経営者の田中さんが料理する美味しい夕食を戴き、暖かい部屋で、ぐっすり休めば長旅の疲れも大分取れるはずと安心して帰途についた。

             ゲストハウス柚子  http://www.guesthouseyuzu.com/

Tさんから、お土産として頂いた大きな袋の中には、鹿児島の懐かしい食べ物が沢山入っていた。
主人の母が、よく送ってくれた”がじゃ豆”もあり、極め付きは私の大、大、大好物の”軽羹”!!!
手に取って思わず溜息。
すぐにお茶を沸かし、数日前に福岡に一時帰国をされたお客様のMさんがお土産に下さった薩摩揚げと、この軽羹をテーブルに広げて戴きながら至福の時を過ごす。

Mさんは私の薩摩揚げ好きを知らずして買ってきたようだが、生涯口にした薩摩揚げの中でも、これは一、二に挙げれるほどの美味しさ。
三種類ともキシキシとした歯ごたえと味の深さ。
もう鰯の薩摩揚げは唸ってしまったほど。
早速この会社に手紙を出さないと。
3年前、田舎に帰えり友の家に泊まった時、もういつ食べられるか分からないと言う気持ちもあり、毎日鰯の薩摩揚げを買ってきて食べていると「気持ち悪うならんのな?」と聞かれた。

三十数年ぶりに味わう軽羹で、奄美に帰るたび買ってきてくれた主人を思う。

   午後からやっと雨止む
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      初めて五つ実がなりましたと”柚子”の田中さんが、貴重な柚子の一つを下さった
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         日本のお正月のように閑散とした我町のクリスマス日、午後一時
by arata-tamiko | 2014-12-26 12:42 | 諸々の出来事 | Comments(0)

日中韓の論客討論で思ったこと   12/21/14

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by arata-tamiko | 2014-12-22 11:48 | 諸々の出来事

愛らしい僕と関西弁   12/14/14

「おばちゃ~ん」と大声で呼ぶ子供の声の方を見ると、店の入り口ドアにあの子が呆然とした顔で立っている。
「まだ帰国していなかったの?」とカウンター越しに両手を差し出すと「おばちゃ~ん。」と走って駆け寄り私の両手を握り締め暫く離さない。

「おばちゃん、もうおらんのかと思うたわ。」と言う小学校三年生の子に「私こそ、僕はもう日本に帰ったのかと思っていたのよ。」と数ヶ月ぶりの再会を喜び合う。
「今日もお父さんと一緒?お母さんは来なかったの?」と訊くと「お母さん、しんどんねん。」と言う。
今風で言う”こてこての関西弁”で話すこの子の「しんどんねん」が私には「死んどんねん」に聞こえた。

知り合って以来、この子はお父さんとしか買い物に来ない。
「そうなの、、、、。お母さん死んでたの、、、。」
「うん。」
「それで昼間は誰が僕の面倒を見ているの?」
「えっ?それわからんわ。」
「つまりお父さんが昼間働いている時よ。」
「お母さんやで。」
「だって死んでいるんでしょう?」
「生きているよ。家で寝ているよ。」
(この子の関西弁が真似できない)

???となっているところに、父親が「良かったな~、今日はおばちゃんがいて。」とやってきた。
「あの~、この子のお母さんは?」と聞くと「風邪を引いて家で寝とんのやな。」と息子の顔を見ながら言った。
関西弁で言われた意味が、やっと解った私は父親と笑いが止まらなく、息子も側でニコニコしながら幸せそうに私達を見ている。

関西に住む姉からも「早口の関西弁に慣れていない上、そそっかしさが加わって”しんどいねん””死んどんねん”に聞こえたのよ。」と大笑いされた。

   少し暖かくなり日中4度

 青森出身の奥さんに「理解できますか?」とメールをすると「鯵ヶ沢町は私の実家と近く理解出来ますが同じように話すことは出来ません。
通訳をしていたお兄さんも普段は同じように訛って話していると思います。テレビの普及で訛りの強い方言を話す人は減ってきています。」との返事。
各地の方言が消滅してしまうのはもったいない。
by arata-tamiko | 2014-12-15 21:00 | 諸々の出来事 | Comments(0)

ツイートの応酬合戦   12/12/14

待ちに待った今週号の週刊文春電子版、掲載されていたのは先週林真理子が呈した疑問の数々に対する百田氏の「林真理子さんの疑問にお答えします」とタイトル名がついた記事のみ。
疑惑とされているS妻の言動の一つ一つを弁明しながら”遺産は寄付する”の項では最後に「これは本当です。」と加筆している。
これでは、その前の釈明は全て嘘だったと言うに等しくなってしまう。

最後の締めくくり文章もひっかかる。

「私は未亡人に二百時間以上取材して、彼女のたかじん氏への愛は真実のものと感じました。もちろん人の心の奥底に何が潜んでいるか、見えないところはあるでしょう。しかし私は、自分の目に曇りがあったとはとても思えないのです。」

