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ハリケーン・サンディと昔の台風   10/30/12

 ハリケーンの被害をニュースで観た友人達が日本から心配して電話をしてきたが、私の住む町は電気も消えなかった。
来られたばかりのお客様から「怖くないですか?」と、メールがきたので「小さい頃から大型台風に慣れっこになっている私は、これしきの風雨はなんてことありませんよ。昔は、もっと怖ろしい暴風雨と海潮でしたから。」と返事をだした。

 最近はコースが違ってきたそうで、私の田舎も昔のように度々大型台風が直撃することもないようだ。
私の子供の頃は、ラジオから刻々と知らされる台風情報を家族全員で聴きながら、海まで数分の我が家では、父が「満潮に通過するけん危ねなぁ。」と、判断すると本や文具を扱っている我が家は、店の品々を皆で手分けして上に上げていた。

 単調な日々の中、警戒警報のサイレンが鳴り響き、消防団員が「只今豊後水道を通過中」と拡声器でふれ回ると、家中が大騒ぎとなって動き回る様子に興奮がいやでも増してくる。
台風が去ったあと、友達同士で「もうちょっと強かったらなぁ~、学校が休みじゃったのに。」と残念がったりした。

 波が打ち寄せるたびに、潮の勢いで土の道路に開いたいくつもの穴から噴水のように潮水が噴きあがるのが面白く、それを見たさに風雨の中を飛び出る私達子供に親は止めもせず、沢山の大人も子供も来ていた。
姉の主人の実家も海辺で、親から「危ないから止めろ。」と注意をされた記憶は一度もないと言う。

   朝小雨、夕方大雨と雷

(大野 俊公氏から拝借)
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                        大波を見に行った海岸通り
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               そして海岸通の岸壁は、跡かたなく消えてしまった。
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             この昭和29年9月の台風のすさまじさは覚えている。
             こうやって見ると、当時は白黒の服装が殆ど。
             右上の禿山は水晶山と呼ばれセメントの採掘で現在は
             なくなってしまった。
by arata-tamiko | 2012-10-31 14:05 | 諸々の出来事 | Comments(0)

日本語学校のブックフェア   10/28/12

 待ちに待った日本語学校の「ブック・フェア」に、Hさんを誘って行って来た。
今年はカフテリアではなく、廊下の隅に配置された机上や足元に並べられていたので、すり抜けるのも大変で「すみません。」の声があちこちで聞こえた。
私が好む種類の本は売れないのか厚く立派な表紙の単行本でも10セントとか高くても25セント。

「これも読みたい、あれも読みたい。」と、抱えきれないほどの文庫本。
合計計算をした女性が「文庫本は5冊で一ドルですから、この一冊を買うより、あと四冊を買われたらどうですか?」と、本をTrader JoeやWhole Foodsの大きな袋に入れながら親切に教えてくれた。
得をするにしても僅か25セントなのに、こう言われたからには俄然意欲が湧いてくる。

「Hさん、もう終わったの?」

「はい。どうにか。」

「悪いけど、この紙袋二つ見ててくれない?」

そして私は再び必死になって探していると、本を未だ探しているHさんとバッタリ。
「あれ?未だ終わっていなかったの?」と聞くと「いいえ、大丈夫ですよ。」と、Hさんらしい返事。
感の良い彼女は私が提げている大きな二つの袋と私の様子に、私が必要としていることを咄嗟に読んで「どうにか。」と言ったに違いない。
これでは大袋を持たせるために連れてきたようになってしまった。
悪かった。
でもお陰で二十数冊買うことができ、今年の冬は心配ない。
ボランティアの方々、ありがとう!

   こちらに向かっている暴風雨のため午後から雨
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     日本人の間で有名な魚屋で「この貝って、どんな味がするの?」と聞いた。
     そばにいたアメリカ人の店員が「ハマグリと同じ味だよ。」と答えた。
     10個頼むと思ったより安い値段に、貝好きの私は「では20個にしてちょうだい。」と
     いつも応対してくれる南米からの若い店員に言った。
     すると彼は「もし好きだったら、次にもっと買ったほうがいいのでは、、、。」と言った。
     不味いなんてものではない。貝に風味も味もなければ食べられたものではなく捨てて
     しまった。
     だから彼は躊躇したのだ。  
by arata-tamiko | 2012-10-29 10:58 | 諸々の出来事 | Comments(0)

