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同窓会   10/7/11

  20年ぶりに再会する幼馴染のTさんは愉快なことが大好き人間だから、彼女のプランに添って車で旅をするのは最高の思い出となるだろう。
手術後の回復が順調な姉だが、別府で催される姉の中学の同窓会に出席できないのが残念。
この同窓会を事前に知ったTさんは、同じ旅館を予約して「宴たけなわになったころ、私達がなだれ込もう。」と計画をしている。
 小さな田舎だし、知っている姉の同級生は多いので、皆が驚く顔を想像すると今からでも笑いが込み上げてくる。
この計画を全く知らない姉は今回「Sさんがとっても会いたいそうで、大分から来るって。電話をしてね。」と番号をくれたが、わざわざ遠路はるばる来なくとも別府の同窓会で会えるのだが言えない。

 姉が「あんたは本当に得な性格ね。私の友達たちなのに”枇杷の季節になると多美ちゃんを思い出すわ。”とか”多美ちゃんは蜜柑が大好きだったわね。”って言う友人もいて。中には”蒸かし芋を見ると多美ちゃんを思い出して。”って言う人もいてね。」と言う。
私は蒸かし芋は喉に詰まって余り好物ではないが、あの時代は農家で出される芋もご馳走だったから食べただけ。

 姉が私に見つからないようにして友達のところに行こうとしても、私が待ち伏せしていたと今でも恨みつらみを言っている。
でも、そのお陰で姉の友達達は皆、私を覚えていてくれる。

   10月8日~11月4日まで日本に一時帰国のためブログをお休みいたします。
  今回はパソコンを持参しませんが、友人たちから借りて時々メールをチェックいたします。


   晴天

         楽器が弾けない私はこの可笑しさが解らない
 
by arata-tamiko | 2011-10-08 12:04 | 諸々の出来事 | Comments(0)

銀行店内視察   10/6/11

  銀行のパーキング場に止めた車から降りると、出勤してきたMとバッタリ!
私のお客様の担当をしているMが深刻な顔で「偉方が視察に来ているので、いつものようには出来ない。」と小声で言う。
私のお客様のために、できる限りの便宜をはかってくれている彼が出来ないと言う事は、よほどのこと。

 なるほど見るからに本部のエリートと言った威風堂々たる40代の男性が店内の動きを睥睨するかのごとく見守っている。
今日のMは緊張気味で彼独特の面白くもない冗談も出てこない。
「ペンを貸して。」と言う私に差し出す彼に「なに?この安物のペン!」と、言ってあげると初めて声をあげて笑った。
「そんなにトップのボスなの?」と囁くように訊くと、真面目な顔でこっくりと頷く。
可哀想、こんなに緊張しちゃって。

 支店長と暫く話していたトップが、立ち去る時に支店長とMが立ち上がり見送りの挨拶をしながら私を招く。
「お客様を紹介してくれて有難う。」と言う彼に自己紹介をしたあと「この銀行は行員達がフレンドリーでパーソナルタッチがあり、私のお客様も私も、とても満足をしています。
何かの問題が生じてもMにメールで”Help!"と頼めば即座に解決をしてくれ感謝をしています。」と言った。
すると彼は「MはGreat で仕事も出来る。」と褒めているが、アメリカ人と言うものは全く調子がいい。
彼はMと始めて、その日に半時間少々会っただけなのに、そんなことが判る訳がない。
イケメンの上に両頬に深いエクボがあり「チャーミングですね。」と褒めておいた。

 Mに「Bank of Americaはリストラの嵐が吹きまくっているようだけど、貴方は大丈夫よ。」と言うと「感謝するよ。」と嬉しそう。
でも私は真実をトップに話しただけで、Mは本当に人間的に誠実で余分な仕事をしてでも助けてくれる。
既に帰国したお客様たちの問題解決に嫌な顔一つせず相談にのってくれる彼に感謝をする。

   晴天
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       レッドソックスのスポンサーであるBank of Americaは数週間のキャンペーン中
       行員全員が、このシャツを着て仕事していた。
       「日本の土産にするから、頂戴。」と言うと「行員の数しか配布されない。」と言うので
       「それ脱いでちょうだいよ。」と言った。
       一週間後「日本を楽しんで!土産話を待っているよ。」と何枚か手渡してくれた。
by arata-tamiko | 2011-10-07 10:55 | 諸々の出来事 | Comments(0)

言いたい放題   10/4/11

  成田から九州まで荷物を送るサイト、携帯電話を借りるサイトを友人のIさんから親切に知らせてきた。
お客様が立て続けに到着なので時間がなく読んでいないが、携帯電話は飛行場で借りると「一ヶ月間近くで60分話して保証料込みで2万円を超えるようだ。」と書かれていた。
う~ん、この円高の今どうしょう????

