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どうして今更・・・。   2/27/06

 新聞を見ながらこちらが希望するような物件広告を載せている不動産屋に電話をかける。後から物件について電話がかかってきても余り沢山かけているので、いったいどの不動産屋だったかこんがらがってしまう。

 夕方ある雑誌記者から電話がかかる。去年の夏、あるテレビ局の関係者から電話がかかってきた時も感心したが、よくぞ私を探してくるものだと思う。(このテレビ局のために、ある程度お膳立てをしてあげたのに放映した番組のテープ一つ送ってこなかった。)
今回も、やはり雅子妃についての記事を書きたいので協力をお願いしたいと言ったような趣旨。「何で今更、雅子妃なのですか?」と、また思わず聞いてしまった。今の若い人達は雅子妃に対して暗い性格のイメージを持ってしまっているので、彼女の学生時代の明るさを知る人達に会って本来の彼女の性格を知ってもらうための特集なのだそうだ。
私が記載した雑誌を読んでいるらしく、登場する先生達の名前をあげて居所を聞かれる。ドイツ語の先生について聞かれたので「その方は先日亡くなりました。」と言った。何しろ遥か昔のことだから今未だ現役で学校に残っている先生は誰もいない。彼も追い詰められて窮地に立っている様子は手に取るように分るが、どうしょうもない。「皆さん、何度も、何度も同じ事を聞かれてヘキヘキしてしています。それに貴女が期待しているようなスクープは何も出てこないと思いますよ。彼女は目立たない平凡な学生だったのですから。」「でも日本人だったのですから、目立ったのでは?」と言うので「アメリカは人種のルツボですよ。特にその当時はベトナムからの難民が多かったので、町の人たちに取っては、ベトナムも日本も同じですよ。日本なら外人が一人クラスに居れば目立つでしょうが。」。
大学時代の恩師に連絡を取ったが、やはり丁寧に断られたそうだ。
 私がインタビューをした中で珍しい外国名の苗字の人を電話帳で調べると三人見つかったが、三人ともFirst Nameが違っている・・・と夜の9時ごろ電話があった。「違う人たちですかね?」と聞くので「さぁ~、判りませんが、余りある苗字ではないから、私だったら”親類ではありませんか?このFirst Nameの人を知りませんか?”と電話をしてみますけどね。」と言うと「そうですね。そうしてみます。」と嬉しそうだった。
 でも私が思うに、学生時代の明るさを書いたなら”では雅子妃がこんなになってしまったのは、よほど皇室は酷いところに違いない。”と読んだ人は思うのではないだろうか?(雑誌社の記者の方、読んでいたらすみません。)
大和田雅子さんが皇太子妃に決まった時、ライシャワー夫人が「どうして結婚をされるのでしょう。外国育ちをされた彼女には皇室の生活は絶対に無理ですよ。」と断言された言葉を思い出す。もし彼女が健在だったら、今の状態をどう思われるだろう。
美智子妃殿下は外出されている間はトイレに行かないために飲み物を一切口にしないとも話していた。
そして現天皇が確か未だ皇太子時代、ご夫婦でベルモントのライシャワー邸に泊まられた。そして深夜にかかった日本からの電話で美智子妃殿下はお母様の悲報を知らされたが、涙一滴見せず「日本を出る時から覚悟はしていました。」と一言おっしゃったそう。その毅然とした態度の立派さには頭が下がったと夫人は話してくれた。
 これほどのものとは雅子妃は想像だにしていなかったのではないだろうか・・・?

   冷たい、冷たい風が吹きまくる トイレに外に出すとチビが泣く
by arata-tamiko | 2006-02-28 15:11 | Comments(0)

バックシャン   2/26/06

 私は、この歳になってもジーッとしていることは苦痛に値するので少しでも暇があると体を動かしていないと落ち着かない。それで今日も午後からReliableに行ってスヨンとヒジンと働いた。スヨンは相変わらず可笑しく、鼻をかむ彼女に「風邪を引いたの?」と聞いたことから、彼女の話が始まった。スヨンの家族を思う気持ちはとても強く、事あるごとに家族の話に結び付く。客がアイスキャンディーを買うと、それは幼い甥の想い出話につながるくらいだ。
「私が9歳の時に撮ったクラスの写真の中で、私一人だけが胸に安全ピンでハンカチがとめられているの。余り鼻水を垂らしているので、私のオンマーが毎朝ハンカチを制服にくっつけていたの。」と言って、直立不動の姿勢をして、写真の中の昔の自分の姿を見せてくれる。
 この寒さの中、もの凄いミニスカートに胸も背中も大きく開いたセータを着た韓国女性が入って来た。その服装だけでなく、容貌にも驚かされた。私達三人黙って思わず顔を見合わせる。三人思うことは同じ。彼女が出て行くとすぐ、スヨンが溜息をつく。
私が「夕方歩く彼女の後姿に誘われた男性が飛びついて、前を見たとたん”必要ない!”と言うかもね?」と知る限りの韓国語を駆使くして言うとスヨンとヒジンが笑いが止まらなくなってしまった。そこに店主のジミーが来て「何がそんなに可笑しいのか?」と聞く。二人が私の韓国語の真似をして説明すると彼も笑いが止まらなくなった。
 柿を箱で買う韓国人の中年女性は全部の箱を開けて、大ぶりの甘そうな柿を選び出して一つの箱に詰め替えた。二人に「私がチョット文句を言ってくる。」と言うと「韓国スタイルだから、しかたないわよ。」と平然としている。その後、日系の男性が”甘い”と聞いて三箱も買った。男性だからと言う事もあるのだろうが、全く選び出しもしなかった。
 2時近くに頂く昼食は韓国ラーメン。インスタントラーメンは自分で買って食べた事がない。

