<   2011年 02月 ( 20 )   > この月の画像一覧

日本のメディアの質の低さ  2/27/11

  崩れ落ちた瓦礫の山から助け出された青年が落ち着いて話しているニュースを見ながら「今の日本でも未だこんな気丈な19歳の若者がいるのか。」と思った。
その後に右膝下切断直後のインタビューだったと知り青年の態度に感動を受けた。

 その青年にフジテレビの大村正樹アナウンサーがインタービューする質問内容の愚かさ、残虐さ。
「挟まれた足の痛みはどんなでしたか?目の前に自分の体がありますよね~。もうサッカーは出来なくなるんですよね~。」と、まっとうな人間が言える言葉ではない。
聞いていたご両親は胸えぐられる思いだっただろう。

 取り残されている友人の安否を気遣う青年に彼ら10人は未だ行方不明だとしゃべってしまう大村アナの軽さ。
「彼は知らなかったものですから絶句をしていました。」と、ベッドに臥す若者を深く傷つけたことすら気づかない、おつむの出来。
このアナウンサーの偽善ぶったしゃべり方の気色悪さ。
この放映を許したフジテレビの上の人達も同じく”脳足りん”。
              
            http://www.youtube.com/watch?v=sz1A4YtjGrA

 つい先日、日本のインタビュアーの質の低さと彼らの口から出る愚問の数々をブログに書いたばかりだったが、ここまで落ちているとは、、、、。

   また雪 こんな冬は初めて
d0024276_11423614.jpg

    来られた時は御夫婦二人。来週に岡山大学に戻られる松岡先生は家族が三人となった。
    鳥取に近い岡山の奥様の実家は山道を登った頂上にあり「初めて行った時は驚きました。
    テレビで”日本の田舎深訪”とかありますよね。そのままなんです。」との先生の話。
    そんな古き良き日本の田舎風景を見てみたい。 
    ちょっと前までは話しかけても大泣きをしていた咲希ちゃんも三歳になって愛らしくご挨拶も
    できるようになった。           
by arata-tamiko | 2011-02-28 12:14 | メディアから | Comments(0)

英語と集中力   2/25/11

  何年経っても英語を話すことは集中力が必要で疲れた夜などアメリカの友人から電話があると「英語を話すだけのエネルギーがないから。」と、翌朝にしてもらうことがある。

 先日の健康診断の結果と血圧検査のために病院へ行く途中「また嫌なドクターと会うのか、、、。」と気が重かった。
私は虫の好かない相手の話は耳に入ってこず、その上に口もききたくない。

 「靴を脱いでベッドに座って。」と言われ「靴は何処におこうかな、、、。」と考えていると、ドクターの言っていることが耳に入らなかった。
日本のテレビ番組を見ながら日本語で談笑していても番組内容は理解できる。
しかし英語のテレビを見ながら日本語であっても話をしていると英語への集中力が散漫して番組内容は理解できない。
それと同じで、私は靴の方へ集中していたので女医の英語が耳に入ってこず、また聞く気も起こらなかったのかも。

 突然ドクターは大声で「私は同じ質問を二度もしているのに、どうして貴女は無視して答えないの!!」と両手を広げて怒り出した。
「あら、ごめんなさい。何でしょうか?」と何事もなかったように聞いたが、彼女の怒りようが馬鹿らしくなった。

 あといくつかの検査を受けて年一回の健康診断は終わりになった時に、この先生とは”おさらば”だ。
新しい患者を受け入れるドクターは彼女しかいず、日系の女医だからと選んだが、これでは患者も来なくなるだろう。
だからこの病院でただ一人のドクターとして新患者を受け入れる余地があったのだと思う。

 今日のお客様は、日本の有名なA食品会社の方。
つぶコーンクリーム、男爵いもポタージュ、きのこポタージュ等々を「会社の製品です。」と下さった。
ここの食品は全部好きだが、特にこのポタージュ・シリーズは美味しい。 (南瓜は美味しくなかった)
「なんて気が利く方なのでしょう!!」と大いに褒めておいた。

   時折大雨
d0024276_1004538.jpg

      アメリカの友人はアスパラガスの茎の端を折り水に浸けて冷蔵庫にしまっている
by arata-tamiko | 2011-02-26 10:15 | 諸々の出来事 | Comments(0)

