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詐欺も国際化している   10/29/13

イギリスの消印が押されたビジネスレターらしきものが届き、封を開ければ「Dear Arata」と、冒頭に書かれていた。

「このような悲しいお知らせをすることをお許しください。しかし調査の結果、貴女の承認が必要となってきました。」で、始まる書き出し。
「私の名は、Paul Sxxxxdで、Yorkshire Bank PLCにおいて、個人信託並びに個人資産管理を担当しています。
私のクライアントであった、日本国籍のH. Arata氏が、休暇中のビルマで奥さんと息子さん共々亡くなりました。
彼の遺書には、亡くなったMr. Arataの息子が遺産相続人と指定されていました。
英国にある日本大使館が近親者を探しましたが、見つからず、Mr. H. Arataの口座に眠る資産管理をする銀行として、法的順序で一番近い相続人となりえる貴女に連絡をしました。」

金額もそれらしき額がポンドで書かれ、72.5%が私の分で、27.5%を相手が受け取るとは、芸が細かい。
申請手続きのためのemailアドレス、電話番号が記され、相続する、しないにしても電話をかけて欲しいこと。振込みに、私の口座番号が必要ともある。

1) オフィッシャルな手紙にしては、私のフールネームがタイプされていない。

2) イギリスの銀行でありながら、ミャンマーと書かず、Burma(ビルマ)と表している可笑しさ。

3) 検索すれば、この人物名と銀行は確かに現存するが、住所が少々違うし、電話番号も。
   もっともらしく、Directorとして自筆サインまであるのが、また笑ってしまう。

いとも簡単に情報が手に入るとは言え、亡くなったとする男性の苗字はArataで、日本の男性名だった。
そして、私が日本人であることを相手は掴んでいる。

探索が大好きな私、もし口座番号を知らせたとすると、いったいどんな被害に遭うのかを知りたく銀行に出かけた。

   急激な寒さ
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                       私を法定相続人とする手紙
by arata-tamiko | 2013-10-30 08:35 | 興味ある話 | Comments(0)

「ほこXたて」が、虚構の番組だったなんて  10/24/13

20日放映の「ほこXたて2時間スペッシャル」の中でも、一番の見せ場である「実弾スナイパーVS逃げるラジコン」を観ながら、ラジコンカー製作者のようすに、ぎこちなさを感じた。
前回の対決では、自信に満ちた闘志満々の意気込みと笑みがあったのに、今回の彼は、しらけた浮かない顔。

そして今朝パソコンを開いたとたん”「ほこXたて」ヤラセ発覚!”と、目に飛び込んできた。

http://www.cyzowoman.com/2013/10/post_10266.html サイゾーウーマン

http://getnews.jp/archives/442305                 ガジェット通信

固唾をのみ、時には熱狂して応援した側が勝利を手にすると、歓喜していた錚々たるゲストのメンバーたちは、どんな思いで記事を読んだのだろう。
踊らされた悔しさと怒りの持って行きようがない。
切羽琢磨して勝負に挑んだ、技術屋さん、職人さん、その道一筋の人々が,これでは余りにも可哀想。

遅かれ早かれ、ばれることは分かっているのに、番組制作者たちは、どんな神経をしているのだろう?
司会者の二人は知らなかったのだろうか?

   秋晴れ
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                    二日前の雨上がりの光景
by arata-tamiko | 2013-10-25 09:30 | メディアから | Comments(0)

台湾が親日である理由の一つ   10/21/13

一人で毎週末にお店に来る50歳近い男性で、買われる食料品の殆どが日本のものなので、「台湾からですか?」と、英語で訊いてみると、「そうです。」と、日本語で答えられた。
お客様の台湾人には、日本政府の役人でもないのに、つい東北震災の多額な寄付金のお礼を言ってしまう。

彼が「昔日本人は台湾に、良いことをいっぱいしてくれたから、当たり前です。」と、言うのに、「同じ植民地で韓国よりも長く統治されていたのに、どうしてこんなにも違うのですか?」と、聞いた。
「どうして憎むですか?仕事も道路も、たくさん作って、教育もしましたよ。それに大陸から来た蒋介石が余りにも酷いことをしたから、日本がもっと良いと台湾人は思うですよ。」。
「韓国人の客に、もう私を韓国人と言ってくれるな。」と、度重なる韓国人客に泣かされているジニョンに、「どうして、あなたの国とこんなに違うのかしら?」と、聞かせると、彼女は「ほんとに。」と、うなづくから可笑しい。

