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質問はありませんか?   10/30/06

  小島さんは今日の学校訪問が最後。このSaint Mark`sには隆ちゃんが今年の秋から入寮した。不味いアメリカ食で学校生活を送っている彼のために小島さんの分も入れてオニギリを大量に作った。11時にホテルからReliableに行き、清ちゃんは沢山の日本食を買い込む。チョンヘーとギョンヒーがスヨンの事を心配して聞いてくる。スヨンも彼女達も敬虔なクリスチャン。教会で祈りを続ければ、必ず何か救いの手はあると二人はうなずき合っている。
お昼は久しぶりの北京に行き三人でチャンポンを食べる。サービスに焼き餃子を出されたが、とても美味しかった。ベルモントの中華店は、この6年間の間、何百人に紹介したが未だに一品たりともサービスを受けたこと無し。習慣の違いだろう。
この学校は生徒には在学生の生徒がツアーをし、親たちには先生がツアーをするシステム。今日は生徒かと見間違えるほどの若い女性の先生で「いくつかしら?」と二人で言い合う。広々とした敷地に建つ施設を歩きながらの見学中、その若い先生が「質問はありませんか?」と何度か言ってくれる。私は「学校に関した事ではないのですけど、貴女はとても若く見えるのですが。。。。生徒とまちがわれませんか?」と聞いた。彼女は左手をかかげ幸せそうに結婚指輪を見せ「29歳よ。」と言う。2ヶ月前に結婚したばかりだが同じ寮生の高校からの知り合いだったそう。「それではハイスクール スィートハート?」と又質問。「違うのよ。こちらの学校に就職したら彼が偶然働いていたの。」から始まった彼女の話に二人で聞き入る。
アートギャラリーで生徒の作品説明をする先生に掃除機のデッサン画を指差し「家の掃除機が見当たらないと不思議に思ったら、こんな所にあったのね。」と言うと笑う。
この学校でも清ちゃんは気に入られ入学に問題は全くないと思う。クラスが終わった隆ちゃんから、学校について彼の経験談も含めて話を聞いた。小島さんは頼んだリモでCT州のキャティー宅に戻るので、私達はここでお別れ。「日本に戻ったら、すぐに復活を買うわ!」と小島さんは別れの挨拶と共に言う。私が薦めた坂田さん、木戸さん、そして小島さんと三人が買うようになり、粂原さんは既に買ったから合計4人となった。私はきっと腕の良いセールスウーマンになっていたのではないだろうか?と思った。でも姉に言わせると「ダメよ。貴女は自分が満足しない商品だと絶対に売る事が出来ないわよ。」との事だが確かに。Reliableでも、日本のお客様が手に取っている商品を見ると「それは不味いから買わないほうが良いですよ。」と声をかけてしまう。
 冬時間となり夜がとても長くなった。夕方の5時には空腹を覚え「何でだろう?」と思ったりしたが、同様に体で時間を覚えているチビは9時就寝なので8時には熟睡をしている。

   かなり温暖な日
by arata-tamiko | 2006-10-31 21:50 | Comments(0)

伝統的なオンブの作法   10/29/06

コネティカット州のハートフォードで行われた大会で安藤美姫が初優勝と新聞に書かれていた。それでSimsuburyのホテルで出合った日本人が彼女を見たと言っていた意味が分った。
私の田舎の方に蒲江と言う小さな漁村がある。この部落は経団連会長の御手洗氏の出身地でもある。昔、ツアーガイドでお世話をしたグループの中に、ここの漁師がいてお互いに驚いたことがある。兄が継いだ実家の店に「あの節は妹さんにお世話になりました。楽しいツアーでした。」と、2,3日前に挨拶に来たそうだ。十数年経ってお礼に来るなんて実に義理堅い人だ。
 また久しぶりにReliableに行って来た。スヨンが同居している幼い頃からの友人との間で感情の違いがあったらしく、彼女は友人宅を出なければならなくなった。3日後の一日には韓国に一時帰国をすることもあり、酷く動揺していた。「全ては将来良いことのために起こるのだから。」と励まして、彼女の荷物を我が家で預かることにした。そして今夜、ルームメイトのヒョンウーの男手を借りて荷物を運んだ。二人を送って行く頃には少し安堵したのか、彼女の顔に笑いが見えた。
 未だ新婚のチョンヘーが結婚式の写真を送ってきてくれた。私が韓国のオンブの習慣が好きだと知っている彼女は順番にして送っている。
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                 花婿さんがオンブをするために腰をかがめる
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                          いよいよオンブ
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                    全席を二周して終わった後の二人