一件落着   2/23/11

 不動産屋から「Oさんの大家は売らないことに決めたから更新の契約書を作るのでサインをして欲しい。」と電話があった。
Oさんの名のもとで、Graceが書いてくれた手紙を受け取った大家は不動産屋と話したようで、不動産屋の言うことには「こんな経緯があったの?それを今更売るなんて出来ないでしょう。更新をしなさい。」と強く諭したと恩にきせる。
 
 その時は更新できる喜こびで気づかなかったが、落ち着いて考えてみるとおかしな話。
一月に不動産屋が人を連れて部屋を見せに来ているとOさんから電話があり不動産屋に電話をすると「売りに出ている。」と言われた。
それで慌てたOさんが大家さんに直接にコンタクトを取り最終的に家賃の値上げで更新が決まり、この事は不動産屋に私から話している。
それを忘れてしまった彼女は自分の手柄のように言うのだから笑ってしまう。
大家の良心に訴えた手紙だったが、こちらは法的には何も出来ないのに売らずに更新してくれたことは良心を持ち合わせていると思いたい。 
これでOさん御夫妻も私も安眠ができる。

 一年契約をすれば二年目に家賃の値上げの可能性もあるし、このような予想も出来ないことも起こる。
かと言って二年契約をすれば中途で帰国となった場合、契約終了まで家賃支払い義務が生じるため”帯に短し襷に長し”と言ったところ。

 間もなく帰国をされる男性から「退去の際はどれくらいの掃除をしておいたら良いでしょうか?」との電話があり、彼に「見るに堪えないほど部屋は酷い状態らしいわね。不動産屋から何故か私に電話があったから”息子ではありませんから彼に直接に言ってください。”と言っておいたわよ。」と返事をした。

   午後から少し寒さが緩む
d0024276_13465559.jpg

         Hマートの一番奥にある食堂の「貝とほうれん草のスープ」は美味しい!
d0024276_1349994.jpg

      日本のお味噌に似たテンジャンチゲ味で辛くなく出汁がきいていてお店の新商品。
      Hマートの事業員プライスで食べれるので、お腹が空くとつい足が向いてしまう。
by arata-tamiko | 2011-02-24 13:57 | 住まい | Comments(0)

アパートの契約更新   2/22/11

  不動産屋から「Oさんの大家がコンドを売りに出すことになった。」と私に知らせがあり「エッ?先月の終わりに家賃値上げ幅についてもお互いに了解して彼らは契約書を待っていると聞いたけど。」と寝耳に水。
「契約書にサインをしていなければ彼らは何も言えない。早く他のアパートを探したほうがいい。」と言う。
確かに法的には何も出来ない。
しかし去年の暮れだったか「売りに出す。」と言われ、それが撤回され2年目の家賃値上げで話がまとまったとOさんからの連絡を受け「やれやれ。」と安堵していた。
それを突然に今の契約が6週間後に切れる直前になっての通達、その上Oさんには大家から全く知らせがいっていない。

 驚いたOさんが何度か出したメールに大家は全くなしのつぶてだそう。
大家としては「高く売れれば売りたい。しかし売れずに部屋を空けておくようになると損をする。」と言った思案で天秤にかけているのではないかと思える。

 法的に何の手段も取れなくとも、こちらの言い分は伝えたい。
と、言うことでまた友人のGrace宅に出かけた。
今度は家を間違うことなく彼女の家の裏ドアから2階に上がった。

 Oさんと大家のメール文のやり取りをじっくりと注意深く読み上げたあと「考えさせて。」と部屋を歩き始め私が「それでね、、、。」と声をかけると「後で!」と一言。
椅子に座ってペンを手にした彼女は「このような手紙は書き出しが難しくまた大切なのよね。それさえ決まれば後は比較的楽に筆が進むものよ。文面も攻撃的ではなく非難の言葉をいれず、、、、。」と私に聞かせる。
「さぁー、最後に締めくくるセンテンスも重要よ。」と言いながら終わらせた。
退職をしたあとも、いろいろな場所でスピーチを頼まれている彼女が書く文章の見事さには感嘆させられる。

   寒い
d0024276_23273792.jpg

              雪が溶けてこの状態の2軒の家。
              右がGrace宅で左が間違った家。
              私の前にも間違った人はいるけど家にまで上がりこんだ人は
              私が初めてだと言われた。
d0024276_23322664.jpg

           裏庭も全く同じ。車庫の色が少し違うのには気づいたが「秋にでも
           塗り替えたのかな?」と一人合点。
by arata-tamiko | 2011-02-23 23:39 | 住まい | Comments(0)

