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お手並み拝見としましょう   8/30/09

  民主党、予想通りの圧勝。別に驚くに足りない。
自民党議員連中達の余りの体たらく、国民から愛想尽かしをされてもしかたなし。
ならば、民主の議員達が差をつけて優れているのか、、、?と言うと、それも違う。

 自国の国旗に細工をして作りあげたものを”党の旗!”と誇らしげに演説会場に掲げる幼稚さ。
彼らの精神年齢を疑ってしまう。
そして、その旗を背にして演壇に鎮座まします小沢氏。
日の丸の旗の発案は鹿児島の薩摩藩だと言うのに、そのお膝元での出来事。
国旗すら尊敬出来ない連中が、どうして国民を愛すことが出来るだろうか?

 まぁー、お手並み拝見と言うところ。

   昨日は一日中雨  底冷えがしたが今日はポカポカと暖かく陽光が射す
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                このようにして頂くマグロも、また美味しい
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      前田さんの息子さんは夏休みで昨日到着。M先生の奥様は日本の勤めを止めて
      先に来ていたご主人のもとに数日前に到着
      デェイゲームだった前田さんと家族一同そして息子さんの友人も一緒
      M先生と奥様、私の友人操さんで合計9人Cafe Sushiに集合
      27歳の男性のお客様に「僕より食べますね。」と言われた話をすると、前田さん
      が「そうだよ。俺んちの息子より食べるよな~。」と、大声で私の心を傷つける
      M先生の奥様、いい意味での相当の天然ボケで皆で笑った、笑った!
      前田さんは「俺、こんなに笑ったのは久しぶりだよ!」と涙を拭いている
      人柄が良いし笑わせてくれるので私達のクラブメンバーにしてあげることになった

   
by arata-tamiko | 2009-08-31 13:04 | メディアから | Comments(0)

この屁理屈、腹がたつより笑ってしまう  8/28/09

 お客様から「アパートに来たComcastの工事人が”電話機がないから工事が出来ない”と言って帰ろうとする。」と電話がある。
代わってもらい「電話機がないと言う理由で今まで問題になったことは一度もない。」と文句を言うと「工事は出来ない。」の一点張り。

貴方が工事に必要とするのはテレビのみで電話の開通はアパートのUtility Roomに行って電話線をオンにすれば良いだけの話。開通したかどうかは貴方が持っている小さな機械を壁にある電話のコンセントに差し込めば発信音が確認できるでしょう!」と、反論した。

「Comcastに働いているのか?」と訊かれた。
「沢山のお客さんを貴方の会社に送っているので全部分かっている。」
テレビが未だ箱に入ったままだから工事は出来ない。」
「2分待てば箱から取り出せる。」
「いや、もう自分はスケジュールを本社と組みなおしたから3日後の月曜日となる。」
「何をいうか!電話を今買ってくるから午後に出直してこい。」
「明日はハリケーンがきて大雨と大風。部屋で工事するのに最適な日だから明日の午後2時に戻ってくる。」

 そして一方的に切られた。
思うに一日の仕事量が多すぎたので屁理屈をつけて勝手に削ったのではないだろうか、、、。
お客様も唖然としていた。

 
 入居されるお客様には既に住んでいるお客様をご紹介しているが、今年は帰国者が多い。
このアパートではIさんご家族しか残っていないが、自動車保険だけのお客様に「よろしくお願いします。」とご紹介するのも厚かましく思え躊躇していた。
地下のパーキング場に車を入れ買い物袋を抱え建物内に入ろうとするとIさん母娘がドアを開けて出てきた。
これ幸いと紹介。

 お客様は昼食をPorterのカフェ マミで頂いたそうで「本当に美味しかった。」と東京ハンバーグ?とカレーを褒めていた。
私が推薦したことを喜びながらStaplesの店内に入ると、なんとカフェ マミのご主人がいた
「この人が貴方達が褒めていたお店のご主人よ!」と紹介するとお客様の若いご夫婦はビックリ!
ご夫婦の褒め言葉に照れる若い主人。
相手をしていた黒人の店員は「もうそのくらいでいいだろう。」と言った風情の顔。
謝ったあと、話が盛り上がっている事情を説明すると「そんなに美味しいのなら俺も行きたいから場所を教えてくれ。」と言い出す。
詳しく説明をしてあげた。