凄惨な二つの事件の類似性   10/25/12

  尼崎市の連続殺人事件の被害者や行方不明者が増える度に、不可解さが増してくる。
全ての情報のもとが「周辺者」「近親者」となっている。

 顔を隠した親類や友人達が「何か食べさせてくれと痩せ衰えた姿で逃げてきた。」とか「可哀想に寒い中、裸にされて冷たい水をホースでかけられていた。」と、ことの一部始終を話している。
しかも家に押しかけた角田美代子と取り巻き連中の異様な同居の様子、家族を痛めつけながら居直っている残虐さを目の前にしながら、誰一人警察に通報しなかったことが一番不思議。

 沖縄の崖から転落したと処理され、角田が巨額な保険金を手にした事件も「あれは殺人だと思いますわ。」と、今になって近親者がマイクに向かって話していた。
角田が引き連れるゴロツキが怖かったのかもしれないが、余りにも皆が無責任。

 マスコミは取り上げていないが、この事件は2002年に発覚した北九州連続監禁殺人事件と類似点が沢山みられる。
隙を見て逃げ出した17歳の少女が祖父母のもとに助けを求め、通報を受けた警察すら”家族が家族を殺しあう”殺人の異常性と凄惨さに少女の話を俄かには信じなかった。

恐怖を植え付け時には優しくしながら、服従をさせる。
真冬の風呂場でホースの水を浴びせたり食べ物や水を与えず睡眠を制限して衰弱させる。
角田と同じように主役は決して手を汚さないと同じパターン。
北九州の事件は、家族に解体させた遺体を大鍋で煮込ませ、5歳、10歳の子供まで殺人に加担させ最後には殺されている。

 このサイトに詳しく事件の全貌が書かれている。

              http://lopnur01.dtiblog.com/blog-entry-3.html

   インディアンサマー続く  18度
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     来られて半年、御主人の研究所がアリゾナに移動することになった三宅さんとお別れ。
     彼女は惚れ惚れするほどの日本美人で色も抜けるように白い。
by arata-tamiko | 2012-10-26 09:25 | メディアから | Comments(0)

大統領選の討論会   10/23/12

 友人のHさんから「リリカと言う薬にしてから、何とか堪えられる痛みになりました。」と電話があり、2ヶ月ぶりにお会いした。

 三叉神経痛の痛みは想像を絶するもので、水を飲むため口を開くだけで激痛が走るそうだから飲食も出来なかったが、この薬になってから痛みも和らぎ食欲も出るのだそう。
そのせいか案じていたほどやつれてはいなかった。
 人は動けてこそ生きている価値があると、ポケットの中に入れているものを見せてくれた。
それは一枚の用紙に英語で「救命不要」と書かれ、彼女の署名がされていた。
「外でバッタリ倒れたときにポケットから落ちる心配もありますから、胸に”救命不要”と刺青をするのが一番いいかと思いますが、そうも出来ませんしね、、、、。」と、理知的な彼女の口から”刺青”と言った言葉が出るのが可笑しく、また発想にも笑ってしまう。

 「ところで大統領とロムニー氏の討論を聴かれましたか?」と聞かれ、小声で「いいえ。」と答える。

「御立派ですね。激痛の中でも聴くのですか?」

「この国に住んでいるのですから、政策方針を知ることは大事です。それによって私達の生活も違ってくるのですから。」

 私のもう一人の友人同様、韓国人のHさんもオバマ大統領に寄付をしているので、毎年オバマ大統領一家のサイン入りクリスマスカードを受け取っているそうだ。
80歳になっても政治にも関心を持つ才気と理知に溢れる得がたき友人だ。
 
 別れ際に「私も歳を取りました。いつ死ぬか分かりませんから、これからは二週間に一度は会うことにしましょうね。そして、その間にはお電話を下さいね。」と言うような可愛さがある。
でも、悲しい。

   インディアンサマーで17度
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       ブルーフィンで長年働いていた南米からの男性が親族で日本料理店を開いたので
       ほんわか~奥さんのMさんとNさんを誘って出かけた。
       人柄が良く働き者の叔父さんと甥がアメリカに来て必死に働きお金を貯め夢を叶え
       たと思うと手を差し伸べてあげたくなる。

       不思議な店名「えび」のいわれを聞くと、大家と契約書類の話し合い中に早急に
       店の名を決めろと言われたそう。
       思案する彼らに、彼らの弁護士が「Ebiにしろ。」と有無を言わさず一方的に決めて
       しまったそうで、まるで落語のよう。
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            サービスで”揚げ出し豆腐”を出してくれた。泣かせる。
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    豚カツが藁ぞうりのように大きいのにはビックリ!味はなかなかだった。
    値段は安すぎるほど安く、これで御飯と味噌汁がついて$9.99  お薦め!