日本語の堪能な女性弁護士

 アメリカ人の女性弁護士が日系の掲示板に載せていた宣伝文の中に漢字の間違いがあり日本語にも微妙に違和感を感じた。
見過ごせばいいことなのだが、気の毒になってしまった。
特に弁護士として自己紹介されているなら正確にプロフェッショナルの方が良いのではないかと思った。

 私のためにいつも見事な英文の文章を書いてくれる友人のGraceに電話をして「またお願い。相手の方の気分を悪くさせないで教えてあげたいの。」と頼んだ。
全く知らない人だと言うと「Are you crazy?」と、また言う。
「Crazyではないの。他の人とチョッと違っていると思ってちょうだい。」と言ってあげる。
先日彼女宅と間違って痴呆症が始まっている隣人の家に上がりこみお茶まで飲んだこともあるから、よけい彼女は「クレイジー」に力をこめる。

 彼女、Anna Levineさんからすぐにお礼のメールをいただき、その後は電話でお話をすることが出来た。
あの宣伝文はアメリカ生活の長い日本人が書いたものかと推察していたが、彼女自身による日本語だった。
亡くなったケネディー・ジュニアが試験に落ちたNYの弁護士ライセンスのみならずCT州、MA州のライセンスを取得しているとは、よほど優秀に違いない。
お父様の仕事の関係でドイツで幼年期を過ごした彼女はドイツ語も出来るそうで、語学の才能があるのだろう。

 7年間の日本滞在でJTBに働き京都大学で修士も終えているとの話に、早速翻訳の会社を友人を通して紹介した。
Annaさんに時間があるかどうかは分からないが、せっかく持っている才能は世間のために役立てるべきだと思う。
また当地に住む日本人も何かの時に弁護士が必要になれば、日本に精通し日本人の性質を知っている彼女なら安心して相談することが出来る。

                          Anna Levine

                  attorneyannalevine@charter.net                     

                         413-455-5212
   

   午前中淡い雪が降る
d0024276_1444690.jpg

        ひさしに積もった雪が溶け始めていたのが寒さが戻り氷の板になっている
by arata-tamiko | 2011-02-22 14:08 | 諸々の出来事 | Comments(2)

お願いした方のお父様の担当医だったとは。   2/20/11

 今回も不思議な出来事があった。
親しくしている韓国人の友人、Hさんから「助けを借りたくてお電話をさせて頂きました。」と電話があった。
日帝時代に朝鮮で日本教育を受けたHさんは、日本が大好きで何度も訪れている。
偶然に知り合った年配の日本女性とお付き合いが始まり、その方も何度か来られたそうだ。

 その日本の友人の息子さんがO大学病院のお医者さん。
今回シカゴの学会に同行し、その後にボストンまで息子さん共々Hさんに会いに来られるとのこと。
Hさんの娘夫婦もドクターなのだが生憎と来月末はフロリダ出張。
「どなたか病院か研究所の御案内は出来ないでしょうか?」と気兼ねをしながら私にお願いをするHさんに「大丈夫ですよ。ご心配せずに任せてください。」と電話を切った。

 O大学からの先生はお客様で結構いらっしゃるが個人的にも親しくしている松XX先生に電話をして事情を話した。
聞き終えた松XX先生は「その方の苗字は山XX先生とおっしゃいましたよね?」と聞きなおした。

「そうよ。腎臓が専門ですって。」

「あの~、お名前のほうは?」とおずおずとした口調で聞いてくる。

「何か変?このもの言いは、きっと二人は不仲だったに違いない。どうしょう。」と思った。

「えぇ~と、下の名はXXXさんです。」

「あの~、僕話していませんでしたが父が腎臓のほうで具合が悪くなり一月に急遽戻ったのです。
おいくつくらいの方ですか?」

かなりしつっこく聞いてくるけど、どうしょう、、、と思ったりもした。

「さぁ~、まだ三十歳前後でお若いそうよ。」

「父の担当医の方とピッタリ合うのです。余りないお名前ですし。今調べます。待ってください。」とパソコンで検索しているようす。

 「やはりそうでした!父のことで何度かお会いしているのですが、その時はアメリカで研究をしているとだけ言ってボストンとは言わなかったものですから。でもこんな事ってあるんですね~。なにか怖くなってきました。」 と、穏やかな松XX先生が興奮気味に、これがまるで奇跡であるかのように繰り返す。