   長袖が必要となる  4,5日前には水のシャワーを浴びていたのが嘘みたい
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       若い奥さんはご主人が言うには日本では大食いだそう
       料理上手なご主人のお母様から「気持ちがいいほど食べてくれるわね。」と
       いつも褒められているそう
       その大食いだと言われている彼女が、ベトナムラーメンの中を頼んでこれだけ
       残した
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       彼女の歳の倍である私、全部平らげた
       ご主人に「貴方の実家に行ったら、きっとお母様”いい歳して、あの人はなんて
       意地汚くよく食べる人かしら。未だ食べているわ”と、言うでしょうね。」と
       三人で大笑い
by arata-tamiko | 2009-08-29 14:30 | 諸々の出来事 | Comments(0)

感謝に感謝   8/26/09

 到着早々に陸運局で登録手続きをし、2時間高速を走って新しい研究所まで無事着いたSさん。
立ち上げで多忙な中の2度目のメール報告は彼の人柄を表している。


   教えられた道順で高速に乗れました。途中で激しいスコールが降り視界が悪くなり
   さらに標識にローガン空港の矢印が路肩に見えたことで、空港方向へ戻っているの
   かと不安になり一度降りてしまいましたが、特に問題はなく、カーナビに誘導されて
   無事に約束の時間までに辿り着くことができました。
   
         (陸運局で2時間待つ間、カーナビと携帯電話を購入)

   スタッフの方も、初めての運転で、よくボストンから来られたね、信じられない、と
   おっしゃっていましたが、正直、自分自身も同じ気持ちです。
   (中略)
   それから、そちらで頂いた冷たいお茶と、こちらで頂いたおにぎり、漬物、卵焼きの
   味は、私にとって特別な思い出になりました。涙が出そうなくらい、美味しかったです。
   ありがとうございました。
 

 
 いろいろなお客さまがいらっしゃるが、このような方には提示したサービス以上のお世話をしたくなる。
Sさんを我が家で待たせて急いで握った不細工なお握りに、これほど感謝されてくださるとは、、。
メールを読んだ後「梅干を一個ではなく二個くらい入れれば良かった、、、。」とか「もう一つの中身は”おかか”にしたが、しまった!鮭フレークもあったのに、、、。」と後悔してしまった。

 家族を残しての2年間の留学、見知らぬ土地で本当に一人になり心さびしい思いがあったのだろう。
このような方は、きっと出世すると確信している。

   カラッとして秋晴れの感じ  夜の寒さに窓を閉める
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        チビは近所の飼い犬、ダブリンが大好き
        人間も国際結婚が盛んになった現代、いままでにない顔型が生まれると
        何かに書かれていたが、犬も然り
        デザイナードッグとか言われ新しい品種を作り出している
        最近多く見られるこの犬はパグとビーグルをかけ合わせPaggleと呼ば
        れている
        ヘチャな顔ながら大人しい性質でエネルギーに満ち溢れ駆け回っている   
by arata-tamiko | 2009-08-27 21:34 | 諸々の出来事 | Comments(0)

Skypeよ、有難う!   8/26/09

  Hさんから紹介された韓国の李さんと初回ながら時間の経つのもお互いに忘れ、一時間近くSkypeでお話をした。
李さんへのメールで「Skypeを入れてくれないか?」とお願いすると、さすがソウル大学で電子工学が専門だっただけに80歳近い年齢ながら5分もしないうちにSkypeでお返事をしてきた。

 植民地時代の朝鮮人が、日本の中学校へ行こうとすれば頭脳優秀な生徒が集まる中で7倍の競争率に勝たないといけない。
日本人は1.5倍の競争率
話の中で数字を鮮明に記憶しているのは驚き。私などは数日前のことすら忘れるのに。