 花嫁のホッペはオテモやんのように赤く丸く塗られている。前々から、その理由を知りたく彼女に聞いてみたが「伝統的なものですが分りません。」との返事。私達も何気なく従っている日本の習慣を外人から聞かれて初めてその意味を考えてしまうのと同じ思いだろう。
彼女がオンブされている画像を開いて目にしたとたん声を上げて笑ってしまった。「どこに一番惹かれたの?」と聞くと「優しくって誠実。そしていつも夢を持っています。その夢が叶ったら、もっと大きい夢をまた持ちます。」と幸せそうに話してくれた。
ご主人は韓国では作曲兼歌手で現在はバークリーの音楽大で勉強をしている。

   快晴だが一日中強風が吹き荒れる
by arata-tamiko | 2006-10-30 14:38 | Comments(0)

小島さんとの学校訪問   10/25/06-10/28/06

学校ツアーは一日2校を訪問し次の学校に近いホテルまで移動するが、殆どの学校が田舎の遠方なので、かなりのドライブとなる。
今回は25日の正午に出発をして3時間半かけてNY州に近いCT州のRoxburyに滞在している小島さん親子を迎えに行った。息子のキヨ君は12歳からの留学。休みの度に級友のコーディー家に泊まり家族の一員として溶け込んでいる。キヨちゃんの学校も、この家も鬱蒼と茂る森の中にあり自然に囲まれ素晴らしい環境だが、私には寂しすぎて住めない。「人間より牛や馬の数の方が多いのではないの?」と私はからかう。コーディーの家には5匹の犬が仲良く生活している。母親のキャティーの一日は彼らを散歩に連れて行くことから始まる。いつものコースで、枯れたとうもろこし畑の中を走る犬達と彼女。そこへ突然の銃の音と共に彼等の中でも一番大人しいジェシーが、彼女の目の前で、けたたましい鳴き声で倒れたそうだ。81歳になるハンターがコヨーテと見間違い散弾銃でジェシーを仕留めた。幸いに命は助かったが、彼の右目は摘出され、キャティー夫婦は「せめて光だけでも見えてくれたら。」と左目は残したと言う。81歳の老人に銃のライセンスを発行する町も町だが、少しでも手元が狂えば彼女が被害者になりえる事もあった。
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              眼球摘出直後の血を流しながらも、立ち上がって初めての
              私を迎えるジェシー  より一層の哀れを覚え胸が痛む
              体中のいたる所、黒く焼け散弾銃の破片が入っている 

 一時間半かけて夕方Simsburyに到着。ホテルの食事で口に出来るものはステーキしかなく三人とも同じもの。大きなスケートリンクがあるため荒川静香や安藤美姫などが、このホテルを利用しているそうだ。持参したラップトップで「復活」を深夜一時過ぎまで観る。
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                  Simsbury Inn 宿泊代は$130

 26日のWestminsterのアポは10時15分。ロビーはインタビューを受ける子供連れの家族で賑わう。済州島でゴルフ場経営をしている韓国人夫婦と楽しい会話をして名刺を頂く。学校と話を終えた私達が帰る時は15歳の息子が一人で両親を待っていた。椅子から立ち上がって私達に挨拶する。今ではどれくらいの日本の子供たちが、このような礼儀を持っているだろうか。
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                   校長室のインテリアの趣味の良さ

 次のBerkshierのShiefieldに行く途中通ったNorfolk村の建物の見事さに車を止めて暫し見とれる。時間があれば図書館に寄って建物の歴史を調べたかった。
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                   住む人もいない空き家の建物
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       過っては人の笑い声に満ちたであろう荒れはてた見事な木造建築
       屋敷を囲む、この塀の長さからしても家の主の財が偲ばれる