 これに似たことは度々あるので嬉しさで高揚はしたが別に怖さは覚えない。
7年前のお客様の奥様とお話をしていると、彼女のお父様は名古屋の癌センターで十数年前になくなった長兄の担当医だったことが判明したときは驚愕させられた。
日本から駆けつけた私や姉を見た山村先生は「皆様の写真を撮ってあげましょう。」と看護婦さんや他の医者たちに頼むことなく自ずからカメラを手にされた。
兄は私達に向かって「ほら、僕が尊敬するのが解るでしょう!」と自慢げに言ったのに、その兄にこの事を話してあげられなかったことが残念だった。

  燦燦と太陽は出ていても風の冷たさ!
d0024276_12311793.jpg

          この冷たい雪と空気の中でも水仙は春の訪れを感じて芽を出し始めた
by arata-tamiko | 2011-02-21 12:38 | 興味ある話 | Comments(0)

国際結婚と誘拐   2/17/11

 日本女性は「誘拐犯」 米大手TVが”反日キャンペーン”とセンセーショナルな新聞記事。 
アメリカでは誰もが知る有名な女性ニュースキャスターDiane SawyerのWorld Newsの30分番組が二日に渡って取り上げられていた。

 アメリカ人男性と結婚破綻の末、相手の承諾なしに子供を日本に連れて帰ってしまう日本人女性たちを「誘拐犯」と称している。
子供に何年も会えないアメリカ人の父親たち15人ほどが涙を流しながら訴えている。
母親が連れ帰ってしまった子供は三百人以上いるそうだがアメリカ政府としては、ハーグ条約に加盟していない日本政府に強制も交渉すらできない。
 
 この番組を見た翌日かに”日本バッシング!”と日本の新聞が書いている。
しかし国際結婚が増える中、日本人妻だけでなく南米や中近東に連れ去られた子供たちがアメリカの大きな社会問題となってマスコミで取り上げられている。
 日本に連れ帰った女性の妹らしき女性に「FBIから”Most Wanted”で指名手配されているのを知っていますか?」の質問に妹は「ノーコメント!」と車で立ち去った。

(新聞記事より)

 ある日本人女性が子供を自転車の荷台に乗せて移動するのを車で尾行。ABCの女性記者が、「自分を誘拐犯だと思わないか」と英語で詰問、この日本人女性がたどたどしい英語で「米国では生活できないので、子供を誘拐するか自殺するしかなかった」と答えさせている。


 記者の筆一本でニュアンスもかなり違ってくるものだな~と思わされた。
「尾行」と言った様子でもなかったし、無理強いで答えさせられているようには見えなかった。

「貴女は自分が誘拐犯と知っていますか?」

「知っています。でもロスには住めなかったの。あの時は「誘拐」「死」の二つに一つだったの。」

「死ですって!」と驚くABCの女性記者は「判事からパスポートの提出を求められていて、どうやってアメリカを出られたの?」

「そんなこと簡単よ。ちょっと頭を使って日本大使館に紛失届けを出したらすぐ再発行されたわ。
私はインテリ、、、、???」

「インテリジェンスのこと?」

「そうそう。インテリジェンスなのよ。」と法の抜け道を自慢げに話す。
(この女性はインテリジェンスの意味が解っていないのでは。)

「つまり貴女はアメリカのシステムの上をいったって言うこと?」

「そうっていうことね。」
 
 彼女は連れ去った翌日、子供の父親に「サァー、これからのゲームは日本式でいきましょう。もし警察に通報したら一生子供には会えないわよ。」とメールをしている。
子供には偽名を使って出国したとのこと。
米国国務省の担当官も「このようなことを公に言うとは、、、。残念です。」とインタビューで語っている。
日本大使館の業務のあいまいさが、この女性によってアメリカ中に知れ渡ったことになる。

 同じ日本人として見ていて恥かしかった。

   暖かい
by arata-tamiko | 2011-02-19 04:44 | メディアから | Comments(0)

テレビを見ながら思うこと   2/16/11

 歳を重ねたせいか若い頃は気づかなかったことが沢山あり、特にテレビ番組では「これ変よ。」と思うことがしばしばある。
テレビ小僧で”追跡A to Z”「”偽装放火”を見抜け”」を見ていると、若い男性のリポーターが犯人の隣人に「火をつけると思っていましたか?」と訊いた。
年配者の男性は「思っていたらお付き合いなんてしていませんよ。」と苦笑。
これは酷すぎる愚問。
 悲嘆にくれている被害者に向かって「犯人に今なにを言いたいですか?」と聞くアナウンサが時折いるが、相手を全く思い遣っていない。

