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「HAM チンパンジー宇宙飛行士の物語」  7/27/12

 仕事の事で何ヶ月か前にメールやSkypeでやり取りをし、顔は拝見したことのないKさんと言う男性の方から「Skypeできますか?」と入ってきた。
「HAM チンパンジー宇宙飛行士の物語」のドキュメンタリーを、インターネットで感動しながら観ていた私は「どうぞ。」と、メッセージで返事をした。

そして彼のSkypeがパッと表れたとたん、私は仰天してしまった。
そこには私が観ていたチンパンジーの写真が小さく載っている!!!
それも精神的にも肉体的にも耐え難い訓練を人間の代わりにさせられ、目を閉じ全てを諦めたような哀れな顔の小猿チンパンジーと全く同じ表情のチンパンジーが!
(成長したチンパンジーだとカプセルに収まらないため小猿を訓練)

 余りの衝撃に、彼からの質問に答える先に「どうして、私が観ているチンパンジーが貴方のSkypeに載っているんですか???」と、メッセージを送った。
彼が返事がを書いているペンの絵を見ながらも待てず「怖ろしくなりました。気持ちが落ち着きません。」と、出した。

「すみません。チンパンジーが、お好きでなかったら他のものに変えさせていただきます。」

「その小猿は、どこのチンパンジーですか?」

「申し訳ありません。画像をおかえしましょうか?チンパンジーはスカイプから画像を選択しました。」

 どうして今まで気づかなかったのかとContactを調べれば、何ヶ月か前のメッセージのやり取りでは、木漏れ日が射す綺麗な森林の写真だった。
なんでこの方は、何百枚もあるであろう写真から、よりに寄って同じ表情のチンパンジーを選んだのだろう?

   くもり
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        Cafe Sushiに他の用事で行くと、若い店主が本鮪をおろしていた。
        私の本鮪好きを知っている彼が作ってくれた豪華な丼を頬ばりながら大きな
        ジャックポットに当たった気分になり「あぁ~幸せ!」と口をでた。
by arata-tamiko | 2012-07-28 01:22 | 諸々の出来事 | Comments(0)

どんなドラマより面白い日帝時代の話 (1)   7/25/12

  韓国人の友、Hさんの昔話の中で、67年間に渡る淑明女学校時代からの友人Sさんの話が度々出てくる。
当時の朝鮮では、女に学問不要と言う慣習で無学の朝鮮子女のために、淵沢能恵と言う岩手出身のクリスチャンである女性が1906年に50代半ばにして朝鮮に渡り、彼女の懸命な努力によって日本政府からの資金援助を得て建てられた。
(現在でも名門女子大学として知られているが、淵沢能恵の名前は、学校史から完全に消され、土地や資金を援助した朝鮮の皇室が設立したとなっている。)

 そのSさんがテキサスから来るとの知らせをHさんから受け、半時間の運転中も心が浮き立つ思いだった。
直に聴く彼女の思い出話は期待した以上のものだった。

 Sさんのお祖父さん、お祖母さんは村でも評判のむつまじさ。
5人の子供に恵まれていたのが突然飲み屋の酌婦にお祖父さんが狂ってしまった。
自分の夫との間に出来た乳飲み子の赤ちゃんを抱いて来た女は、長男の嫁より若く不細工な顔立ち。
妻妾同居の生活が始まると、女の夫が何度もゆすりに来ては、挙句の果てに家や立ち並ぶ蔵や倉庫に火をつけると脅し始めたため、お祖父さんは余りある土地の半分を夫にあげて話をつけた。
怒りと悲しみのため、お祖母さんは失明してしまった。

 土地が半分になったとは言え、それでも財力はあり田舎で始めての百貨店を建てたり政治に関わった。
長男であるSさんの父親は日本の師範学校を出たが、大勢の小作人を抱える身では、働く必要もなく毎日遊蕩ざんまい。
村に一つあった「みどりバー」に新しい子が来ると手をつけ、出来た妾が7人。
美人の代表であった原節子よりも綺麗な容姿のアンナに夢中になったお父さんは別棟を建て同じく妻妾同居生活を初め、日がな一日大きな蓄音機で音楽を聴いたり、お父さんが奏でるバイオリンやアコーディオンに合わせてアンナが歌っていたそう。