 小島さんに「音楽かけて良い?」と聞いてSG Wanna Beをかけたとたん「このグループ、私も一番気に入っているのよ!」と興奮。韓国ドラマなど全く観ない彼女が何でだろう?と聞くと、コロラドに留学をしている高校生の娘さんが韓国人の友人からCDをもらって聴かせてくれたそう。小島さんは未だ聴いていない彼等の曲に「鳥肌が立つ。」と感動。私の代わりに三人の友人が来月NHKホールのコンサートに行くと話すと「私も行きたい~。」。この旅の間中、二人でこのグループの歌声を聴いていた。
 夕方、同じEDICMから留学をしているリョウ君を連れて”備前”で夕食。日本語が流暢なアメリカ人の店主のマイクは岡山に4年住み陶芸の勉強。自分で作った登り窯で焼かれた作品が所狭しと店内に飾られている。広いレストランの内装は日本より日本的。恥ずかしくなるような日本レストランの造りにしたくなかったと彼は言うが、全て彼とアメリカ人の大工さんとの苦心の作品。日本人として嬉しくお礼を言った。寿司職人で働くマイクはカウンターから頭を下げて私達を見送る。
 40分ほどかけて山道を走りInterlaken Hotelに到着。ここは何度も泊まっている。何百とある部屋も冬ともなれば泊り客が2,3人のこともあるそうだ。いつ吹雪となるやも分らない当地のこと、冬のコンファレンスも全くなくなるそうだから経営も大変だろう。「復活」を深夜の2時半まで観る。宿泊費同じく$130.
 27日のMilbrookのアポは9時15分。この学校は敷地内に1930年に開園した動物園がある。生物学のみでなく生命の大切さ、そして絶滅の危機に瀕している動物や鳥獣類を飼っていると説明を受けた。もちろん一般公開もしているとの事。
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             アートセンターのセンス良いギャラリーの入り口
             ガイドをする生徒、小島さん、清ちゃん

 次のGunneryのアポは2時。山道を一時間半かけて着く。
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             キャンパスの木立の中で見かけたハローウィーンの飾り

 2時以上かかったPomfretは大変だった。道路標識が余りなく、しかも暗い山道。「鼻をつままれても分らないとはこの事ね。ヘッドライトの先に白い服を来た女性が立っていたらどうする?」と言うと、「止めて!」と小島さん。
やっとの思いで辿り着いたHoliday Innにはレストランがない。しかたなく又真っ暗闇の外に出てピザを夕食とする。ホテルに戻りながら「何て狭い道路だろう?でもどうして一段高いのかな~?」と不思議に思いながら走っていて”ハッ!”と気づくと同時に、小島さんも「歩道です。歩道よ。」と声を上げる。それほど暗い道路だった。
 ラップトップで毎夜観ている「復活」のドラマの惹きつけられるメロディーは、きっと貴女を虜にするわよと話すと、彼女は「是非聴いてみたい。」と言う。そして私の部屋でドラマをつけて聴かせると彼女は主題曲だけでなくストリーの展開の面白さ、俳優達の演技の上手さに息を止めて見入る。一時近くに私の方が心配になり始め「明日も未だインタビューがあるから、もうソロソロ休んだ方が良いのでは。。。?」とストップをかけた。彼女は「私これ絶対に買うわ。」と私に言い聞かせるように言って部屋に戻った。彼女に取って初めて観る韓国ドラマだったそうだ。
最終回も終わりに近づくと、目的を達した主人公を待つものは、ただ悲劇的な死のみと予感を覚え、気が滅入る事を恐れて結末を観ずに床に入った。なかなか寝付けず、やっと眠りに落ちたと思うと、まどろむ夢で「復活」の終末が出てくる。浅い眠りとまどろみの繰り返し。頼んだモーニングコールの一時間前に起きて身づくろいをする。これほど、このドラマにのめり込んでしまった自分が恐ろしい。今まで観た中で最高の作品だと思える。
8時45分のアポだったPomfretのキャンパスツアは殴りつけるような大雨と風に見舞われた。
2時間少々かかって大雨の中、ボストンに到着。Belmontのヤム茶で昼食をする。

   今日の天候を除いては晴天秋晴れに恵まれる
by arata-tamiko | 2006-10-29 11:33 | Comments(0)