 芸能人やお笑い芸人が地方を尋ねて名産、伝統の味とやらを紹介する番組。
そろいも揃って彼らは品なく大声でがなりたて大げさに驚いてみせる。
「うるさい。黙れ!」とテレビに向かって言ってあげる。
 村の女性達による田舎料理が台の上に所狭しと並べられ、一口食べたリポーターが「美味しい!本当に体に優しい~って言う感じですね。」とおしなべて言う。
このようにいともたやすく「優し~い!」と風情なく使ってほしくない。
 でもあれって本当に全部が全部美味しいのかな~?
一回でも「これ、ちょっと、、、、。」と言うのを聞いたことがない。

 NHKニュースで、ある著名な批評家がいいことを言っていた。
「人間は相手を攻撃しているときは顔の表情が生き生きしてきますが、防御や弁明に回るときは無表情となります。今の管首相を見て下さい。」
民主党はかっての学生運動家たちがいるから、していることは内ゲバの”総括”みたいなもの。
小沢さんが終わったら次に吊るし上げられるのはだれなのだろうか?

   日中昨日より暖かい
d0024276_1243928.jpg

        お客様のYさん御夫妻から牛タンをいただいた。
        否、いただいたと言うより食べたことのない私がねだった。
        牛タンが大好きなYさんが「一番新鮮で美味しいのはHマート」と言うので
        「食べてみたい。」と厚かましくねだった。
        韓国人は牛タンを食べないのに、どうして韓国のHマートに売っているのだろう?
        我が家に住む韓国人の二人は、これを見て身震いをしていた。
        何度もさばいているYさんのご主人は結構上手になったが、先日友人の外科医が
        見事な手さばきを披露して「あれには敵いません。」と言っていた。
        それで私も「お客様で頼める外科医はだれだったかしら?」と考えた。
by arata-tamiko | 2011-02-17 12:16 | メディアから | Comments(0)

自閉症の子供達に手を差し伸べる   2/14/11

  もう八年ほど前だったか日本人ご夫婦が我が家に突然来られた。
Xさんとしよう。
何でも現在住んでいるアパートに問題があり他に移りたいとのことだったので、私が使っているアメリカ人の不動産屋を紹介してあげた。

 それから一年ほど経って不動産屋から電話があり「夫は本当に日本で医者なのか?」と聞いてきた。
「知らないわ。どうして?」と問えば、何でも家賃を数ヶ月滞納していて困っていると言う。
彼女は私に大学で障害児関係の専門分野を勉強していると話していたし、アパートの申込書にもそう書かれていたそうだ。
「本当に大学で勉強しているのか?あの英語力では中学校でも無理だよ。」と不動産屋は言った。

 彼女から「アメリカに比べて日本では未だ未だ自閉症児童への教育は遅れているの。自分の子供だけでなく日本で途方にくれている親たちの力になりたいの。」との話に「立派だな~。この歳で勉学に励んで。」と思った。
 日本から時折来られる御主人は確か貿易商とか言ったような気がする。
私が「お一人で大変ね、、、。」と同情した時「主人はビジネスでいつも飛び回っているから日本にいても留守が多いのよ。」と言われたことを覚えている。
なのに不動産屋は「ドクター」と言うし「彼女は英語が全く解らないから申し訳ないが家賃を支払ってくれるように言ってくれないか。」と頼んでくる。
しかたないので電話番号をもらって電話をすると「銀行を変えたら主人が間違って振り込んでゴタゴタしているの。」とか何とか笑いながら言っていた。
そのとき英語での医学関係の勉強の様子を聞くと「そうなのよ。英語力がないから大変なの。もう必死よ。」と言っていた。

 家賃滞納の件がどうなったのか不動産屋に聞きもしなかったが、あるときご夫婦から日本における自閉症の子を持つ親たちを募ってアメリカの自閉症教育の現場ツアーをするようなビジネスを持ちかけられた。
全くその方面の知識がない私はお断りをしたが、そのあとも時折電話があった。

