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横綱白鵬の優勝インタビューで思ったこと   11/24/14

モンゴル人である横綱白鵬から大久保利通公や天皇陛下のことを話され、最後に陛下への感謝の言葉を聞かされた日本国民は驚いたことだろう。
彼が師と仰ぐ横綱大鵬の優勝回数32回を目前にしながら考え続けたスピーチだったのだろうか。

インタビューをしている小柄で華奢な体格のNHK男性アナウンサーの横に立つ白鵬との背丈の対比に「こんな屈強な体格のモンゴル人が何万の高麗兵を引き連れ襲ってきたのを迎え撃つ鎌倉武士の恐怖はいかばかりだったか。」と思いながら聞いていた。
フビライの戦闘は征服をした国の男性を兵力として次の国を襲い、彼らを先頭にして戦わせフビライ軍は後方で逃げる兵士を惨殺したそうだから「進むも地獄、引くも地獄」。

それにしても外国力士たちの日本語の上手いのには感心してしまう。
姉などは「日本語を学びたい外国人は相撲部屋で働くほうが、学校に行くよりもいいかもよ。」と言っている。

   蒸し暑い一日 18度

           恥ずかしながら金井克子と私、同年齢。
           この動画を見た後、鏡姿見の前に立って深い嘆息。
           子供の頃からダンスをしているだけあって、立ち姿に華があり
           隣の歌手は綺麗なのに貧相に見えてくる。
by arata-tamiko | 2014-11-25 11:33 | 諸々の出来事 | Comments(0)

ウォーキングに軍歌で勢いつける   11/17/14

数日前の穏やかな天気の日、チビを連れて近くの湖に出かけた。
この低い丘の上にある湖は、昔放牧されていた牛馬のために人工に造られたそうで湧き出る水もなく、雨に頼るのみだから濁った水が漂い藻に覆われている。
その水の中を犬達は楽しげに泳ぎ回っている。

湖の周りを四周すれば1.6キロとなり、必死の形相でジョギングする人、友達同士楽しげに歩く人達と様々。
時間が早かったせいで人の気がないのを幸いにチビを従え大きな声で歌を歌いながら歩き続けた。
それも徒歩を勢いづけるため知っている日本の軍歌を。

三周目にかかった時、ベンチに座る50歳近いアメリカ人女性から声をかけられた。
「とても楽しそうに歌っているけど、どんな意味の歌?」
その時は「同期の桜」を歌っていたが、確かその前にここを通過した時は「暁に祈る」だった。
まさか「見事散りましょう、国のため。」とか「あぁ、あの顔であの声で、手柄頼むと妻や子が、、、。」なんて言えない。
「ウォーキングする時の歌です。」と適当に誤魔化すと「とても綺麗なメロディーね。」と褒めてくれた。
そして「私が尊敬するベトナムの詩人の詩に私が曲をつけたの。聴きたい?」と言われ「No」とも断れず「Yes」と返事してしまう日本人癖が抜けない。

彼女は湖に向かって深く深呼吸をし「森の霊気が染み渡ったわ。」と私に微笑んだあと声高らかに歌いだした。
全くもって、この国にはいろいろな人がいるものだ。

   雨
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  最近の日本では、ブリーダーらしき人たちから捨てられた大量の犬の哀れな姿がニュースに
  なっている。
  その度ごとにチビに「おまえは我が家に引き取られて、どんなに幸せか分かっているの?」
  言い聞かせている。
  チビの爪切りに行くpetcoで人間より大きな犬が爪を切ってもらっていた。
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  とても気立ての優しいEnglish Mastiffという種類で、大きいがために関節炎やリューマチと
  言った病気になりやすく生命も7年くらいとのこと。
  こんな話を聞いていると、負けず劣らず大きい黒人女性が「お前は大きすぎるのよ!」と犬に
  向かって数度たしなめるので思わず顔を見てしまった。
  中世のイギリスでは貴族の遊びとしてライオンと戦わせたそうだから何とも残虐。
  
  
by arata-tamiko | 2014-11-18 03:28 | 諸々の出来事 | Comments(0)

一念は通じるもの、探し当てました! 11/10/14

十年前にお世話をした韓国人のKさん御夫妻が、今年の夏に再びHarvard大学の留学で来られた。
初めて受け取ったメールで、日本から釜山に一旦戻ってボストンに来られると知り、我が家に働いていたチャン小母さんを探してもらえないだろうかと、未だ会ったこともない御夫妻に厚かましいお願いをした。
お陰で三十年ぶりに感激の再会することが出来、今回は金・声翰氏の御家族探しの話をすると、奥さんが「新田さんといると、いつも何か興奮することがありますね。」と、乗り気になってくれた。