皆が帰った   10/24/06

トイレの水が止まらない事に朝気づき、管理会社に電話をした。今年で4回目。どうして完全に修理出来ないのか理解に苦しむ。日本のようにウォッシュレットではない旧式つまり何十年前からある構造上一番シンプルな形なのだが。よほど中丸さんに電話をしてみようかと思った。
可哀想なのは泊まっていた大地。東京の高級住宅地に住むお坊ちゃんの彼は16歳になるまでバケツの水汲みもした事がないだろう。私から教わった通り、洗面器に水を溜めては流していた。
彼がNH州の学校に着くのは夜となるだろうから、彼の一番好物であるお好み焼きを特大サイズで二つ作った。学校で食べれるように包みながら「私って何て優しいのでしょう。大地が言ってくれないから自分で言うわ。」と恩着せがましく彼に聞こえるように独り言。
学校からのバスが待つサウス ステーションまで送り、坂田さんも含めて今日で皆が去っていった。EDICMの粂原さんへの報告メールに洗面器の水汲みも付け加えておいた。
 帰途スヨン宅に寄り、彼女の家族にと日本のヨークモックを渡す。彼女は感謝としてプルコギを作って待っていた。一ヶ月の滞在中、結婚相手が何とかして見つかれば良いのだが。。。と願うばかり。
 明日から土曜日まで学校ツアーで他州に出かける。NY州に近い町に宿泊しているキヨちゃん親子を迎えに行って各地を泊まりながら学校訪問をする。支度を早くすませないといけないとは思いつつ「復活」と言うドラマに魅せられて未だ終わっていない。このドラマは私の大好きな復讐劇。復讐を全うするために冷酷無比となり、一人、一人に報復するなんて、もうワクワクして胸ときめく。
 旅行中はブログはお休みをする。

   チビが落ち葉の山に埋もれて歩く
by arata-tamiko | 2006-10-25 13:41 | Comments(0)

笑いが笑いを誘う   10/23/06

 今朝の8時出発の大岩さんから電話がないと言うことは何事もなかったと言う意味だから安心した。昨夜の7時過ぎ、パークプラザにレンターカーを返しに行くとお店が閉まっていたと電話があった。トールフリーの番号にかけて聞くとローガン飛行場でも良いと言われたが、車を貸し出す時に「日曜日は何時に閉店です。」くらいのサービスはあって当然なのだが。
もう一人の友人は、Il Divoのコンサートを観終わった後、深夜NYに運転して戻った。そして今日は隆ちゃんを坂田さん、大地そして私で学校まで送った。この後またボストンまで戻り坂田さんとマリオットの入り口でお別れをする。楽しい時は、どうしてこんなに時間が早くに経ってしまうのだろう。
 Reliableに寄り大地は学校に持って帰る日本食良品を買い、私は今夜の材料を揃える。「夕飯は何にしようか?」と聞くと「お好み焼きに白い御飯そして餃子。」と即答。変な取り合わせだが、この子がこの献立を好むなら彼に取っては一番なのだろう。魚介類、豚肉、キャベツ、もやし、お餅、のしイカと思いつくもの全てのせて焼いたから厚さは3センチにはなった。それを2枚、御飯は2膳で餃子7個と、いかに日本食に飢えているか察せられる。
 スーツケースの中に詰めた貴重品の殆どが盗まれた方から警察レポートについての質問電話があった。未だ何も連絡がないそうだ。でも連絡がある方が驚きだ。
 大地のコンピューターは学校から借りている。この学校では、全校生私物のコンピューターの所有は許されない。どうしても私のランに接続できない。こんな場合はお抱えテクニシャンの中丸さんに。。。と昨夜電話。例のごとく彼は私にゆっくりと「画面の右下に何本か棒が立っている四角のマスがありますね。そこをクリックして。」と教えていく。何を試しても接続出来ない。我が家に来ても構わないと親切に言う彼に「長い滞在ではないので。」と有難くお断りした。
今朝のメールで既に彼は懇切丁寧に別の方法を知らせてきた。そして説明通りに追っていくと成功!「ジャン、ジャ~ン、ジャン!感謝感激雨あられ!」とお礼のメールを送信。
この人はパソコンの問題で回答ができなかった事は今まで一度もない。もしその場で出来なくとも、とことん調べ上げ私のために画像で、しかも赤印まで加筆して送信してくる。私には到底出来ない技だが、この人の頭は理論的で緻密、そして整理整頓されているのだと思える。彼はハイテック方面に転職をした方が良いのではないだろうか?
参考のために、彼からのメールをそのまま載せる。
 