 体の弱かったお母さんは妻の務めをしてくれるアンナに感謝をして、子供たちにも”小さいお母さん”と呼ばせ大事にした。
正妻であるお母さんの余りの優しさに耐えかね、三年後アンナの方からいとまごいを申し出て、家を去る彼女を泣きながら、Sさんは追ったそう。
何年かして、アンナの末路を教しえる人がいて、中国まで流れ麻薬の巣窟で亡くなったと聞かされた。
「親に売られ、父の妾になり自分から去った後の苦しい人生の中で、束の間の快楽を求め麻薬に走ったのでしょう。余りにも哀れ。」と、Sさんは優しかったアンナを懐かしむ。

   気持ちの良い天候
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        毎朝、雀に餌をあげるようにしているので、私の姿を見るやいなや雀が騒ぐ。
        長い素麺を咥えて飛び立つ雀の様子が可愛い。
by arata-tamiko | 2012-07-26 12:41 | 諸々の出来事 | Comments(0)

分限者か貧乏かの基準   7/22/12

美味しいものが沢山ある日本、あれも食べたい、これもと限りないが中でも好きなのが練り製品。
同居しているソンヒーが韓国の薩摩揚げを料理したが、不味い。
韓国人は、これを”天ぷら”と言うが、私達も子供の頃は”薩摩揚げ”とは言わず、天ぷらだった。
第一に薩摩揚げと言う言葉がなかった。

 田舎のMさんが「もうアメリカに帰って一年も経つけん、食べてえものも出てきたんとちがうな?」と聞くので「そうね。100%魚肉の天ぷらが食べたい!鰯の天ぷらも美味しかった。」と、田舎で口にした味を思い出しながら言った。

「天ぷらは、よう弁当のオカズにしよったな~。」と言うMさん。

「本当に。朝、親から10円もらって近所の店に買いに行って、一枚だけがオカズだったものね。」

「なんな、多美ちゃんは一枚ごと弁当に入れちょったん?あんたんとこは分限者じゃわ~。」と感に堪えない口調。

「うちかた(我が家)は、一枚の天ぷらを濃い醤油でこってり煮てから6等分に切って姉妹三人で分けたわ。」

「つまり一人が二切れ?」

「そうじゃーが。それもな、その煮詰めた魚臭い醤油を弁当の御飯の上に垂らすんで。そしたら二切れでも、美味しゅ弁当が食べれるんで。多美ちゃんは分限者の家じゃーけん知らんじゃろーえ。」

「Mっちゃん、天ぷら一枚か、二切れかで分限者か貧乏かが決まるの?」と、爆笑しながら昔を懐かしんだ。

   涼風が気持ちいい一日
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                           隣家の葵が今年も満開
by arata-tamiko | 2012-07-23 12:16 | 諸々の出来事 | Comments(0)

アニマル・シェルターからの子犬   7/19/12

花さんへ
 
 チビがお世話になっているアニマルクリニックのBanfieldが入っているペットショップでは、猫以外見たことはありません。
犬は場所を取るからではないでしょうか?

 今日、いつもの森林公園を散歩していると、芝生の上で、とても可愛いラブの子犬とじゃれあっている夫婦がいました。
彼等に未だ慣れていない感じがしたので「飼い始めて、どれくらい?」と聞くと「今日、シェルターからもらってきたばかりなのよ。未だ家にも帰っていないの。」と言うのです。

 「と、言うと?」に「コネチカット州のDanburyにあるACT.のアダプション・センターに見学に行ったの。そして2ヶ月のこの子を見たら、連れ帰らずにはいられなくって。車中で眠り続ける、この子を起こして遊ばせているの。」。
このセンターではミシシッピー州でレスキューされた犬が多いそうで「なぜ?」と聞くと「貧しい州だから、去勢をするお金もない人が多いのだと思うわ。」との意見でした。
そう言えば、二匹の姉妹犬を連れてくる夫婦も、この犬達はミシッシッピー河の沼地で餓死寸前だったところを助けられたと言っていました。
 

 未だアダプトするつもりではなかったから、この後にペットショップに行き子犬のために買い物をするのだと嬉しそうでした。

  ( Danbury Animal Welfare Society ) http://www.daws.org/dogs

 花さんのお住いが分かりませんが、MA州のSalemにも大きなシェルターがありますよ。

               http://www.northeastanimalshelter.org/

   気温が下がり湿気も少ない
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   テレビでもラジオでも、私の住むArlingtonの被害の惨状を「戦場跡」と表現していた。
   この家から2分先にある多くの日本生徒が通学するHardy小学校の巨木が真っ二つに
   割けているのには自然の恐ろしさを見せ付けられた。
  
                
by arata-tamiko | 2012-07-20 11:29 | メディアから | Comments(1)