 IさんにSkypeをして、韓国の番組「私は歌手だ!」の話になった。
これは毎週、有名な7人の歌手達が他の歌手の持ち歌を歌って競い、最下位は落伍者となり次の週は別の挑戦者が加わる仕組みになっているようだ。
そしてIさんと私が韓国下りまで行ってコンサートを見てきた歌手のCは40過ぎのベテランながら、会場の聴衆たちの投票によって最下位となった。

「出なければいいのに、、、。恥をかくこともなかったのに。」と私。

「再婚した人との間に子どもが生まれたからお金が必要なんじゃない?」とIさん。

二人して「あーだ、こうだ。」と言いながら「それにしても私達、酷い心変わりね。まるで裏切り。」と私。
同意する彼女に「舞台の彼に花束を贈ると言われ”はい”と出し、垂れ幕を作ったからと頭割りで請求され”はい”と、言われるがままにお金を出していた私達の素直さ。それが今の私達の変節!」

バスの中で皆が買っていた歌手の8,9千円かの写真アルバムを彼女も買ったと言う。

「私達は先も長くないっていうのに、そんな塵になるようなものを。死んだあと、家族のものが困るわよ。」

「でね、こないだの大掃除で見つかったから、最近この歌手を好きになったというファンの人にあげたのよ。」

「捨てるより、その人がこれから末永く大事にしてくれるでしょうから良かったじゃない。」

「それが、、、、ね、その相手は80歳過ぎた人なのよ。歳からいくと私達より先かも。それで死んだ時にはお棺に入れて欲しいって。」には、もう爆笑。

   曇り 夜雨



「百万本のバラ」はロシア圧政に苦しめられたラトビアの古い民謡を
 アレンジして彼女が歌い世界的にヒット!
 (日本では加藤登紀子で知られているが、彼女は思想的に嫌いなので
  紹介しない)




 この若い韓国の男性の音域広く情感こめた声量豊かな歌声に感動して、同居している韓国の
 学生に「誰か?」と訊いた。
 アイドルグループの一人だそうだが、日本のアイドルとは歌の上手さに天と地の差がある。
 眼鏡をかけた審査員のような女性はシン・スボンと言う有名な往年の歌手で、彼女が昔歌った歌を
 アイドルの若者達が歌って一位を競っている。
 亡き朴大統領が彼女の歌が大好きで青瓦台によく招待したが、余り顔が不味いので屏風の後ろに
 立たせて歌わせた、、、、と韓国で言われていた。
 この映像を見ると、整形をしたようだ。
 彼女は青瓦台で開かれた宴会の席で朴大統領がピストルで暗殺される現場にいたことでも知られて
 いる。
 挑戦者の一人の若い女性のつけ睫、目の開け閉めに”パチ、パチ”と音がしそう。



      小学生が唱歌を歌っているみたい。
by arata-tamiko | 2011-10-05 11:25 | 諸々の出来事 | Comments(0)

出会うべきして会った人   10/2/11

 今回の旅行は、行く先々で友人たちが計画を立てているので今から楽しみ!
20年ぶりの田舎、姉の住む宝塚そして東京に向かう。
神奈川の友人Iさんから「こちらに滞在中、どこか行きたいところある?」と聞かれ、九州人の私としては東北に憧れる。
「中尊寺」を見たいが、参道をかなり歩くそうで「残念だけど腰の悪い私には無理みたい。」と失望する私に彼女も「実は私も足の裏が痛くなるの。」と言う。
「旅の計画をしながら足の痛みを心配するようでは、私達もうお終いね。」と二人で大笑い。
で、結局余り歩き回らないでもいい「日光にしようか、、、?」となっている。

 Iさんとは5年前に韓国歌手のコンサートで知り合った。
そのときの一度きりだが、彼女とは人生でいつかは出会う人だった、、、と思う。
同居していた音楽好きのスヨンの部屋からは、いつも歌が流れ、ある日聞いたこともない声質を耳にした。
低音から高音と5オクターブの声で歌う彼の生の声を聴きたいと願っていると、日本のファン達が韓国のコンサートに参加することを知った。

 そのコンサートを見るにはファンクラブに入らないと何も情報が得られない。
釜山に滞在する私が、朝早く仁川に到着する彼らと落ち合うためには深夜2時発の高速バスで行くしかない。
三十数年前に我が家の運転手をしていた金さんが心配をして、深夜、私をバスターミナルまで連れて行きながら「韓国人でも彼のコンサートに行く人なんて少ない。物好きな奥さんだ。」と呆れ顔で言う。
事故の多い交通事情を知る金さんは運転手に「気をつけて運転してくれ。」と頼んでいたが、飛ばすこと、飛ばすこと。
暗い車内に乗客は私一人。肝を潰す思いの5時間だった。

 こちらに住む韓国人たちからも「もう人気もない歌手のコンサートに?」と笑われたが、お陰でIさんと知り合うことが出来た。
姉も「馬鹿にした蔑みの目で、あなたを送り出したけど、今になって思えばIさんに会うために、あのコンサートには行くようになっていたのね。」と、つくづく言う。

   曇り
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 運送網が発達していない時代は”りんご”も高かったので、そうそう口にすることは
 なかったため、九州育ちの私は蜜柑ほど好きではなく自分でアップルパイを買うこともない。
 美人の奥さん、Yさんが焼いて5センチ四角にしたパイを下さった。
 「ナッツが入ると違った風味で美味しい。」と指先につまんで食べていると、何か口の中に残る。
 「硬いパイ皮だこと。」と、無理に飲み込んでいたが、二つ目を裏返してみると皮についた紙だった。
by arata-tamiko | 2011-10-03 01:42 | 諸々の出来事 | Comments(0)