   マックからの接続の場合はウィンドウズと
   少し違うようです。以下を試してみてください。

   メモのパスワードが10文字の場合40-bit hex を選択してパスワードを入力
   26文字の場合128-bit hex を選択してパスワードを入力
   5文字の場合40-bit ASCII を選択してパスワードを入力
   13文字の場合128-bit ASCII を選択してパスワードを入力
   また、40-bit hex などの選択肢が表示されない場合は、パスワードを入力
   するときに、0文字、26文字の場合は頭に「$」をつける(例:$1234abcdef、
   $12345678901234567890abcdef)
   5文字、13文字の場合はパスワードを「""」で囲む(例:"pw123" 、
   "password12345")

これを読んでもサッパリ解らないが、大地はやり遂げた。今、隣の部屋で彼はYou Tubeの日本漫画を見て高笑い。その愉快な笑いに私も誘われ、こちらの部屋で私も一緒に笑う。

   気温穏やか   

   
by arata-tamiko | 2006-10-24 11:47 | Comments(0)

彼女の話   10/23/06

 カプリ マリオット宿泊している坂田さん親子と我が家に泊まる大地そしてチョンヘーも一緒にWrenthamに出かけた。Reliableで見る彼女とは全く違う洒落たスタイルで驚き。とてもセンスが良い。坂田さんは隆ちゃんの服を買いたいと言うことだったが、チョンヘーも私も別に何を買うと言った目的はなかったので、二人で買い物より話ばかりしていた。
彼女は韓国で日本語を勉強し、4ヶ月間の日本留学経験もある。日本語を勉強しようと思ったきっかけは?と聞くと、日本の映画、音楽そして漫画に刺激されたそうだ。そして日本ほど興味のある面白い国はないと言う。彼女達は韓国で結婚して未だ半年、新婚旅行に日本を選んだ彼女にご主人は猛反対をしたそうだ。「理由は?」と問えば「学校で教えられる歴史だけで日本を嫌いでした。」と典型的な反日タイプだったようだ。新婚旅行は結婚式から一ヵ月半後だったが、その間ご両親と同居して精神的に苦労している妻を見て「日本で良いよ。」とご主人は言ってくれたそう。訪問地は東京、箱根そして沖縄。満開の桜の下で宴を開く日本人達の様子、桜祭りの楽しさに彼は感動し、箱根の自然、泊まった宿の静寂漂う温泉そして全てが小さく見事にまとまった日本の風景、清潔さ、日本料理の綺麗さ美味しさ、出会う人々の親切に今では彼の方が「日本に行きたい~。」と日本びいきになってしまったそうだ。彼女に「反日の韓国人を皆日本に一度連れてくれば考えが変わるかもね。」と言って二人で笑った。
彼女がしきりに「全部同じです。シンプルです。」と言う意味が分らなかった。やっと理解出来た時は、韓国人も私と同じ感想を持っているのに嬉しかった。彼女の言わんとしていることは、日本では各店によって違うデザインや凝ったスタイルの洋服が売られている。しかしこのアメリカは全て同じ品々。セーターもシンプルなデザインで面白みがない。日本だと余りにもステキな商品がありすぎて、選ぶのに時間がかかるが、こちらでは気に入らない品から選ばないといけないので違った意味で時間がかかるで意見が合意。手を取り合って「そうよ。本当にそうね。」と言い合う。
大地は自分のものを買った後は車に戻り持参した司馬遼太郎の「竜馬が行く」の続きを読む。私も20代初めに彼の作品に夢中になり新撰組を生んだ土壌である日野に行き土方歳三の生家まで訪ねたと話すと大地は驚いていた。彼のように若い人が、この種の本を読むことが嬉しく、明治維新に関連した他の本の紹介や彼が既に読んだ本の話となる。
坂田さんがチョンヘーに韓国の習慣である「オンブ」の事を聞くと「昨夜もオンブしてもらいました。」と言う。夜一緒に歩いていたご主人が「オブバー?(おんぶしようか?)」と言ってくれたと話すが、実に愛らしい愛情表現だと思う。
 帰途カフェ寿司で夕食をする。軍艦のネギトロが実に美味しかった。出口で藍先生ご家族と有光さんご夫妻を見かける。藍先生は下の娘さんの誕生日祝いだそう。有光さんには「昨夜も今夜も外食で家計は大丈夫なの?来月生活するお金はあるの?」と、からかうと「偶然二日続けてなんですよ。」と必死に抗弁。笑ってしまった。
 深夜過ぎから大地と二人で「復活」と言う題名の韓国ドラマを観る。
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                            秋真っ盛り
                  英語名では「燃える低木」。そのものズバリ!