 敗戦の色が濃い中、中学二年生の彼は京城南航空部隊の飛行場を作るため毎日土運びの勤労奉仕をさせられたそうで「辛くはなかったですか?」と訊くと「いいえ、鶴嘴を毎日ふっていると筋肉がついて嬉しかったですよ。それに学友達皆がそうですから。」と笑っている。
私の孫は後一年半で、その当時の李さんと同じ歳になるが天秤棒で土運びなんて出来っこない。

 李さんが「Hさんは韓国人と言うよりも日本人に近いですよ。”控えめで図々しくなく、人の迷惑にならないよう気遣いする方”ですから。」と褒めるのには返事に困ってしまった。
本当ですね。」とも言えず笑いでごまかす。
(最近の日本人は、そうとも言えないが、、、。)
Hさんに、それを話すと彼女は「スヨンさんは新田さんのことを褒めるのに”韓国人のように親切で情が深い”と言っていましたよ。」と大笑い。

 これから李さんとSkypeで戦前の植民地時代の思い出話を聞けるかと思うと「Skypeよ、有難う!」と発明者に感謝をする。

 一時間遅れで到着した若いご夫婦が車中から見るボストン市内の夜景と上空に光を放つ見事な下弦の月に感動し、ため息をもらしている。
その美しさに思わず「本当に。まるで蒲鉾みたい。」と言うと二人が爆笑。

   夜涼しく久しぶりに熱いシャワーをあびる
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             楽しませてくれた大輪の花も終わりに近づいた
             いよいよ秋が近づいた   

   

 

  
by arata-tamiko | 2009-08-26 21:15 | 諸々の出来事 | Comments(0)

お握り二つで、こんなに感謝されるとは   8/24/09

 Watertownにある陸運局は最近酷い混雑。少なくとも2時間は待つ
何箇所かの陸運局が州の予算カットで閉鎖された事が原因。
「何曜日の何時ごろが比較的すくのか?」とカウンターに働く人に訊くと「私も知りたいわ。毎日朝から閉まるまで、この調子よ。」と投げやり。

 保険のお客様だった方が個人売買で購入者を陸運局に連れてきていた。
彼等も2時間待って、やっと書類を提出していると拒否されているようす。
群集の中に私を見つけた私のお客様は、救いを求めるようにしている。
売り手である彼は、タイトルの「購入者」の箇所に自分の名前を記載してしまっている。
このタイトルは少しのミスも許されない

 こうなった場合は公正証書の作成が必要となるが、どこに行って何をしていいのか途方にくれている。
タイトルのミスが見つかる前に、車のプレートは返却してしまったものだから車は使えない。
何とかして助けてあげたいが、私が連れてきた新しいお客様は登録手続きが終わり次第プレートを取り付けて2時間かけ5時までに新しい住まいに到着しなければならない。
公正証書の場所と方法を教え後ろ髪引かれる思いで別れたが、どうしてあげることも出来なかった。
タクシーも見つからない場所で彼らはどうしたのだろうか、、、、。
 明後日出発なのに、きっと明日で直して、また2時間待ちだろう。

 今日のSさんには帰国をしたKさんの車を紹介。
二日前に到着されたSさん、購入した車に大満足。
日本にいたSさん、メールのやり取りをしているうちにKさんと生まれ育ちが近所だと分かった時は驚いたそうだ。
「お互いの高校を知っているんですから。こんな事ってあるんですね~。」と感慨深けに話してくれた。
長い道中だし、初めて行く田舎では食べる場所も見つけられまい、、、と、出発前の彼に爆弾みたいに大きいお握りを二つ作って冷たい麦茶と差し出すと「握手させてください。」と感激するのには我が子をみる思い。
 「無事着きました。」と心配する私の留守電に入っていた。

   暑さ少しまし
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              このチワワ、いつもサングラスをかけて来店
by arata-tamiko | 2009-08-25 12:32 | 諸々の出来事 | Comments(0)