いつも質素な身なりなので、失礼とは思いながら、つい「何をしていらっしゃるのですか?」と聞くと、数学の教授をしているそうで、思わず「えっ、あの有名なXX大学?」と聞きなおしてしまった。
日本語は、いつもご両親が日本語で話をしていたので、自然と身についたそう。

   秋晴れ続く
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       韓国の凄いところは、反日を唱えながら、そっくりアイディアを頂く、この精神。
       どう言い訳をしても、パクリはパクリ。
by arata-tamiko | 2013-10-22 05:16 | 諸々の出来事 | Comments(0)

コンシェルジュは門番の同意語か?  10/18/13

姉夫婦は、とても仲睦まじい。
初期の大腸癌が見つかった時の姉の言葉は、「私は、あの人より先には死ねないのよ。受けた沢山の恩を返し切れていないもの。」だった。

老いた両親の看護も、三人姉妹の中で日本に住む姉夫婦が、全て面倒をみてくれた。
義兄の職業柄、無料の航空券が手に入るとはいえ、月に一度は兵庫から九州に飛ぶ姉を嫌な顔一つせず、何年も送り出し、私達の両親を大事にしてくれた。
二年前、日本に戻った時に義兄の奇妙な指の震えに気づいた私は、親しくしていたお客様の先生が運良く京大の神経内科医で、診断の結果はパーキンソンだった。

退職した後、市から道路端の土地を借り受け、接木で増やした紫陽花を歩道に夫婦で植え続けてきた甲斐あって、”紫陽花道路”と名がつくほど季節になると見事に咲き誇るそう。
近くの園児達のために開墾した芋畑も、近頃は、山から下りてくる猪一家に苦しめられているが、「猪も生きるのに必死だな~。」と、言う兄に、姉は「畑仕事が出来なくなったときは、薬に頼ろうね。」と、励ましている。

畑で働く義兄に挨拶をしてくれる子供たちに、駄菓子をあげることを楽しみにしているので、今回学校ツアーに来た粂原さんに、ハローウィーンのお菓子を沢山託けた。
義兄は、子供のように喜んでくれ、「この大雨の中、近くのコンビにまで発送に行ってくれたのね。」と、感謝する姉に、「彼女が住むマンションは、ホテルのようなロビーがあって、そこに数人のコンシェルジュがいるから、その人たちに預けておくのよ、きっと。」と言った。
「そのコンシェルジュって何?」と、訊く姉に説明をすると、「分かった!門番ね。」
「門番とは、ちょっと違うと思うんだけど、、、。」と、違う説明をした。
「解ったわ。それって、日本ではガードマンって言うのよ。」と、言う返事が返ってきた。

寿司屋に出前を注文した折、「では、オードブルと言ったところですね。」と、答えた店主に、「いいえ、大丼ではありません。ちゃんと平たい器に盛ってください。」と、言ったくらいの姉だから。

   深夜大雨
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         毎日、午前中だけでもこれだけの蜂が、お風呂場に飛び交っていた。
         何度来てもらって塞いでも効果がなかったが、空気が冷たくなったとたん
         姿を消した
   
by arata-tamiko | 2013-10-18 23:09 | 諸々の出来事 | Comments(0)

欝が治ったそうで。   10/15/13

この御夫婦とは、十年以上前に留学をする娘さんの学校ツアーの案内をしたことで知り合った。
ご主人は鷹揚な人柄で、奥さんは心底明るく、誠実な人柄の二人。
東部に留学させている子供二人に会いにくると、連絡があり一緒に食事をしていた。

5,6年前、ご主人が酷い欝になったと知らせを受け取った後に、ボストンで食事をする機会があった。
彼の目は空ろで、「心ここにあらず」と言った魂が抜けたようで、会話もできない状態のご主人の側で明るくふるまう彼女を見ていて、心が痛んだ。
「どうされているのかしら?」と、案じながらも、具合を訊くのもはばかられ、月日が過ぎた。