   午後の3時過ぎから急激に気温下がる
by arata-tamiko | 2006-10-23 22:37 | Comments(0)

ボストンでの集まり   10/21/06

 ボストンから西に40分かかるSt. Mark`sに午前11時に到着。坂田さんは隆ちゃんの授業参加をしたいと朝の8時に着いたそうだ。講堂で校長先生のお話を聴いたが、生徒達に対する学校方針や勉強の進め方そして切に学校寄付を懇願していた。このようなプライベートの学校は町からも州からも一切の補助金がないので運営も大変だろう。ましてやこれほどの敷地の手入れ、そして百年以上前の建築物の数々を保存していくには莫大な経費が必要となってくる。校長先生の主たる仕事の一つは寄付集め、それで才覚も問われる。
Parents weekendと言う名の年間行事の中でも主要な催しだから、昼食も盛りだくさん。それでいて、この味だから日本人の子供たちは自ずから日本の親から送られたインスタントものを日々食べてしまうのもしかたない。
一時過ぎから隆ちゃんの学校と他校とのサッカーゲームが始まった。残念ながら隆ちゃんのチームは負けて彼は機嫌悪し。
 夕方一旦帰宅して夜の8時過ぎにNH州の学校に行く大地をAlwifeの駅に迎えに行く。彼の学校も同じ行事で休み。休みの時は寮が閉まるため何日間は我が家泊まり。
 Koreanaのリザベーションは9時しか取れず、それでも20分待たされた。大入り満員とは、このことだろう。やっと一組の団体が立ち上がり、お店の人が目でその席を知らせてくれる。その一団が外に出た後「やっと食事が出来るわね~。」と言い合っていると、私を見つけた斉藤さん、萬代さん御夫婦そして有光さん御夫婦が戻ってきてご挨拶をしてくれた。私は「貴方達だったの?あの団体いつ帰ってくれるのか!と私睨んでいたのよ。」と言うと「すみません。MIT関係の集まりだったものですから。」と詫びる。見知らぬ一人の男性が割り込んできて、親しげに私に握手しながら自己紹介。「この方だれ?」と聞くと「仲間から話はいつも聴いています。是非握手を。」と言う。流石に私が目をかけている三人が親しくしている仲間だな~と思った。
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                 大岩さん、坂田さん、IL Divoのコンサートのため
                 ボストンに来た金森さんと友人そして彼等の子供達と
                 EDICMの生徒達

   それなりの格好をして出かけたのに、St. Mark`sでは余りの寒さに震え上がった
by arata-tamiko | 2006-10-22 22:12 | Comments(0)