「思えないのです。」ではなく、それだけの確信があるなら「思いません。」と断定文でなければ。
百田さんは物書きなんだから、それくらいは判っているはず。

借りて読んだ「モンスター」は読後感に浸れなかったし、余りの評判に買った「永遠のゼロ」は20ページも進まず止めてしまったが、政治討論では舌鋒鋭く相手と論争する百田氏に「頭の回転が早く、なかなか気骨のある論客」と思っていたのに、今回の百田さん「どうしちゃったの?」と訊きたい。
だれしも非難されるのは嫌だが、それにツイートし返す言葉が読むに堪えないほど汚く品がない。
S妻や百田氏が言うように、父親である、たかじんがビタ一文遺産を残さないほど憎悪した娘に、自分が亡くなるまで会社を任せるわけがないと思う。
友人と二人して「結局、私達人を見る目がなかったってこと?」と言いあった。

今週号の週刊新潮に大々的に取り上げられる!と大騒ぎだったが、読んでみれば何のことはない。
既に巷に出回っている内容記事のみ。
Fridayなどは何ページかの記事を袋とじにして発売。

S妻へのインタビューや百田のツイートに対して、つじつまの合わない矛盾だけでなく、彼女の整形前の写真まで見つけ出し”たかじん”の娘に味方する人々との応酬。
彼らの短いツィート文には、ニヤリとさせられる皮肉まじりの的をついたものが多々あり、こんな寒い日々は自宅にこもり読むのには最高。

「ちなみに私が読むツイッターなど」

及川 眠子   https://twitter.com/oikawaneko
イワンのバカ  https://twitter.com/someout01
ciliegio_cento  https://twitter.com/ciliegio_cento
Pongno https://twitter.com/poniponignagna1
ごん太2号      https://twitter.com/Oomanomaguro2

LITERA       http://lite-ra.com/2014/12/post-697.html 
Amazonの殉愛レビュー

   何日か続いた氷が、やっと止む 
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      姉が送ってきた田舎の名物、神徳の大きな最中。
      私の同級生だった息子が商売を継ぎ、立派な店に繁栄させ彼の息子が三代目。
      大納言小豆と和三盆を使い甘さを控えた上品な味に堪能させられた。
by arata-tamiko | 2014-12-13 09:16 | メディアから | Comments(0)

日本が好きと言う中国人と台湾人   12/9/14

大雨の中、びしょぬれになりながら、いつものように定刻時に郵便配達人がきた。
メールの普及で財政難に陥った郵政省は、あれやこれやの対策を練って出費を抑えているから配達人は可哀想。
ガソリン節約のためトラックを止める場所も指定され、配達区間の徒歩距離も長くなり、遂には彼らが道草をしないようにGPSで行動を把握するという案も出ていたが、どうなったのだろう。

我が家に来る配達人は、いつも笑顔の若い中国人で、それも可笑しいほどの日本びいき。
初めて顔を合わせた日、彼は「あなたは日本人ですか?」とたどたどしい日本語で訊いてきた。
「わたし、日本大好き。日本人いいよ。少し勉強したよ。」と日本語で自己紹介。

「お金を貯めて日本に行くのが夢。」とニコニコして言う彼に「日本人は鬼子だとか残虐な国民だとか散々洗脳されたでしょうに。今年の反日関係の放映数は二百本を越えるそうよ。それでも好きなの?」と聞いた。
すると「中国政府の言うことは信じないよ。自分は自分の頭で判断する。」と雨のしずくが滴る雨ガッパのフードの中の顔はニコニコ。

日本の御菓子一杯とクリスマスカードを入れた大袋を渡すと、信じられない顔をした後、雨に濡れないように雨ガッパの下に抱えて子供のように嬉しそうに立ち去りながら「日本語でメリークリスマスって、どう言うの?」と聞くのに「メリークリスマス!」と答えるとキャキャと笑った。

週末にお店に来た若い台湾人の御夫婦、今年の春に訪れた長野の美しさに感動して生まれたばかりの女の子に「Haruko」とミドルネームをつけたと自慢げに話してくれたっけ。

昨夜から絶え間なく降り続ける大雨
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            今年も田中さんから、このカレンダーをいただきました。
            陸上自衛隊を勇退された柴田氏が趣味で画かれています。
            購入希望者は下記のメールアドレスにどうぞ。

                柴田幹雄氏  mikio.wakaran@gmail.com
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by arata-tamiko | 2014-12-10 05:36 | 諸々の出来事 | Comments(0)

だから林真理子は好き   12/5/14

百田尚樹氏執筆の「殉愛」騒動が始まったのが11月初め。
週刊文春は他社に先駆け2月号で”たかじん”の死の三ヶ月前に結婚をし、莫大な全遺産相続をした32歳年下の若き妻と、彼の一人娘との確執を二週に渡って暴きたて、嫌気がさし途中で読むのを止めたほどの内容だった。

ところが「金スマ」でノンフィクション「殉愛」の特集が放映され「天使のような女性」と彼女の顔が世間に知られるやいなや信じがたい過去が彼女を知る人々から次々とネット上に沢山の写真と共に出始めた。
二人の呼び名を間違えないようにだろう、イタリア人の夫と同じように”ハニー”とたかじんを呼び、呼ばれる彼も若い彼女に”ハニー”と答えていたのには笑ってしまう。