卵焼きは寿司屋の看板   8/23/09

 今日は一日に二度もお寿司を頂いた。
昔話を聞かせてくれる金さんご夫妻のご招待で彼等と60年来の友人であるHさんもご一緒に、日本レストランで昼食。
好物の”ちらし寿司”にしたが、こんな甘ったるい寿司飯は初めて食べた。箸が進まない。
その上に業者から仕入れている不味い出来合いの卵焼きとは何をかいわん。
回転寿司ではないのだから。
寿司屋の良し悪しは”卵焼きを食べれば分かる”と昔から言われているが、本当だった。

 金さんは家にペンキ塗りが入っているいるそうで早めに帰宅しなければならないと言う。
「それだったら他の日でも良かったのに。」と言うHさんに、金さんの奥さんが「大丈夫ですよ。少し遅くなっても。」と、すまなそう。
するとHさんが「貴方達が大丈夫でも私たちは大丈夫ではありません。」と、いつものごくと率直に物を言う。
可笑しくって大笑いをしてしまった。

 日系の食料品店がなくなった建物を歩く人の数は以前の半分ほど。
店を張っている食堂は影響が大きく、車のない学生達は、どんなに不便を感じているだろう。

 我が家に数ヶ月住んでいた韓国のセッミさんが明日帰国するため、夜一緒にCafe Sushiで食事。
本マグロの赤身が大サービスで一個一ドル。6個も頂く。
寿司飯は、こうでなくては、、、、。
日本でも近頃は、なかなかいない気遣いをする若い女性だった。
父親の関係で日本で仕事をするかもしれないと話していた。

   もったりした暑い空気がまとわり付くような一日
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           だれが見てもお母さんがご主人と息子の散髪をしたことが
           このヘヤースタイルを見れば一目瞭然
by arata-tamiko | 2009-08-24 13:12 | 諸々の出来事 | Comments(0)

新しい友人が出来ました   8/21/09

  宮崎の高千穂にある「神仙旅館」の女将より頂いたお返事から、また友達の輪が広がった。

 一人で終っておくには余りにももったいない文面なので、早速Hさんに転送。
それに対してHさんから「旅館の料理やおもてなし同様、心こもるメールですね。」と電話あり。
そしてまた、亡くなったご主人と中学校からソウル大学の同期で無二の親友だった韓国に住むR氏に転送しては、、、と提案された。

 戦前の京城で日本の中学校に行かれていたR氏なら、その当時の話をもっと詳しく出来るとHさんの考え。
Hさんは、私をR氏に紹介するために何度も彼の自宅に電話をしたが何の応答もなく彼女は不安ながら何か怖さも覚え電話をすることをあきらめていた。

 この日本良旅行は全てR氏が自分で調べプランを立てたそうで「このお返事を是非Rさんに知らせてください。どんなに喜ばれることでしょう。知り合うのには良い切っ掛けですから、直接にメールをされては?」と、Hさんが勧めてくれた。

 二日経ってもR氏からお返事がないことにHさんは「そのような無作法な方ではありません。やはり何か良くないことがあったに違いありません。」と、再び電話をされたそう。
案じたとおり、奥様の長期に渡る入院でL氏は看病に忙殺される日々の中、パソコンを開いていなかった。

 私からのメールを読んだR氏から早速お返事を頂いたが、その格調高い綺麗な日本語には感動させられた。


    メール有難うございました。

    高千穂の神仙旅館の事でびっくりしております。
    神々の里高千穂の雰囲気にふさわしい旅館のただずまい、食事、神楽、行届いた
    サービスなど実に印象的でした。

    Hさんはとても気に入ったらしく、もし地球最後の日がせまった時、何がしたい
    かと訊かれたら、是非神仙にもう一度泊まりたいと言っていました。


    終戦のとき私は中学2年生でした。京城の旭丘中学で生徒は韓国人と日本人が
    半分ずつでした。当時はまともに日本語が話せたのですけれども、長いこと
    使わなかったものですからすっかり錆付いて忘れかけておりました。
    工科大学の通信工学科在学中にアーマチュア無線にはまりこみまして、毎日
    日本の無線士と電波を通じて日本語のやりとりを重ねていくうちに、自然と舌が
    ほぐれてまいりました。
    