友二人と過ごす   10/20/06

  友人の大岩さんが坂田さんを乗せて正午近くに我が家に来た。NYに仕事で滞在していた大岩さんはNYから運転して、坂田さんは日本から昨夜到着で偶然同じホテル。二人とも毎度珍しい食べ物を、沢山お土産に持ってきてくれるから、これも楽しみの一つ。大岩さんが「少し痩せた?」と聞く。私が「一番嬉しい事を言ってくれるわね。自分では分らないけど腹八分目に心がけているから。」と言うと、横から坂田さんが「自分なりの量の八分目なのよね?」とチャチャを入れてからかう。
三人で話し始めると、止まるところを知らないが「思い切って!」と三人で腰をあげて朝食に出かけた。途中坂田さんの息子さんが参加したサマースクールからの残金の小切手を私の銀行で換金してもらう。今度は事前に日本でご主人のパスポート情報を小切手の裏に記載して来たから、デビーは「パーフェクト!」と喜んだ。ところが肝心のサインをしてもらっていない事に気づいた親切な彼女は、小声で「ご主人の名前をサインしなさい。」と言ってくれ事なきを得た。
 Cafe Sushiで三人チラシを頼んだが、ご主人がマグロをさばいているのが見えた。側に行ってみると本マグロのトロ。「これを食べないと言う手はない。」と急遽チラシから「トロ丼」に変更。大岩さんは”白い暖かい御飯にトロを乗せる”がリクエスト。タマさんも初めての注文に戸惑った様子。万人が認める食通の大岩さんのリクエストだから間違いなしと私達二人も右へ倣えでマネをした。トロの上からワサビ醤油をかけ箸でクルクルと回す彼女の通りにして、一口、口に入れた。もう美味しいなんてものではない。もったりとして口の中でとろけ、暖かい白い御飯と合い交わって最高の贅沢!細い坂田さんが追加でネギトロの手巻きと鮭の握りを頼んだのにはビックリした。よほど美味しかったのだろう。大岩さんも大満足。
タマさんがスーッスーッと切っている柳包丁を見ながら、私が「あれで刺されたら後ろまで突き出ちゃうわね。」と言うと、大岩さんんが「ダメ、ダメ。店主が今魚をさばいている出刃でないと。柳包丁は付け根のところが細いから自分の手もすべって深い傷を負うのよ。出刃なら付け根のところが幅広だから手がそこで止まるのよ。」と、経験者語るように教えてくれる。「だけど貴女ずいぶん詳しいわね~。」と感心していると、タマさんも「そうですよ。柳包丁は折れますよ。」と話に加わる。
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                       今年最後の本マグロだろう
                       これで$26は安い

 我が家に戻り、大岩さんが持ってきてくれた本家本元と言う「塩味胡麻かりんとう」をお茶と一緒に「腹八分目ね。」と言って食べながら夕方の5時過ぎまでおしゃべり。今日は最高の日を迎えた。

   日中小雨模様のぐずついた天候 夜大雨と突風
by arata-tamiko | 2006-10-21 11:34 | Comments(0)

松茸ご飯   10/19/06

 松茸ご飯の一番美味しい炊き方を姉に聞いた。姉の住んでいる環境は、これこそ”日本をしています!”だから、季節、季節ごとで旬の食べ物の話が出るのではないかと思った。姉は「人に寄って、いろいろ入れるようだけど、私はやはり昔味わった通りの松茸のみで料理しているわ。」と言う事から話は、いつものように横道にそれてしまう。「ほら、覚えている?季節になると竹で編んだ大きな籠一杯の松茸が卸屋さんから送られてきていたわね~。」と言うと「そう そう。広島と奈良の筆屋さんからだったのよ。今だったら大変な金額ね~。」に「籠の中には何か羊歯を詰め物にしていたわね。」と想い出話となる。姉は「そうだった?だけど貴女って言う人は肝心な事を忘れていて、どうでもいい事ばかり覚えているのね。」と又言われた。今のように流通システムが発達していなかったから配送されていたのかセールスの人が注文取りに来る時に持参していたのかは覚えていない。でも籠に入った松茸の香りがお店一杯に広がる記憶は鮮明に残る。それで結局私は7合のお米と松茸5本、鶏、人参そして油揚げにした。MIT近くに働く二人に届け、連絡の取れない後の独身者達には冷凍にして後日手渡すことにした。
 木曜日に行くとお店の女の子達に約束した手前、松茸ご飯を届けた後寄ってみた。今日のお店は暇。働く三人とお喋りに花が咲く。若いだけあって皆日本映画は結構観ている。俳優の妻夫木が一番人気。歌手は宇多田ヒカルが他の歌手と比べて抜群に上手いと言う。そして私にする質問が「何で日本の歌手は、あんなに下手なのか?韓国では、顔がいいだけでは歌手になれない。」「日本の若者はどうして気持ち悪い細い眉毛にするのか?」「男性用の化粧セットが売り出されているが、そんな男性を見て女性は気色悪くないのか?」と日本人である私でも理解出来ない今の日本の社会現象を指摘する。
前に働いていた女性が買い物に来た。一番年上のキョンヒが「お久しぶり。何か飲む?冷たいコーヒーを買おうか、ジュースにする?」と応対する。韓国人は、こうやって食べ物で人をもてなすのが実に好きな国民だ。スヨンも知り合いのお客達に度々飲み物を買っている。「お金のない貴女が、どうして貴女よりお金がある人達に奢らないといけないの?」と聞くと「これが韓国の習慣なのよ。」と言う。挨拶代わりに「ご飯は食べたの?」だから、これも昔の貧しさから来るものと聞かされた。
先日お店で私の好きなSG Wanna Beを歌ってくれたお客さんは、都はるみが大好きだそうだ。だれかがくれた彼女のCDがあるので興味のない私は彼に上げる約束をした。お礼に、また唄ってくれるそう。
 預けたチビを受け取りに行くと、エレノアが初めて口にする松茸ご飯が美味しかったと言う。「不思議な匂いね。」と言うのに「日本人は、それぞれの持つ香りを、こうやって料理にも取り込んで季節ごとに楽しむ優雅な習慣が昔からあるのよ。」と多いに売り込む。彼女はアメリカ食以外の食べ物の経験は何もないから、私がお裾分けする日本食に感動して私が最高の料理人だと信じ込んでいる。こちらに住んでいると、ますますの愛国主義となってしまう。