(Reliableの道路反対側にありダンキンドーナツの隣)

290 Somerville Ave.
Somerville, MA 02143

617-764-5556


                     
by arata-tamiko | 2012-10-24 12:08 | 諸々の出来事 | Comments(0)

生活保護は誰のためか?   10/21/12

 お笑い芸能人の生活保護 不正受給以来、日本では、いろいろなケースが取り上げられるようになった。
ある日、仲良くしているHさんが「私、やっと健康保険に加入できました。」と言うので、失礼とは思ったが「例の州の保険?」と聞いた。
彼女は健康上の理由で定期的な検査の必要性があるのだが、御主人は無給の留学なので健康保険は職場から補助されないため、毎月高額な保険料の自費払いは無理。

 「いいえ、アメリカの人が払っている血税を私は使えませんよ。やっと安い保険料金の会社を見つけました。」に「貴女は立派よ。だから好きなの。」と、感動した。
それでも月額700ドルだから、相当家計を圧迫するに違いない。

 ある人に学校の給食代を聞きたく電話をすると「それが知らないんですよ。」と言う。

「三人のお子さんは、いつも弁当を持って行くの?」

「いいえ、三人ともフリーランチですよ。ラボからは安い給料しかもらわないんだから、低所得者として州の無料健康保険にも加入していますよ。タダでもらえるものは、もらわないとが我が家のモットーですから。」と自慢げ。

「恥を知れ!」と、怒鳴りたかった。

 家賃額3,000ドル近くのアパートに住み、日本に帰れば有名な病院に戻って働くのに。
私のアメリカ人の友は仕事柄いろいろな木材を扱っているが、ある木にアレルギー反応が出て、体中の湿疹だけでなく顔も腫れ上がった。
健康保険がなく、医者にかかることも出来なかった。

 私も65歳からの州の保険補助が出るまで、自費で毎月650ドルを払い続けた。それも5,000ドル以下は自費払いで血液検査や薬代は出なかった。
アメリカの恩典を受けていた人が、ヨーロッパ旅行やアメリカ一周をしながら日本に帰ると聞くと理不尽な思いがする。

   インディアン サマーが続く
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         神様は何と言うグロテスクな生き物を造ったのだろうかと思う。
         隣人のゴミ箱に入っていた夜行性のパーソンズが私に向かって牙をむく。
         飛び掛ってくるから止めろ!と言われながら撮った写真。
by arata-tamiko | 2012-10-22 13:41 | 納得いかないこと | Comments(0)

橋下市長と週刊朝日の記事   10/18/12

 橋下徹市長の家系や氏素性を週刊朝日が暴き立てた記事掲載を始めた報道。
読んでいないが、市長の会見詳報が真実なら、今の世に「親がああだから、子もこうだ。」と、家系を取り上げ「だからなのだ!」と決め付けている内容のようだ。
(東国原を誘った時点で維新の会も、胡散臭く思えてきた。あの人物はどうも品がない。)

 アメリカに来た頃、何も分からない私にいつも手を差し伸べてくれたアメリカの家族がいた。
主人は30代ながら立ち上げたビジネスを大成功させ、30年近く前、既に自家用機で飛び回り、太っ腹の人間味溢れる人だった。
ある日、奥さんの実家に招待され夕食を一緒にしながら「義理の息子さんは素晴らしい人柄ですね。お嬢さんから結婚相手として紹介された時は嬉しかったでしょう?」と、母親に聞いた。

 未亡人の彼女は「そうなのよ。あの日もこうやって我が家でディナーをしながら”貴方の苗字は稀代の殺人鬼、デ・サルボと同じだけど関係ないでしょうね?”と冗談めかして言ったの。そしたら、彼がナイフとフォークを置いて、しばらく黙った後”従兄です。”と、一言返事をしたわ。」

 「その人は何をしたの?」と聞くと「1962年から2年に渡って、公共の水道や電気工事人などを装ってドアを開けてもらい、ボストン近郊に住む11人の女性を残虐な方法でいたぶりながら絞殺し、ボストンを恐怖に陥れた”Boston Stranglers”なの。アメリカ人なら誰でも知っているわ。」

これには驚いた。

「で、結婚には反対しなかったの?」

「同じ血が流れているだけで、彼は一生責任を背負って負の人生を過ごさないといけないの?とんでもないことよ。」

 映画やテレビドラマにもなったほどだが、今では誤認逮捕だったのでは?と言われている。
しかしAlbert DeSalvoは獄中で自殺をしたので、真相は判らない。
それから、私は日本的な考えを改めた。