検索をしている彼女が「二年前に再出版されていることが分かりました!」と指差すが、韓国文字だから私は理解できない。
それから、その出版社名を探し出した彼女は、韓国に住む友人に事情を話し出版社に電話をしてくれるように頼んだ。

小さな会社らしく女性の社長自ら電話に出たそうで「分かりました。奥様が健在ですから話してみます。」と返事をされたとKさんの奥さんから電話があった。
「もしも住所が手に入ったら、私が書く日本語の手紙を韓国語に翻訳してね。」と話していると、彼女が「待ってください。友人からメールが入ってきました!」と読み始めた。
「これ金・声翰さんの奥さんの電話番号みたいです。」に、私は「まさか、、、。」と信じられない。
「そうですよね。個人情報をくれるはずがないですよね。もう一度読み直します。」と言ったKさん。
「やっぱり奥さんの番号です。」と自信を持って言う。

「いくつくらいの方かしら?ご主人が4年前に92歳で亡くなっているから奥さんも日本語は話せると思うけど。貴女が先に、この番号に電話をしてくれない?」とお願いをした。
5分もしない内に彼女から「奥さんは日本語が分かるそうです。とても元気な声です。待っていますから、すぐにしてください。」と興奮した口調で電話が入った。

「一念は通じるものですね。やっと探し当てました。」と言うと「もう少し早ければ主人と話せましたのに。どんなに主人も喜んだことでしょう。」と残念がってくれた。
「450年以上年前に書かれた李 舜臣将軍の日記の難解な漢字を、ご主人はどのようにして解読出来たのですか?」と疑問に思っていたことを聞くと、北朝鮮の小さな村で御主人の祖父は漢文の先生をしていたそうで、その祖父に漢文を厳しく習ったご主人は、中国、韓国そして日本の漢文を全て読み解くことが出来たとのこと。

Kさん御夫妻が再留学されなければ探す方法もなく、また小さな出版社が再販したため手がかりが出来、そして女性の社長さんが、こちらの意図を理解してくれ金氏の奥さんに電話をしたことで思いもかけない展開となった。
私が「きっとご主人が”そんなに僕と話をしたかったのでしたら、僕の妻を紹介しましょう”と力添えをしてくれたのでしょうね。」と言うと奥さんも「本当に、、、。」と感無量のようす。

そして私達は何年も前からの友人のように半時間近く話し込み、必ず韓国で会いましょうと約束をして電話を切った。
偶然にも出版社の社長も日本語が解るそうで、早速お礼のメールを出すと立派で簡潔な日本文で返事をいただいた。

   晴天 暖かし
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   沢山の子供たちを見てきたが、優花ちゃんの妹の”ちさとちゃん”ほどの食べっぷりはいない。
by arata-tamiko | 2014-11-11 14:29 | 諸々の出来事 | Comments(0)

ある作家の家族探し   11/7/14

3年前に、オレゴンに住む姉が「面白かったわよ。」と、この本を送ってきた話は既に書いた。
題名が「秀吉朝鮮の乱」
私と違って全く歴史に興味のない姉なのに、それも”豊臣秀吉の朝鮮侵略”なのだから「何でまたこんな本を?」と不思議に思い読み始めた。

日本全土を手にした秀吉の次の野望はアジアの支配者となることで、手始めに中国・明の征服を試みたことで、翻弄される日本の武将達の苦渋苦難、そして朝鮮水軍を率いて迎え撃つ李舜臣将軍の頭脳作戦。
その壮大なストーリー展開に引き込まれ止められなくなった。
明国への通路になる朝鮮に服属を要求して断られたために朝鮮半島全土を焦土としたのだから、いまだに秀吉は韓国民から増悪されているのも理解できる。

将軍は戦闘のさなかにも詳細な日記をつけていて、この本の作者である金・声翰氏はこの 「乱中日記」と称されている日記を引用しながら忠実に歴史読本として構成している。

(東洋文庫より)

英雄の戦中日記である本書は、軍事的情報やかかわる人物のこと、海戦の経緯など、水軍を指揮する人物ならではの事項が書かれていることはもちろん、頻繁に体調の悪さを訴えたり、家族を心配したりするなど、“英雄とは言っても一人の生身の人間”を感じさせる内容が多く書かれています。とくに息子の戦死の報に触れた彼が「天はなぜかくも不仁なるか。哀れなる我が子よ、我を棄てていずこかに行く」と、怒りにも似た悲しみを訴え嘆くところなど、他の部分は淡々と物事を記している彼だけに、読んでいるこちらも胸に迫るものがあります。