   曇りながら気温は穏やか

 
by arata-tamiko | 2006-10-20 22:29 | Comments(0)

時は流れる   10/18/06

 朝の10時近く、久しぶりにEちゃんから電話。彼女とは二十数年前に日本レストランで一緒に働いた仲で、今でも昔のまま「ちゃん」づけで呼んでいる。「余り良い知らせではないのだけど。。。」と、当時の同僚二人の死を告げた。一人は私より少し年上のKさんで、数ヶ月前にReliableで十数年ぶりに会った。本人から大腸癌だと知らされたが、昔の綺麗だった面影は全く残っていないほどの痩せように驚かされた。あの時5分ほどでも話が出来て良かったと思う。
それよりもショックだったのがRさんの自殺だった。彼女は私より7歳くらい若かったのではないだろうか。。。私が未だ車の運転が出来ない時に彼女が職場まで一緒に乗せてくれた。だけどヘッド ウェイトレスから「人を甘やかすと、つけあがる。」と脅かされ、チップの入りが良い週末のスケジュールが欲しく、彼女は私を同乗することを止めた。でも彼女とは洋裁と言う同じ趣味がある事が分り、後日とても仲良くなった経緯がある。彼女の歳なら日本に未だご両親が健在かもしれない。それに4歳の孫が第一発見者だと言う。彼女の笑顔しか思い出せない。
 お昼はスヨンを連れてCafe Sushiに行ったが、初めて日本レストランでお寿司を食べたのではないだろうか。大喜び。隣に座る三十代半ばの女性は、アメリカ人定番の焼き鳥弁当を食べながら、私達のチラシ寿司をチラチラ見つめる。声をかけると二人とも日本人か?と聞くのにスヨンを韓国人と紹介する。「叔父さんが上海で勤務をしているが、中国語とは違うのか?」と聞かれ「もっと勉強しなさいよ!」と言いたくなった。「日本人は中国人を嫌いでしょう?」と言うので「心配ないわ。中国人も日本人を嫌いだから。」とたしなめてあげた。「今度はそのチラシを試してみるわ。」と言う彼女に「スシ シェフに素晴らしい笑顔をあげると、上に乗る刺身が一切れ増えますよ。」と真面目な顔で言ってあげた。タマさんもお店の息子さんも笑っている。
この後、彼女のお土産買いのため30分かけてDanversのファイリーン ベイスメントまで出かけた。三本マフラーを買ったが、親族全部にお土産を買っていくようす。フッドコートでコヒーを飲んでいると、「オマヤー!」と韓国語で女性の驚きの声がするのに見ればReliableでよく見かけるお客さんの一人。三人で話が弾んで今度一緒に食事を。。。と言う話になった。スヨンに誰か良い人はいないだろうか?と聞くと、彼女は15年前に離婚をして今は完全なるキャリアウーマン。「私だって15年間見つけれないのよ。」と笑っていた。人間的にとても魅力的な人だ。

   午前中は曇り 午後晴天 
by arata-tamiko | 2006-10-19 13:08 | Comments(0)