    (日本の中学校に朝鮮人として入るには相当優秀な生徒だったに違いない)


 中学校2年生は終戦に近く授業は殆ど行われなかったのに、これほどの日本文を書けるとは流石に長年大学の教授をされていた方だと感心させられる。
Hさん同様、毎月日本から「文芸春秋」を取り寄せているのも驚き。
韓国人のR氏が「終戦」と使うことに興味ある。韓国側にすれば「敗戦!」とするべきなのに。
また、違った歴史話が聞けるかと思うと、嬉しくなってしまう。

  相変わらず暑い!
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          抱っこされると唸って怒るチビなのに、スヨンが私の部屋に来て
          話しこむと両足の間に静かにたたずむ可笑しな癖がある


 
by arata-tamiko | 2009-08-23 01:19 | 諸々の問題 | Comments(0)

悲しい知らせ   8/21/09

 30年前の釜山住まいに我が家でお手伝いをしてくれたチャンさんは、パーキンソン病で苦しんでいる。
滞在中の三年半、親身になって私達家族のお世話をしてくれた彼女を今でも私達は昔のまま”おばちゃん!”と呼んでいる。
 80歳で一人住まいの彼女へ、月に一回は電話をかけるようにしている。
何か気がかりで電話をすると返事がない。何度かけても電話ベルが鳴るだけ。
不安がつのり、帰宅したスヨンに2番目の娘宅に電話をしてもらうと、2週間前に顔に大きな青あざが出来るほどの転倒をしたそう。
2年前に会った時には既に歩行も困難だったが、彼女の性格なら這ってでも生きていたのだろう。
しかたなく養老院に入れたが、家に帰りたがって困っているそうだ。
幸いに、この2番目の娘さんのご主人が出来た人で院費の10万円も出してくれるそうだから安心。

 「何とかして話は出来ないか?」と訊くと、週末に家に連れてきてくれるとのこと。
施設に入って以来、物忘れの症状が出てきたそう。
小学校へも行くことが出来ない貧乏な家庭に育った彼女ながら、頭良く記憶力は抜群だった。
戦後韓国に戻ることなく日本で生活していたなら、彼女ほどの正直で働き者、そして聡明な人間は何らかの成功の道があったはず。
一生苦労と貧乏生活、彼女を思うたび世の中はなんと不公平かと思わされる。

 敗戦の日本から23歳で夫と一緒に自国に帰ったが、彼女達に取っては初めて見る韓国は外国。
「日本帰りは人がいい。」と、相当騙されたようで、私がスヨンと住み始めた時は「奥さんはお人良しだから、韓国の人には気をつけてくださいよ。」と心配されどおしで長いことスヨンは信用されなかった。

   昨日より少し気温が下がっても動くたび汗が噴き出る
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             郊外にあるアパートの敷地に生える可愛いキノコ
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       炎天下のアパート探し、あるモールで休憩。
       若い男性のお客様はジュースだけ、私は無難なところでチキン照り焼き。
       一人で食べるのも気まずく「少し端から味見されますか?」とフォークを
       わたすと美味しそうにしている。
       結局、会って2時間のお客さんと私の二人は反対側から一緒に食べるように
       なった。
by arata-tamiko | 2009-08-22 00:05 | 悲しかったこと | Comments(0)

友のHさんの文箱の中身  8/19/09

 友人のHさんは戦前の京城(現ソウル)で日本語教育を受けているし、読書好きの彼女は日本の本を沢山読むので日本語が、とても上手。
一人住まいの彼女から度々お誘いがかかるが、車で30分となると隣町に行くようにもいかない。