突然「NYに来ました。明日ボストンに一晩泊まりで行きます。会えますか?」と、メールが入ってきた。
「もちろん!」と、返事をして、何年ぶりかの再会。
挨拶も、そこそこにして奥さんが、「ご心配をかけましたが、主人の欝が治ったのです。」に「やっと良い医者に巡り合ったのですか?」と訊くと、「いいえ、東北震災が切っ掛けかですかね、、、。」

「えっ?あの日、東北にいたのですか?それでショックを受けたとか。」
「違うんです。子供たちと中間点のハワイで会おうとなって、出発ロビーにいたらグラグラでしょう。全てキャンセルとなって、一泊成田の飛行場に泊まって翌日に発ったの。ハワイのホテルに泊まった翌朝、主人が”欝が治ったみたい。気分が全然違う”と、言い出したのです。」
「どんな風に違ったのですか?」と、御主人に訊いた。
「説明できないけど、三年間苦しめられたもやもやと倦怠感がなくなって気分が全く違ってきたんだよね。」
「人間って、こんなにも変わるものですかね。まるで、安部首相を見ているみたい。今のご主人の目には生気がみなぎって、言葉にも力強さがありますね。」

手広く大きなビジネスをしているため円高になったとたん、4億円近くの損失をこうむったことが、欝の原因ではないかと人は言うけど、そうとも思えないと本人は言う。
銀行と一ドルを百円で十年間の契約をしたため、今でも損失をしているが、欝にはならないからな~と言う。

東南アジアにビジネスを拡張した彼の次なる計画は、病のため中断していた長年の夢、アメリカ進出だそう。
「その時は頼みますよ。」と、言う御主人に、「分かった。お互いに、もうこの歳。貴方には欝になっている時間は残っていないのですからね。前進のみですよ。」と、堅く握手をして別れた。
薬は、一生飲み続けないといけないそうだ。

   秋晴れ
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      二年前に帰国をされたお客様から、「傘を見たら新田さんを想い出しました。」と
      送られてきた。
by arata-tamiko | 2013-10-16 11:21 | 諸々の出来事 | Comments(0)

車の保障期間延長の誘い   10/12/13

新車または3年以内の中古車を購入すると、各車の生産会社の保障がついてくる。
この保障期間の終わりが近づく頃、あたかも会社からの期間延期を促すようにして葉書か手紙が届く。
前にも書いたが、これを信じたお客様の一人が指定されている電話番号にかけて契約をした事件があった。

今度の方は、前に他のことで、「何か不明なことがあれば、遠慮せず私に事前に知らせてくださいね。」と、忠告をしていたので、「延長をした方が良いのでしょうか?」と、メールを先に下さった。
「不必要です。その手紙には差出人または会社名が記載されていないはずです。絶対にレスをしないでください。」と、メールをすると、案の定、フリーダイヤルの番号以外は何も書かれておらず、「危なかった!」と、返事があった。

保険代理店は、陸運局に登録をされた車の全情報をオンラインで見ることが出来るので、こんな会社は保険代理店等と組んで情報を手に入れ、全米の購入者に言葉巧みな手紙を出すのだろう。
アメリカの田舎に住む年配者の女性などは、車の故障が一番怖いので、契約をしてしまう人も多いのだろう。

   風が日々冷たくなる
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  東京の留学センター、EDICMの粂原さんが、子供二人を留学させている母親と一緒に来た。
  中学から留学をしている下の息子のため、四州を一週間かけての高校探しの学校訪問。
  面接の前に、すでにEDICMから留学をしている二人が、キャンパス案内をしてくれる。
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     今は大学生となった生徒たちが集まって、Cafe Sushiで懇談会。
     一年間にかかる留学費用は、6万ドル近いのでは。
    この出費を小学校~中学校、高校、または大学まで出せる両親のもとに育った子供たちの
    会話は、ヨーロッパなど隣の町に行くようで世の中が変わったと思わされる。
    皆、礼儀正しく、しっかりして将来の抱負を語るのを聴くのも楽しかった。
by arata-tamiko | 2013-10-12 23:34 | 車と保険に関したこと | Comments(0)