 最後にかかってきた電話はカナダに移ると言う別れの挨拶だった。
なんでも自閉症専門の大学がカナダにあるので一家で移るとの話しに「よく調べたわね~。」と感心した。
人との意思疎通の会話も出来なかった子が、、、と思うと感慨深く「大学に行けるようになったのね。」と言うと「今は立派に文章で会話も出来るのよ。あなたが一番知っているから信じられないでしょう。」と誇らしげに言った。
私は「よく頑張ったわね。立派よ。」と褒めた。

 その時に住んでいるアパートがまた違っているので「よく引越しをするのね。」と笑うと「そうなのよ。まだ彼が時々大声出したりして他のところから文句がでてね。」と言うのに同情して疑いもしなかった。

 そしてある日、見知らぬ人から「Xさんの行き先を知りませんか?」と電話があった。
Yさんとしよう。
「実は、、、。」と、YさんがXさんの行方を捜す理由を聞いて唖然とするのみ。
障害児に関連したことで詐欺にあったと言う。
気づいたYさんは急いで大家さんと連絡を取ると、家賃も滞納していたそうで彼も行方を探しているとの話。
「どうして私に電話を?」と聞くと、Xさんから私のことを聞いたことがあると言う。
私はXさんとは個人的なお付き合いは全くなかったが知る限りのことは話してあげた。
Yさんも「あきらめるしかないですね、、、。」と声を落としていた。

 先日Yさんから興奮した声で「日本に一時帰国をした折にインターネットで彼女を見つけました!執念です!」と電話報告があった。
「お金を返して欲しい。」と要求すると「我が家は子供を学校に行かせるお金もありません!」と言われたそう。

 教えてもらったサイトを開くと本当に錚々たる肩書きの人々をそろえて自閉症の子供のためとしてXXの会を立ち上げ理事としてXさんの名前が載っていた!
心から障害者たちの社会への独り立ちとして立ち上げたかもしれないし、趣旨は分からないので会については何も言えないが、この州の法的専門免許書の凄い肩書きが4つもあるのには?????
彼らはXさんが賛同を呼びかけた障害者救済と言う大義にいとも簡単に名を貸したのではないだろうか?

 お金を失ったYさんは日本から和菓子のお土産を我が家に送って下さった。
「頂く理由がない。」と言うと「苦しいときに話を聞いてくださって精神的に助かりました。」とのこと。
申し訳ない気持ちで頂きながら(私の好物の和菓子の種類)、彼女の人柄が偲ばれた。
私達は未だお互いに顔も知らない。

   春風のように暖かい
d0024276_1423892.jpg

        今回また粂原さんが日本から買ってきてくれた洒落たコート。
        まったくチビは公園の常連達から言われるようにチビ専用のクローゼットが
        必要なくらい衣装持ち。
        春風が吹く中、三ヶ月ぶりの散歩にチビのコート姿に沢山の声がかかった。
by arata-tamiko | 2011-02-15 14:21 | 諸々の出来事 | Comments(2)

38度線を超えた逃亡兵   2/12/11

  Netflixから封筒に入った初めてのDVDが郵送され見終わった後、その封筒に入れて返送すると「受け取りました。」のメールと共に次のDVDが発送されたことも記されている。
殆どがパソコンを通してテレビでも見れるが、なぜかDVDのみもあるから順番リストで知らせておけば一枚を返却すると自動的に次が送られてくるシステムで合理的。

 各種のジャンルが見られるが、私は特にドキュメンタリーが好き。
2006年度イギリス製作の「Crossing the line」は、60年代に北朝鮮に逃亡した4人のアメリカ陸軍兵の北における彼らの人生を追っている。
そしてその中に曽我ひとみさんと夫のジェンキンス氏も出てくる。

 兵士4人に共通しているのは皆子供時代は家庭的に恵まれず高校を終えていない。
このドキュメンタリーが撮影された2006年には既に二人の兵士は死亡、ジェンキンス氏も日本。
北朝鮮にアメリカ兵として一人残るJames Dresnokにスポットがあてられている。
しかし、あくまでも北朝鮮で撮影をされているから本音を言えるはずもなく北を非難する言葉は一つもない。
親に捨てられ孤児院で育った彼はドイツでの兵役を終えアメリカに戻ると妻には男がいた。
「2年間妻を想い娼婦を買うこともしなかったのに、、、。幸いなことに子供がいなかったことだ。自分のように子供が捨てられたら、、、。」とハンカチで涙をぬぐう。
離婚のあと非武装地帯に勤務する彼は外泊許可書に上官のサインを偽造し、ばれる怖さと人生への絶望感に別天地を求め38度線を超える。
当時の上官がその時の状況を話してくれる。
1962年の彼が21歳のとき。