   記録に残る厳しい寒さ 風が肌を切るようでチビが外に出ない
by arata-tamiko | 2006-02-28 13:53 | Comments(0)

Made in Korea 2/25/06

 春に留学をされるお客様から「希望の車は車体価格が$10,000 のバン。」とメールがあるった。その価格では到底無理だと説明をすると、日本ではガタガタ音がするほど古い車に乗っているから・・・とお返事があったが、こちらでは余り古い車を買って故障になると修理費はとても高いものになる。もちろん自動車保険は全く関係ないので総て自費。先日の私の車でもブレーキとタイヤ4本を替えただけで殆ど$1,000。
私はお客様には少々無理をしても、車だけは余り年式の古いものは買わない方が良いと助言をしている。

 今日のReliableは土曜としては客の数は多くなかったがレジで働くのはスヨンとヒジンだけだから、それなりに忙しかった。客の途切れる合間、合間にスヨンが韓国語を教えてくれる。
今日の勉強は「祝いの言葉」。主語を誕生日、入学式、卒業式、結婚式と変えて私に発音させる。つい彼女に「私は貴女には、いつ”結婚式おめでとう!”と言えるのかしら?」と聞くと「それが私の母親の一番の悩みなのよ。アメリカに行く前に母親から”こうなったら韓国人でなくともいいよ。日本人、アメリカ人誰でもOK!私を幸せにしておくれ!”と言われたとお母さんの真似をして笑わせてくれる。
 雪が降る中、三人の若い男女が入ってくる。白人と黒人男性そして日本女性。彼等は焼きそばを20袋も買ったので「焼きそばパーティーでもするのですか?」と聞くと男性二人が「一番簡単な料理だし、それに美味しい。」と笑って日本語で返事をする。二人とも日本に留学をしていたそうで、私に日本人ですか?と聞く。するとスヨンも自分を指差して「私日本人。横浜から。」と片言の英語で言うのに彼等は半信半疑で私を見る。「いつもいつも私が彼女に日本は韓国より優れていると言い続けているものですから、彼女もその気になってきたのかもしれませんね。」と冗談を言うと、スヨンは解ったらしい。そしてキャッシュレジスターを指差して「これが壊れた時も彼女から”Made in Korea”と言われたのよ。”違う!”と言ってラベルを見たらサムソンの韓国製だったわ。でもクレジットカードを読む機械が壊れた時は”違う!Made in Chinaだ。”と私が言ったら本当に中国製だったの。」とスヨンが笑いながら言うのを英語に訳すと三人は大笑いをする。
 黒人男性が「またすぐに焼きそばを買いにくると思うよ。」と言うので「その時は焼きそばの食べ過ぎで私達みたいに黄色くなっているかもしれませんね。」と言うと、彼も白人男性も爆笑。
買ったばかりの熱い缶コーヒーを見せながら「これからブラックコーヒーを飲むから黒に戻るかも。」と笑わせるので「大丈夫。黄色と黒の縞模様となりますよ。」と言うと「それ、気に入ったよ。」と日本女性も一緒に大笑いとなる。彼らが去った後スヨンが「どうしてそんなに大笑いしていたの?」と聞くので説明をすると今度は彼女が涙を流して笑い出す。「友達なの?」と聞くので「違うわよ。初めて会うお客よ。」と言うと、彼女はもっと笑いだす。
 「でもあの黒人男性優しそうでハンサムね。」とスヨンが感心しているところに白人男性がカートを戻しに来る。「彼女が貴女のお友達がハンサムだと言っていますよ。」と言うと「彼に伝えておくよ。」と笑顔を見せる。「ついでに彼女はフリーの身だとも付け加えて下さい!」と言うと、”OK"と返事をする。スヨンに「安心して。貴女を売り込んでおいたから。」と言うと「オンマーから”何人でも良いけど黒人は駄目だと言われたのよ。」と残念な顔をしてみせる。
来週の火曜日に我が家に来てプルコギを私にご馳走してくれると言う。「貴女の得意料理なの?」と聞くと「いや、これから料理の本を見るの。」には「貴女の結婚は絶望的よ。」と、またからかってしまった。
 今日は私のお客様が三人、働く私を見て驚かれる。初めに出る言葉は皆同じで「新田さん、こんな所でどうしちゃったのですか!」。芹川さんんのご主人は言葉もなく、ただ笑い続ける。
「そんなに可笑しいですか?」と私も笑って聞くと「いや~、可笑しいですよ。」と、もっと笑う。
 夜、安さんに電話をして今日の話をしてあげると彼女も笑いながら「でもどうして、そんなにお互いに理解できるのですか?」と聞く。もしかしたら私達は互いに勝手に理解して笑いあっているのかもしれない。
 今日のお昼のおかずは野菜のスープ、キムチ入り野菜のチジミ、浅漬けキムチだった。