50度蒸しがブームだそう   7/18/12

 去年の秋、何十年ぶりに訪れた故郷で知り合ったMさんと気が合い、時折電話をしている。
「50度蒸しを知っちょるかな~?」と言うMさんに「それ何?」と聞くと、何でも野菜を水で「ジャァ、ジャァ」と洗った後、50度のお湯でまた「シャー、シャー」とお湯洗いをする。
すると”あら、不思議?”で、野菜も「ピシャッ」となって、その野菜が持つ、うま味が増すのだそう。

 余りにも荒唐無稽な話に大笑いをすると「馬鹿にしちょったらいけんで。昨日もな、町の人と別府の人が、東京のテレビに出たんで。」と、私を諭すように言う。
別府温泉の蒸気で蒸すことから発案された50度蒸しなので別府の在の人が出演したそう。
鮪の遠洋漁業で知られた町の小さな島の人が本鮪の大きな塊を50度のお湯で洗い、別府の人は同じ方法で鶏の唐揚げを実演して、余りの美味しさに出演者達を驚かせたそう。

 「鮪もな、おいしゅうなって、鶏なんか臭みが取れてな口の中で”ビヤー”と揚げ汁が広がるんとな。」と力説をする。
「紫蘇の葉も、してみらんせ。そして”チャチャ”と切ったら香りが全然違うで。」と教えてくれるMさん。
「Mちゃん、それよりも”シャーシャー、ジャァ、ジャァ、ピシャッ、ビヤー”とか、すごい擬似音がはいる方に感動してしまうわ。」と言うと「そえーかな~。」と、彼女も笑う。

 検索をしてみると、確かに今ブームになっている。
日本ほど、次から次へとブームが生み出され、踊る国民はいないと思う。
そして忘れ去ることも早い。

   蒸し暑く大雨と大風

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       夕方6時ごろの瞬間突風で私の住む町のいたるところ大木がなぎ倒され大被害
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            大通りも横道も倒れた木と折れた枝で森林のようになっている
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            横道は殆ど全て通行禁止。垂れ下がった電線の危険も伴う。
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                   運よく両家の間に大木は倒れた。
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               消防車、警察車とラッシュに重なって大忙し。
by arata-tamiko | 2012-07-19 13:38 | 諸々の出来事 | Comments(0)

久しぶりの秀作ドラマ「はつ恋」   7/16/12

  TV Japanに25ドルも毎月払いながら、ニュースとドキュメンタリー以外は殆ど見ていない。
特にドラマは全く見ないので、最近の芸能人は誰が誰か分からない。

 あるコラムニストが「まさに一流の大人ドラマ」と言うタイトルで「若手俳優ばかり出演しているドラマに慣れてきている我々に、演技とはこうなんだと思い出させてくれた。今回このドラマは改めて、話題性だけでなくても視聴者はついてくるということを証明してくれたのではないだろうか。」と意見を述べているのに惹かれインターネットで観てみた。

 これはいい!
人間の揺れ動く心理描写を見事に出演者たちが演じている。
主役の男優、日本人男性には稀な体格と身長、そして雰囲気に検索してみれば「伊原剛志」とあった。
そしてその俳優が先日帰国をされた奈良医大の先生に体格も風貌も余りにも似ていて、思わず画面に向かって「M先生、、、。」と声をかけたほど。
先生にメールをすると「よく言われますが、他の人にも似ているといわれることもあります。」との返事。

 同じ大学から来られている先生に、このことをメールをすると「確かに。でもアンジャッシューの渡部建にも。」とのことで、You Tubeを開く。
似ていた!M先生の若いころを彷彿させられる。
でも有名な俳優に似ていると言われるのは嬉しいだろうが、お笑いでは悪いかと思うので黙っていよう。

 「はつ恋」は明日で最終回。待たれる。

http://www.dailymotion.com/video/xr7dme_yyy-02y_shortfilms

   しかし暑い!!
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          近くの大型ペットショップで里親を探す猫が沢山ケイジに入っているが
          化け物のように大きく日本の猫のように愛くるしさがない。
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by arata-tamiko | 2012-07-16 23:52 | メディアから | Comments(1)