   快晴
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      Cafe Sushiへ行ったことがないと言うので、皆を連れて行きました。
      可愛い”ほんわか~奥さん”が率先してオーダーをしてくれ、皆で「良く出来た!」
      褒めてあげ本人も喜んでいました。
      (5人がちらし寿司で、生魚が駄目な彼女のみチキン弁当を頼みました。)
      ちらし寿司は問題がなかったのですが、彼女のところには弁当ではなく握り寿司
      きました。
      こんな女性なので、どうしても心配で、いたわってあげたくなるのです。
by arata-tamiko | 2012-10-19 02:40 | Comments(0)

M先生の奥様には笑わせてもらいました。   10/16/12

  ほんわか~奥さんのMさん御夫妻と、もう一人の男性お客様は同じ短期滞在に数週間滞在している間に、とても仲良くなった。
特に彼の奥さんは仕事の都合で来るのは半年先なので、Mさんの奥さんの暖かさに和まされている。
そして同じアパートの同じ階の隣同士で入居をした。
彼女のことだから、きっと一人住いの彼のため、ドアを”コンコン”と、ノックをして夕食を届けてくれるだろう。
彼には一人頂く食事が寂しくないように、機関車トーマスのお皿をプレゼントした。
「僕、トーマスが大好きなんです。」と、お礼の電話をもらった

 これからは、我が家から遠くに住む彼女に会うことも少なくなるだろうと思うと寂しい。
スーパーで「あら、アメリカにもホカホカ・カイロが売られているのですね~。」と、驚いた声で指差す。
その方向を見ると、これからの季節のため暖炉にくべる薪が入った袋が山積みとなっている。
そして袋には炎が赤くメラメラと燃えている絵が画かれている。
「あの中には薪が入っているのよ。どうしてあれがカイロに見えるの!炎のカイロになったら大事よ。」
御主人に、珍問答の数々を話すと「地球に来て、まだ30年なんです。勘弁してやってください。」と言いながら一緒に大笑いをしていた。

 秋晴れ
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     まごうことなく父と娘。
     もし咲希ちゃんが迷い子になっても、南先生を知っている人なら連れて来てくれるだろう。
     帰国を二日後にひかえての多忙な中、義理堅くお別れに来られた。
by arata-tamiko | 2012-10-17 12:49 | 諸々の出来事 | Comments(0)

アトピーと漢方  10/13/12

 お昼に到着されたFさんと夕食をしながら、二十年間苦しんできたアトピーが漢方で殆ど完治したM先生の話をした。
彼女は中学校の頃から始まったそうで、特に女性となると顔に出るのは辛い。
M先生の顔は白い粉がふき、首筋だけでなく両腕は、まるでトビヒのように赤く爛れ、今までお会いした人の中で一番症状が酷かった。
奥さんの話では、患者さんから「痒いでしょう。辛いでしょう。」と気の毒がられていたそうだ。
それが五週間後の今では眉毛も生え顔に艶がでてきて、両腕の傷跡も殆ど消え、嬉しいことにポリの服が着れるのだそう。
心優しいM先生は、神経内科が専門なのに私の友人のため「漢方で三叉神経痛は治りますか?」と、その漢方医に聞いて「治るそうです。」と電話をくれた。
笑ってはいけないが、笑ってしまう。

 Fさんが留学のための健康診断で血液に鉄分が極端に不足していることが判り「倒れたことはない、目眩の経験もない、息切れも。」と答えると、驚かれたそう。
その時に女医さんから「緑茶は避けてください。体の中で鉄分とくっついて体外に排出してしまいます。」と、言われ生姜の摂取を勧められた。
鉄分の薬と胃の爛れを防ぐための薬を処方された時、食欲が落ちるとは聞いていたが、二ヶ月足らずで、体重が4キロも減ったそう。

 興味深いのは、私も主治医が心配するほど鉄分不足で、この漢方医に初めて診てもらった時に、このことを指摘され「緑色以外のお茶にして、生姜を出来るだけ沢山毎日食べるなり、生姜茶を飲みなさい。」と、同じことを助言された。

 「私も是非に、そこに連れて行ってください!」とお願いされたので、来週行くことになった。
「貴女は漢方を飲むから、今までの薬を私に頂戴。痩せ薬として飲みたいわ。」と言うと笑っていた。

 大量の生姜を買ってきて、早速すりおろし、Fさんが教えてくれた方法でサランラップに平たく広げて冷凍庫に保存した。
彼女は、お茶にする分だけをパキッと割ってカップに入れ熱いお湯を注ぐのだそう。