 このあと同じような逃亡兵の若者二人で三人となり、ベトナム戦争の徴兵を怖れ逃亡したジェンキンス氏が1966年に加わった。
壇上で緊張した若い彼が大勢の党の上層部から「英雄!」として盛大な拍手を受けながら花束やお金を受け取るシーンが流れる。
「彼を見たとき”こんな年寄りでも逃亡するのか?”と驚いたが、自分より一歳年上だと知った時はもっと驚いたよ。」とJamesは言う。
二人はよほど相性が悪かったらしくジェンキンス氏も「体格の大きいJamesから何度も暴力を振るわれた。」と本に書いていたが、彼も「あれが来て以来仲間同士がギクシャクしてきたよ。酔っ払うと手が付けられず殴られても当然の男だよ。勝手に一人で好きなことを言っとけ!」とジェンキンスの特集号が表紙に載ったTime誌を手にして再会したひとみさんと抱き合うシーンや日本でのインタビュー映像を見ながら悪しざまに言う。

 それから4人は韓国に向けられた沢山の拡声器で「北に来れば王様のような待遇を受け女性も好き放題」などと韓国やアメリカ兵に向かって誘惑の言葉を叫び続ける。
2年後に4人は別天地と信じ込んだ国に耐え切れずソ連大使館に逃げ込み亡命を嘆願するが北に連れ戻され徹底的に金日成の主体思想と朝鮮語を叩き込まれている。
学問のない彼らは共産主義についての深い考えもなく38度線を越えてしまったようだ。
1972年から4人は反米映画製作に出演させられ、映像に写る颯爽とした自分の姿に照れくさそうにしながらもジェンキンス氏を指差しながら「こんな悪役しかもらえなかったんだよ。」と小気味良さそうに大笑いをする。
また4人は国際大学で英語を教え始めるが、この件に関しても「彼の南部訛りが酷すぎて一人だけはずされたよ。」と言うほど二人はソリがあわなかったこともあるだろうが、北朝鮮におもねていることもあるだろう。

 1980年、ジェンキンス氏が40歳のとき21歳の曽我ひとみさんに英語を教え始め6週間で結婚している。
日本に戻った彼女の深刻な表情しか知らない私は彼女の弾けるような笑顔の写真の数々を見せられて「同じ人?」と思ったほど。
浜辺で彼に寄り添う彼女の水着は胸半分が何とか隠れるくらいのビキニにも驚いた。
朝鮮の一般市民には手にはいらなかったのでは?
Jamesが「ひとみは私達を信用して日本から拉致されたと打ち明けていたね。亡くなった妻はルーマニア人だったけど一生拉致されたとは話してくれなかったよ。」と言っていた。
1メートル80を裕に越す金髪碧眼だった若者も今はアメリカに住んだ年月の倍以上を閉塞された北朝鮮で人生を終わろうとし、手渡されたペンシルバニアの故郷や幼友達の写真を眺めながら「年月ってこんなに変わらせるものか、、。」と感慨深げにつぶやく。

 最後に「長く生きていて学んだよ。与えられたものを受け入れ満足して生きることを。食料危機で人民が餓死していても僕たちには配給が与えれられたしね。一応死ぬまで生活の心配はないなんて学校も行っていない自分がアメリカに生きていたら考えられないことだからね。」と達観したように寂しげに笑顔を見せる。
こう考えることで彼は自分を慰めているのではないだろうか。
94分を息つかず見終わった。

   曇り
d0024276_4373434.jpg

   季節限定の芋菓子を日本の友人の坂田さんから頂いた時、孫に送った。
   すると孫が「こんなに美味しいお芋は今まで食べたことがない!」と感動したことで、優しい
   彼女は毎年送ってくれる。
   今年初めて私も試してみたが実際本当に今まで口にしたことがない表現できない美味しさ!
   お芋と蜂蜜が絶妙の組み合わせ!
   早速販売元の「栗尾商店」にメールをしておくと早速お礼のメールが入ってきた。

   住所が「徳島県美馬郡つるぎ町貞光字光字馬出47-10」なのも風情があって良い。
   その上「注文はメールでは受け付けません。」と言うのも気に入った。

                    TEL   0883-62-2715
                    Fax  0883-62ー5051
      
by arata-tamiko | 2011-02-13 05:01 | Comments(0)