李さんの思い出話(終わり)   7/13/12

 情景が目に浮かぶ描写に胸痛くなる思いだった。
何度か書いたが、日帝時代のおける中学二年までの日本語教育で、これだけの情感をあらわせるのは、生まれながらの文学的才能を持っている方だ。
同年代の日本人でも、ここまでの文章力を持つ人は余りいないだろう。

 話が跳びますが1970年に弟一家はブラジル移民となりました。
移民生活初期のひどく辛い苦労を乗り越えて、30年経ってコンピューターを使っての事業管理技術を身につけた甥と洋装デザインが自慢の姪が頼もしく親を助けてかなりの規模の洋装店を6軒も構えるまでになりました。

 弟は自分達の今の暮らしぶりを実地に来て見て欲しいと2003年初、私夫婦にリオデジャネイロ往復航空券を送ってくれました。
地球の裏側へ飛んでリオ空港へ降り立った私達を出迎えた弟は肺癌の治療で髪の毛がなくなり私よりもずっと老けて見えました。姪が運転する車で行った高級住宅街の弟の家は専用面積80坪のマンションでした。

ひと月も滞在した兄夫婦を弟一家は実に手厚くもてなしてくれました。
見せてもらったモールのなかの弟の洋装店では3台の勘定台のまえにクレヂットカードを手にした女性客が並んでいました。
6軒の店舗は甥がコンピューターで管理しています。

 大枚8,000米ドルをはたいてイグワス瀑布、アマゾンジャングル、マチュピクチュ空中都市とインカ文明博物館、軽飛行機で見下ろすナスカライン等の観光を仕立ててくれました。
専用ガイドが付いて豪華ホテルに泊まる観光旅行でした。
 
弟は一年前の初期の肺癌手術がうまくいって安心していましたが再発したので抗癌治療をうけておりました。
体力が衰えてリオ空港で兄を出迎えた時にも30年ぶりの兄との再会を喜んでいる顔に疲れが浮き出ていました。
 実は見納めのつもりで兄に来てもらったのでした。 ひと月が過ぎて帰国の別れの時、痩せさらばえた弟が兄に抱きついてさめざめと泣きました。今別れたらもう二度と会えない兄を見納める弟の顔の涙をただハンケチで拭いてやるだけで、胸がつまってしまった私はなにも言えませんでした。
可哀そうな弟を慰める言葉もいえなかった実になさけない兄でした。ひどい衰弱で弟は兄が発つ空港にも出られませんでした。

 帰国してひと月半経って義妹が「今、息をひきとりました。」と電話をくれました。
弟の涙がしみこんだハンケチがモロゾフ菓子のきれいな彩りの空き缶に大事に入れてあります。
ブラジルからの電話をきってからそのハンケチに弟が好きだったウイスキーをたらしました 
その香ばしい香り鼻にきました。小学1年の弟が卵を落としてしまって助けを求めるかのようにこの兄を見上げた時の顔が浮かび上がりました。
私の喉から絶叫のような今はなき弟の名前がほとばしり出ました。 それから毎年弟の命日と誕生日には弟の涙がしみこんだハンケチにウイスキーを垂らしてやっています。
地球の裏側で亡くなった弟のためにこのなさけない兄にできることはそれだけです。
  

(終わり)
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by arata-tamiko | 2012-07-14 12:46 | 諸々の出来事 | Comments(0)

室伏選手とすい玉療法   7/12/12

  NHKのクローズアップ現代で40歳を目前とするハンマー投げの室伏広治選手の過酷なトレーニングを紹介していた。
20代とは明らかに違ってきている筋肉と疲れの回復のため、自分の限界を超える挑戦のような鍛錬。

 彼がアメリカで受けている治療の一つに、私が子供の頃に「野蛮!」と恐々見た昔ながらの方法が未だに使われているのは驚きだった。
流石にアメリカでは火を使ってはいなかったが、同じ方法。
100Wの電球球くらいの大きさの透き通ったガラス玉の中に火をつけた紙を入れ、血の流れの悪い患部に直接”バカッ”と押し当てる。
すると火は消え真空状態になったガラス玉に、その部分の肉がこんもりと吸い上げられ玉の形がくっきりと赤黒く残る。
なかなか消えないから、銭湯に行くと、背中などにその色が残る人が結構いた。