親日と呼ばれる韓国人たち   10/8/13

韓国とは険悪な空気になっているが、80歳過ぎた韓国人の友人達は戦前に日本教育を受けているせいがあるとはいえ、日本文化に精通していること驚嘆させられる。
思慮深く教養があり、ニュースで観る、反日騒ぎを起こしている馬鹿者たちと同じ国民とは思えない。

Hさんから、日帝時代の昔話を聴かせてもらうことも楽しく、趣味趣向が同じなので、日本の本を貸し借りして読後感を話すのも、また楽しい。
いかに読書が、人を形成するものであるかは、彼女と知り合ってつくづく思わされる。

12歳で終戦となり、以来アメリカに来ても日本語を使う機会がなかったにも関わらず、Harvardの図書館で日本文学の本を借りて読み続けたそうで、実に流暢な日本語を話す。
日本語は感情豊かで綺麗な表現言葉が沢山あり、韓国語にはみられないと言う。
Reliableのお客様で、現在の北朝鮮で、戦前に日本の師範学で教師をしていた韓国人の90歳近い男性は、聞くことは出来ても話すとなると、日本語が出てこない。
日本のビデオは観ても、本は一切読まないそうだ。

Hさんは、夜になると、「今日は、如何お過ごしでいらっしゃいましたか?」と、綺麗な昔言葉の日本語で電話をしてくるので、私もかしこまってしまう。
日本の友には、「これあげるわ。食べて。」と言うのも、Hさんには、「これ差し上げますから、どうぞ召し上がってください。」と、なってしまう。

CA州にある本屋さんの、”文藝春秋”の定期購読サービスがなくなってしまうことで、「歳を取ると、だんだんと失うものが多いのです。その上に、何十年間愛読していた雑誌が来なくなるのは、とても寂しい思いがします。」と、気落ちしていた。
それで、”OCS輸出購読サービス”に、定期購読の契約をしてあげた。
Hさんは、亡くなったご主人の大親友であった韓国に住む李さんが、電車を乗り継いで遠くソウル市まで買いに行くことを知っていて、李さんの分まで頼まれた。

二人は、俳句のページを楽しみ、”漢字シークワード”で、諺にそって漢字を埋めていくのが、ことのほか面白いそうだ。
これは日本人でも難しい。
先日は、「最後に”雲、巻、積”の三文字が残ったのですが、並び替えて何か日本語がございますか?」と電話がかかった。
回答が得られなかった彼女は、今度は韓国の李さんに電話で聞くと、「それは”巻積雲”と言いますよ。」と、教えてくれたそうで、「流石に李先生ですね。これで私もスッキリしました。」と、喜ぶHさんの声を聞きながら、「李先生は、14歳までの日本語教育なのに、日本人以上に日本人。」と、感嘆した。

この話を聞いた日本の姉は、三つの漢字をバラバラにして「これ何か判る?」と、夫に聞いたそう。
寸をいれずに、「巻積雲だろう。」と、答える夫に、「あなたお見事!見直したわ。」と、褒めると、「パイロットだったんだから、それくらい知らなかったら恥だよ。」と、叱られたそう。

   暴風で木々の葉っぱが落ちる
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                      熊瀬さんちの丈太朗君 9ヶ月
        かぼちゃが余りにも美味しかったので、切っておすそ分けすると、小鳥のように
        口を開いて食べる愛らしい写真を送ってくださった。
by arata-tamiko | 2013-10-08 14:13 | 諸々の出来事 | Comments(0)

いろいろなお客様がいる   10/6/13

お客様から、「いろいろな方がいるのでしょね。」と、言われるが、時折、「この人の頭の中は、どうなっているのかしら?」と、思わされることがある。

三ヶ月のあるコースを終え、一ヵ月後に御家族を連れて再度ボストンに戻ってくるXさんに、「日本に戻る前に、アパートの契約金を払わなければ、他の人に取られますよ。」と、説明をすると、宿泊代を払い、手元にお金が残っていないため立て替えて欲しいと言う。
この滞在中に、住いを決めて日本に戻ることになっていたのに、そのお金はないと言う。。