   初霜
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     ここの不動産屋は、パソコンを使える人がいない。
     カタ、カタと聞きなれないリズミカルな音に、30歳の日本人男性が「何の音ですか?」と
     不思議そうにするので、音のする部屋に連れて行った。
     生まれて初めてタイプライターを見たそうで、感動をしていた。
by arata-tamiko | 2012-10-14 10:38 | 諸々の出来事 | Comments(0)

ホンワカ~奥さんとの一日   10/11/12

久しぶりの秋晴れの中、二人の若い女性を連れてBurlington Mallへ出かけた。
一人はM先生の奥さん。もう一人は留学しているボーイフレンドに会いにきているYさん。

 前にも書いたM先生の奥さんは、周りの人を和やかにしてくれるホンワカ~とした愛らしい性格で誰でも好きになるだろう。
彼女にお友達として、Hさんを紹介することになり、先日「これから会うのですよ。」と、嬉しそうな彼女に「しまった!Hさんに貴女が”天然ボケ”だと言うのを忘れた。」と言うと「そうですね。言っておいた方が驚かれないと思いますよ。」と、真面目な顔で私を見る。

 自宅に電話をすると返事がない。
暫くすると彼女から電話があり「すみません。地下のランドリーに行っていたもので。」に「そうかな~?トイレではなかったの。」と、からかうと「それだったら、正直に言いますよ。」には、また笑ってしまう。
なかなか利口なところがあり「貴女は単なる天然ボケではないわね。」と言うと「だと思います。だから主人が結婚してくれたのだと思っています。」には、一緒にいたYさんも大笑い。

 彼との交際に悩むYさんに、私達二人は「貴女は、もったいない。貴女なら、もっと他に相応しい人が見つかるはずよ。」と、私など初めて会った彼女に失礼だが、YさんはYさんで「他の人も同じ意見です。」。
一流企業に勤務する人なのに、飛行機代も出してくれない、日々の食事の買い物代も彼女に払わせる男なんてろくでもないに決まっている。
とても楽しい一日だった。

   秋晴れ
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                 Burlington MallにあるSur La Tableの店
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            同じドイツの包丁セットがWilliams-Sonomaの半値で買えた
            M先生の奥さんは大喜び。
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                      可愛いエプロンも沢山
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by arata-tamiko | 2012-10-12 11:30 | 諸々の出来事 | Comments(0)

山中教授の日本語の綺麗さ   10/7/12

 山中教授のインタビューを聞きながら「何と綺麗な日本語を話す人だろう。」と、そちらの方にも感動を受けた。
私が日本のテレビドラマを観ないのは、お粗末な内容だけでなく、それに加えて余りにも言葉が汚い。
特に若い女優達のセリフは聞くに堪えないことが多々ある。

 そして、今やそれを一般の人が当たり前のように使っている。
「奥さんに聞いてみます。」と言った男性に「どこの奥さんですか?」と聞くと、彼の妻だった。
「自分の妻を第三者に話すのに”さん”づけはないでしょう。」と、また余計なことを言ってしまった。

 三十半ばを過ぎている女性が「やばい」を、いとも平気で使い、大きいを「でっかい」と表現し、オナラをした自分の子に「屁をこいたね。」と、言ったりするのを聞いているのは神経が疲れた。
「御主人の御両親の前でも使うの? ”やばい”は、ヤクザザの言葉だったことを知っている?少し気をつけたほうが良いのでは?」と、やんわり言うと「彼の両親は田舎者だから分かりませんよ。おかしいですか?」と聞く。
「おかしいと言うより、自分で自分の品性を下げているわ。」と、お客様に言ってしまった。

 私の若い頃は、言葉使いで、育った家庭環境とか、職業やバックグランドが、ある程度判明できたが、今はそれがなくなった。
不思議なのは、ある言葉が流行ると日本人皆が一斉に使い始める。
「目線」「かわいい」「なになにに優しい」「なになにじゃーないですか?」と言った具合。

 もとに戻って、山中教授の泰然自若と応答する内容の素晴らしさ、人間的にとても魅力のある人だ。
特に”はった”と相手を見ながら話す目は、まるで射る様だ。そのような日本の男が最近とんといなくなった。
その上に容姿端麗ときている。
日本にも、こんな魅力的な男性がいますよ!と世界に自慢できると思うと嬉しくなってしまう。

   曇り
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          カソリック信者の親子が身体不自由者のための募金活動をしていた。
          男の子の余りの愛らしさに惹かれ、5ドルを小さな缶に入れると5個も
          小さなチョコレートバーを差し出した。
by arata-tamiko | 2012-10-09 09:53 | 諸々の出来事 | Comments(0)