 検索してみると「すい玉療法」と言う名で、日本でもかなりの診療所に取り入れられ効き目は確かよう。
この理屈を考え出した昔の中国人はたいしたものだ。

 私の母は近所の年配の按摩さんにしょっちゅう通っていて、室伏選手の筋肉隆々とした広い背中のあちこちで彼の肉をポコポコと吸引しているガラス玉を見ていると、昔の思い出がよみがえり一人笑い。
この按摩さんの家は昔ながらの建物だから住いの部屋が丸見え。
終わった母が帰ろうとすると、食卓についた按摩さんが、食パンに赤いジャムを塗っているのが目にはいった。
帰宅した母が「あんなにジャムをベッタリと塗れるなんて、よほど儲かっているんだろうね。」と、ちょっと羨望の口調で話した。

 後日母が「あれはジャムではなくって、梅干だったよ。」と言ったのには家族で大笑い。
ジャムが高価な時代だったのだから、昭和27、8年頃だったのだろうか、、、、。

   乾燥した暑い日々
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       帰国をされた歯科医の方から届いたお中元の箱の中に「歯茎にいいですよ。」と
       歯ブラシ20本が一箱入っていた。
       以前、深夜に夫婦喧嘩をして我が家に逃げてきた女性のお客様が、お礼にと
       何十本の歯ブラシを下さった。
       それも残っているから使い終えるには、まだまだ長生きをしないと。
by arata-tamiko | 2012-07-13 01:02 | メディアから | Comments(0)

日本のお笑い芸人たちの程度の低さ   7/8/12

  日本テレビの「世界ドラフト会議」と言う番組に、どのような日本人が出演するのかと見始めた。
荒牧陽子のもの真似が終わったあと、各国テレビ局からの人々が質問を始め、韓国テレビ局の男性が「韓国の歌は歌えるか?」と、彼女に真面目な質問をした。
すると右手に立つ額が禿げ上がった男性司会者が「はい。歌えます。2,000曲くらい。」と答えて笑いをとっているつもりだろうが、可笑しくもなにもなく、とても失礼な返答。

 ドイツのテレビ局からの男性が「自身の本当の声を聞かせて欲しい。」とのリクエストに、またもや、この司会者が、荒牧陽子に取って代わって「炭水化物を抜いたら如何ですか?」と、言った。

 すると彼女も真似して「ダイエットには炭水化物を抜くのが一番です。」と、巨大に肥ったドイツの男性に向かって言うと、日本人出席者たちが爆笑。
ドイツ人男性は苦笑いをしていたが、心中どんな思いだっただろう。
公衆の面前で他人をさらし者にして屈辱を与え、それをお笑いとする司会者や出席者たちの程度の低さと愚かさ。
これは虐めにも通じるものがある。
とても恥かしく不愉快だった。

この司会者を検索してみれば、くりぃむしちゅー、有田鉄平とあった。
荒牧陽子も外国で活躍を求めたいなら、これくらいの常識的なマナーは身につけるべき。

 もちろん日本テレビに投書しておいた。

   暑さが続く
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                         経験とあ、うん、の呼吸
by arata-tamiko | 2012-07-09 10:57 | メディアから | Comments(0)

訪ね人   7/5/12

  せっかく Gloucesterに来たのだからロブスターを買おうとなったが、そこで20年近く働いている責任者の姿が見えず、事務所のドアをノックすると二人の日本人がいた。
「その人は、もう止めました。」と言うが、私達は「何か奥歯に物が挟まったようでひっかかるねね。」と言いあった。
翌日、彼を知る人に電話をして行方を聞くと「話しますか?」と言われ「それって、今一緒にいるっていること?」と、偶然に驚きながら話すことが出来た。
新しい仕事に就けたそうで安心した。


 「李さんの思い出話の続き」

 あくる日、たとえ半分だけですが、贅沢なゆで卵をもらって楽しい遠足に行けるのがとても嬉しかったのでしょう。
卵を手のひらにのせたままはしやいでいた弟の度が過ぎたと感じた途端にその子の手から貴重な卵が転がり落ちてグシャッと割れてしまいました。
慌てて、それを見下ろした弟の顔が兄を見上げました。
驚きと恐さのあまり、真っ青になったその顔はまるで深い井戸に落ち込んでいるかのような絶望そのものでした。
弟はそのまま、外に飛び出して行きました。その夕方のそれからの事は私の記憶に残っていません。
可哀想な、その時の顔つきが心に焼きついているばかりです。


  つづく

   湿気が多く暑い
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   この庭の持ち主は、まるでお店のウィンドーのように庭の飾り付けを変え目を楽しませてくれる。
                     
by arata-tamiko | 2012-07-05 20:12 | 諸々の出来事 | Comments(0)