戻ってくるXさんに、$6,000近い立て替え金の持参を忘れないようにと数度メールでお願いをしておいた。
奥さんと立ち上げの買い物をしている間、家で待つ彼に、持参をしたトラベラーズチェックのサインをしておいてくれるように頼んでいた。
全ての買い物が終わり、「では、立て替え金を。」と言うと、「トラベラーズチェックにサインをするのが大変なので。」と、小切手を差し出された。
違和感を覚え、「この小切手は入金をして良いのですか?」と聞くと、「今、日本から送金をしていますから、一週間ほど待ってください。」と言う。

もう振り込みは完了したのかと、一週間ほどしてメールをすれば、「未だです。」と、一言のメール。
「チョット待って?私に借りたお金をトラベラーズチェックで持参したのなら、銀行に入金しているはず。すれば、口座には、それだけのお金がなければおかしい。私は小切手を換金できるわけだ。」と、気づき再度メールをする。
「未だしていません。」との返事に、「今日か明日中には、そのトラベラーズチェックを入金されてください。」のメールを出すと、それから何の返事もなくなった。
数日後、振り込まれたとメールがあったが、このような小細工をされるのは実に嫌な気分。

十日経っても、お世話費用の支払いがなく、遂に「そちらに取りに行きます。」と、言わざるを得ず、自分が卑しい取立て業者のような錯覚に陥り、気心知れた人に「私が厳しすぎるのかな~?」と、確認をした。
医者と言う職業なら、それなりの収入はあるはず、どのような思考をされているのだろうか?

このブログを読まれているかもしれないが、人は正直でなければいけない。

   数週間ぶりの小雨
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 個人的に親しくしていた丸尾さん御夫妻から帰国前に昼食の招待を受けた。
 善人と言う言葉は、この奥さんのためにある。
 悪意のない天真爛漫には、相当笑わせてもらった。
 ある人を御夫妻に紹介をすると、夕食をすることになったそうで、「緊張するわ。私の天然ボケを
 見せないようにしないと。」と、言う彼女に、「大丈夫よ。もう話しているから。」と、安心をさせた。
 「だったら、見せたほうがいいですね。でないと、まともだと驚くかもしれませんから。」に、「だか
  ら貴女は、天然と言われるのよ。」と、ご主人と一緒に爆笑。
by arata-tamiko | 2013-10-05 13:17 | 諸々の出来事 | Comments(1)

姉から聞く、私の幼い頃の話   10/2/13

食べ物が豊富でない時代に生まれた私は、父親が商店などの集まりで持って帰る折り詰めが、この世の中で最高のものだったから、姉兄そして私と6等分される母の手元を見つめながら、一人っ子でないことを、何度恨めしく思ったことか。

でも、今この歳になって、上の姉二人から自分の幼い頃の話を聞かせてもらう度に、姉達がいて良かったと感謝する。
オレゴンに住む姉が、「母親が、小学校一、二年生くらいのあなたを東京に連れて行って、帰ってきたら商工会議所の人や同じ通りの酒屋の店員なんかが、お店の前に置かれた縁台を囲んで”たみちゃん、東京は、どえんなところな?聞かせんせ”と、集まってきたわね。」と、言った。

「東京の様子を知りたい大人たちに向かってよ、”ネオンが綺麗で人が多くって。”とかでないのよ。」
幼い私は、こう言ったそうだ。
「今まで、うちとこのお父さんが世界一ハンサムと思うちょったけど、もっとハンサムが東京には、一杯おるんで、たまげたわ~。」
それを、近所の大人たちは感心して聞き、父親は困った顔をしていたそう。。
9歳年上の姉は鮮明に覚えているが、私の記憶は、そんなことがあったような、ないような。

幼い時から、美男子好みだったから、彫りの深い顔立ちの父親は自慢だった。
結婚したいと主人を紹介すると、母は陰で姉に、「時代が変わると、ハンサムの基準も変わるのかね?」と、聞いたそう。

   秋晴れ続く
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        チビは犬の歳で11歳だと言うのに、まだまだ血気盛ん。
        好みの犬、それも大型犬を見つけると、倒れる寸前まで執拗に追い掛け回し、
        隙あらば、このような醜態を見せて、公園に集まるメンバーは爆笑している。
by arata-tamiko | 2013-10-03 10:15 | 諸々の出来事 | Comments(0)