これだけ格調高いながらも解りやすい日本語で歴史を執筆された金氏とは、どのような経歴の人物かと紹介文を読めば「生まれは北朝鮮。東大法科在学中に学徒動員に取られ戦後はMITとイギリスマンチェスター大学に留学」とあった。

もし高齢で健在なら氏とお話をしたく、でなければこの感動を何としてでも御家族に伝えたいと韓国に住む友人に調べてもらうと亡くなったばかりで御家族については調べようもないとの返事。
失望感を味わえば味わうほど、金・声翰氏の家族を探すことに情熱が湧いてきた。

    (続く)

  午後より寒くなる
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 ナーサリースクールを手伝った日、私のお客様の子供、優花ちゃんのスカートが落ちてくる。
 先生が「こんな不思議なスカートは見たことがない。」と、引っ張り上げながら困りきっている
 ので手伝うと確かに変。
 筒状になったニット網で何度上げても落ちてくる。しかたなく先生と一緒にゴム輪で止めた。
 迎えに来たお母さんに「これは何のスカートですか?腹巻ですか?」と聞くと、寒い時に 
 お母さんが体をスッポリ包むためのものだそう。
by arata-tamiko | 2014-11-08 11:33 | 諸々の出来事 | Comments(0)

たかがパン、されどパン   11/2/14

何度か書いているように、時間がある時にReliableを手伝うのは人間観察も出来、笑わされることもしばしば。

日曜日の教会の帰途、大量のパンを持ってきてくれる韓国人の50過ぎの肥った女性がいる。
「いらない。」と無下に断るのも悪いので嬉しそうに「有難う。」と演技をしたものだから、それ以来私が名づけた「パン・アジュンマ(おばさん)が来たよ。」と言いながら欠かさず持ってくるようになった。
韓国人たちが集まる教会は、終わった後に結構な食事がでるため、土曜日になると必ずどこかの教会の信者たちが、何十人分の食材を買いにくる。

このパン・アジュンマの教会では、いろいろな種類のパンを出すらしく残った各種のパンをナイロン袋に一緒くたに詰め込んで持ってくるから余り見栄えも良くない。
この歳にしてお店のカウンターで袋詰めをしている私が生活に困っていると思っているようで、彼女にしてみれば信仰に基づく愛の助けなのだろう。
私は、お金に困っている南米からのSに、そっくりそのままあげているのだが、、、。

この三ヶ月ほど姿を見ず、一、二度信者の人がパンの袋を持ってきた。
今日久しぶりに店に来た彼女は、もう一つ教会が出来たので多忙となったと言いながら「パンは毎週もらっている?」と聞いた。
心優しいタイ女性の店員、ナタリーが「いいえ。」と返事をすると、パン・アジュンマは「本当?」と驚いた顔。
その様子に彼女は「そうよね。数度だったわね。」と私の顔を見ながら相槌を求めた。

「ここに持ってくるって言うから、私は毎週沢山渡していたのに!どこにあげているのだろう。」と嘘をつかれたと怒り出した。
どうも彼女が二つの教会のパンの責任者のようだ。
ナタリーはオドオドして「ごめんなさい。」と、パン・アジュンマの勢いに圧され悪くもないのに謝っている。

彼女が帰ったあと「正直に言ったために二人が争いになったらどうしょう、、、。」と心配するナタリーに「これ喜劇と思わない?」と言うとナタリーも笑い出した。
たかだかパン。それも教会のパン。

   氷雨降る 日中一度
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 (産経新聞より)
 長野県山ノ内町の地獄谷野猿公苑で、旅行者がiPhoneをサルに近づけて写真を撮ろうとして
 サルに奪われた。
 サルは新しい「おもちゃ」に喜び、iPhone内蔵のフラッシュを発光させることにも成功したという。
 オランダのツアーガイドが撮ったこの写真は、96カ国から4万2千点以上の応募の中から選ばれ
 2014年の野生生物写真家コンテストの特別賞を受けた。
 由緒あるコンテストのようで、ロンドンの自然史博物館と英放送局BBCワールドワイドが共催。
                      Apple社のCMに最高!

by arata-tamiko | 2014-11-03 13:35 | 諸々の出来事 | Comments(0)