 80歳近い彼女から聴く昔話は時間が経つのも忘れ、彼女のユーモアにも笑わされている

 韓国人の国民性のたとえ話として「ある人がトイレを探すのに走っていました。それを見た人が”あんなに必死に走っているのは何かいいことがあるに違いない”と後ろを走ったんです。
それを見た他の人たちも一緒についていって沢山の人達が走り始めたのです。一番後ろを走っている人に”どうして走っているのですか?”と訊くと”分かりません。皆が走っているから私も走っているのです。”と言ったそうです。」

 韓国語の言葉のきつさのたとえ話。
「私が久しぶりに韓国に戻りましたら余りの変わりように、そこにいた男性に道を聞いたのです。
そしたら”お前は何のために目をつけて歩いているのか!”と言われ怖かったですよ。これは喧嘩を売っているようなものです。」

 韓国に住むソウル大学の同級生と2004年に出かけた宮崎の高千穂にある「神仙」と言う日本旅館のもてなしと心こもったお料理の数々が忘れられない、、、と、お品書きを大事に文箱にしまっているのを見せてくれた。
 夜、検索して神仙に、そのことを知らせてあげた。
すると早速以下の文面のメールを頂いた。

         お知らせいただきまして誠にありがとうございました。
         夏休みの忙しさもどこへやら・・・
         社長以下驚きと感激で一気に元気回復です!
         私たちのお客様への想いが伝わったと知り、
         涙が出そうなほど感激致しました。

         皆様にはお元気でお過ごしいただき、
         いつの日かまたお会いしたいものです。
         どうか、機会がございましたらよろしくお伝えくださいませ。


         旅館 神仙
         女将 佐藤久美

         
       サイトです。  http://www.takachiho-shinsen.co.jp/

   余りの暑さに水のシャワーを浴びる
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                    彼女らしい飾り付けの窓辺
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                     15年咲き続けているそう 
by arata-tamiko | 2009-08-20 12:40 | 楽しかったこと | Comments(0)

死語となった検便   8/17/09

 日本統治時代は「恨み、屈辱」として、いまだにもって当時の遺物遺跡を取り払う努力をしている韓国ながら、日本のシステムをそのまま継続していることも多々あった。

 スヨンが親から送ってもらっている、いろいろな漢方薬の中に黒い小さな玉がある。
「何か?」と訊けば「子供のころから便秘で、この黒玉はとても効き目がある。」と言うことから、彼女が検便の話をし始めた。

 いや、久しぶりに検便の話を聞き懐かしかった!
日本では既に五十数年前になくなっていると思うが、韓国では日本の学校行事?をそのまま続けていたのだろう。

 スヨンの話し。

「朝出たフレッシュなのを学校に持っていかないといけないけど便秘の私、出ないのよ。」
「兄さんも便秘気味だから、学校に行って友達からマッチ箱に少し分けてもらったりしてね。でもくれる友達が皆回虫もちで毎年学校がくれる虫下しを飲まなければならなかったわ。」

 検便持参の日は教室中が酷い臭気だったそうだが、考えてみると私の時代もプラスティック袋なんてないから同じようなものだったと思う。
その当時は通学途中の田舎道には、人糞を溜めておく”肥えたご”が畑の端に沢山あり、大雨で溢れた道をジャブジャブ歩いていたのだから臭気には慣れていたのかも。
(こんな中で伝染病がよく発生しなかったものだと今思う。昔の子供達は強い。)

 小指の先ほどの便が入ったマッチ箱を紙袋に入れて学校に持って行ったのだろうか?
私も朝、兄姉と分けあった記憶がある。

 スヨンの話では「自分の便を小分けにして売る生徒がいてね、マッチ箱つきなら、もっと高かったのよ。」と言うから、やはり韓国人は逞しい。

   この蒸し暑さ、野外のどこかにいるスカンクが夜になるとオナラをするのは困ったものだ
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     アジサイ科の花  白色もあるが、これは青い色をしている
by arata-tamiko | 2009-08-18 23:10 | 興味ある話 | Comments(0)