義憤に駆られた人々が数々の疑惑についてツィートすると、百田氏は烈火のごとくツィート仕返しのピンポンゲームとなる。
「執筆しながら自分で泣けて泣けて筆が進まなかった。」と百田氏が泣きながら語っているのを聞いて「自分の書く言葉に陶酔するようでは。」と購入もしなかったが、これらのツィートや1,000近くになったAmazonのカスタマーレビューを読んでいれば自ずから本の内容も知ることが出来、どんな本を読むよりも興味深い。

あれほどスクープを得意とする週刊文春そして対抗する週刊新潮が突然ダンマリを決め込み、本の中で散々中傷されている”たかじん”の娘が出版差し止めの提訴をしても全てのメディアは全く触れない。
週刊文春デジタルが送られて来る度に「今週こそ?」と期待をすれど「誰々がお泊り」とか「お持ち帰り」と言ったどうでもいいような下らないスクープのみ。

「テレビも含めこのメディアの沈黙は何なの?だれが後ろにいるの?」と不気味だったが、遂に林真理子「このまま知らん顔していようかと思ったが、やはり書かずにはいられない。」と、週刊文春に毎週連載する自分のコラムに「この言論統制は何か。朝日を叩く資格なし!」と文春も含め批判している。
「よくぞ一人で立ち上がり皆の疑問を投げかけてくれた。」と拍手と共に肝の据わっていることに感嘆する。
三十年近く前に世間がアグネスチャンの育児方針を進歩的ともてはやしている真っ最中に、一人で反論した彼女だが、見てみぬふりが出来ず損得なしに血が騒ぐ気骨ある性分だと思える。

「その話はまっぴらよ。ゲップが出るわ。」と私を叱りつけた姉に「もう一人結婚相手が出てきたのよ。いったい何回結婚していたのかしら?」と話したせいか、ワザワザ電車に乗って大きな本屋で「「殉愛」の売れ行きを調べてきているのには、流石に血を分けた姉だと思った。
”まだまだ売れています!”って大きなサインがあったわ。」だそう。

百田氏意外にこれらのツィッターを読んでいます。

及川 眠子(作詞家)  https://twitter.com/oikawaneko
イワンのばか       https://twitter.com/someout01
Azuma0220      http://ameblo.jp/azuma0220/

   夜氷雨
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         友人に招待されCafe Sushiで出されたサービス品の美味しかったこと。
by arata-tamiko | 2014-12-06 15:02 | 興味ある話 | Comments(2)

17年ぶりの再会   12/1/14

自動車保険のお客様で個人的にも親しくしていたUさん御夫妻が、17年ぶりに我が家を訪れてくれた。
20代だった彼らも今では中学生と小学生の子供さん二人。

その当時日本人の知人がBostonの北にあるGloucesterで、マグロの買い付け業者をしていた。
頭と尻尾を切り落とし品質検査してから漁師と値段交渉をするため、その後の頭と尻尾は不要となり「出たよ!」と電話がかかると貰い受け皆に配っていたので、Uさん御夫妻は私の本業は「マグロ仲介業者」だと思っていたそうだ。

あの当時は未だ今のビジネスをしていなかったが、我が家に若い留学生を招待しては話を聞かせてもらっていた。
あの頃は、もっと意欲に燃え輝く若者が多かった気がする。
MBAを取るため留学をされていたKさんが沢山の写真と旅に使用した地図を指差しながらの中国から中近東へのバックパックを背負いながらの貧乏旅行旅行話には、皆で涙が出るほど爆笑続き。

雨で水かさが増した川をバスが渡れないと、地元民は慣れた様子で文句一つ言わず川原の大きな石を川に投げ始め、解らぬ言葉で促されたKさんは何のためか分からないまま一緒になって石を投げる。
それは川底を埋めるための作業で何とかバスは通れたが、彼に取っては気が遠くなるほどの忍耐と時間だった。

彼の貧乏ぶりに同情したアフガン人かパキスタン人だったかに無理に部落に連れて行かれ「日本人は米が好きだから。」とヨーグルトをたっぷりとかけた御飯をだされ部落中の人が見守る中、吐く思いで食べたこと。
突然の停電に鼻をつままれても分からない漆黒の闇の中、彼らのざわめきのみに取り囲まれている恐怖。
戦乱が続くイスラムの国々も20年近く前は、これほどのどかだった。

一緒に談笑しあった若者達が、こうやって出世していくのは実に嬉しい。
MITで原子物理を研究していたIさんも今では自分の研究所を持って活躍をしている。
Uさんも「出世する人物だな。」と見ていた通り、長年の中国勤務から現在はNYの国連で活躍。
今回Harvard大学に中国人学生が増えていたことに、中国語が堪能な御夫婦は「あちらからもこちらからも聞こえるのは中国語でした。」と驚いていた。

   二日暖かい日が続く
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        Trader Joe`sのパンプキンブレッド、美味しくてつい食べ過ぎてしまう
by arata-tamiko | 2014-12-02 02:01 | 諸々の出来事 | Comments(0)