   午後から雪がちらつく
by arata-tamiko | 2006-02-26 15:34 | Comments(0)

自信と輝き   2/24/06

 Sさんからパーマをかけてもらう。彼女とはもう何年のお付き合いとなるだろう。家に来てくれるから本当に助かる。
 午後BurlingtonにあるChicosのお店に久しぶりに行く。一昨日店員のアイリーンから電話があり商品20%引きの上にクジ引きに当たれば、もっと割引になると言われると何か行かないと損をした気がする。
白い木綿地一面に白い綺麗な刺繍がされたブラウスをとても気に入った。レジでアイリーンがお店のショッピングバッグを差し出して「一枚選んで。」と言うので「中には何が入っているのかしら?」と覗き込むと「見たら駄目よ!」とあわてて引っ込める。
これがクジだったのか・・と袋に手をつっこんで取り出したものを見ると「50%引き」と印刷された紙だった。これでは袋の中身を見れば一目瞭然で分ってしまうから、彼女はあわてたのだった。
買った三品の中の一番高いものが半額となった。こうなると欲が張るもので「もっと高いものを買っておけば良かった・・・。」と後悔。私は金運も悪いがクジ運も全くない。これが今までの人生で初めての大当たり。
 Filenesが店閉いのために全商品50%とか60%のセールをしているが、買いたいものが全くない。よくぞこれだけ安っぽく趣味の悪い洋服類を集めて売っていたものだ。ソックスを沢山買った。
 化粧品店に寄って口紅のラインを画くカラーペンを買う。先をシャープにするのにシャープナーを勧められたので「私、鉛筆を小刀で削るのが、とても上手いのだけど小刀で大丈夫ですか?」と聞くと何故か大笑いをされた。
 帰途運転中にラジオを聴いていると各国のキャスター達が自国の女子フィギャースケーター達に関連した意見を述べていた。NHKの女性スポーツキャスターが「日本は未だ男性社会です。でも若い女性の荒川の優勝で日本女性へ与えた影響は計り知れないものがあります。彼女をお手本にして日本の若い女性達も変わるでしょう。」と英語で話していた。これって何か話がこじつけで飛躍し過ぎだと私は思う。このラジオ局は放送内容も格調高く大勢の聴衆者を抱えている。日本を知らないアメリカ人は「そうか。日本は未だそんな国か・・・。」と思ったに違いない。
 フィギュアーエキシビションで滑る荒川静香は気高く自信に満ち溢れ輝いていた。ロシアのプルシェンコの演技に見惚れる。中国のペアーの二人の衣装は昔のサーカス団を想い出させた。
 4人の男性が細長い車に乗って細いトンネルのような坂道をスピードをあげて滑る競技をしていた。これを見る度に思うのが、初めに4人で車を押してスピードがついたところで飛び乗っているが、タイミングを外して取り残される人はいないのだろうか?だ。

   耳が切れるような風が吹く
by arata-tamiko | 2006-02-25 14:27 | Comments(0)

スヨンのおかしさ   2/23/06

 今朝は三軒の不動産屋に沢山の小切手を書いた。アパートが決まると契約書を作成するために何ヶ月分の家賃額を支払わないといけない。しかし今日、明日に日本から、それだけの金額を受け取る事は出来ないので私が立替えて小切手で支払っておく。初めての不動産屋は必ず「彼等は親類か?」と聞いてくる。「いいえ。」と答えると笑いながら「それでは親しい友人だろうね?」と次は言う。「いいえ、未だ会った事もありませんよ。」と、ワザとさりげなく言うと「嘘だろう?もし本当なら、どうやってこれだけのお金を彼らが払ってくれると言う保証があるのか?騙されたことはないのか?」と皆目を丸くする。
そこで私はすかさず「私の国には未だ紳士協定と言う信頼関係が残っているのよ。」と微笑む。
家賃額が$2,500ともなれば三か月分とかの支払となれば、かなりの立替金額となるが、もちろん私だってお客様達がしっかりしたバックグラウンドがあるからこそ出来る事。でも不動産屋は、そんな事は知らないから感動している。日本人を少しでも良く思って欲しいと言った気持ちがある。

 スヨンは私の顔をみるやいなや「私の国はメダルが4個よ。」と嬉しそうに言う。だから私は「貴女の国はスピードスケートだけ強くって他の競技は全く振るわないでしょう?」と言い返す。すると彼女も「本当、本当にそうね。他に何が強いかな~?」と考え込んで「そうだ。弓と射撃が強いのよ。」と言うので「考えないと思い出せないくらいなら、たいした事ないわね。」とからかってあげる。
 今日のお昼はカルビチゲと三種類のナムルが出た。エクアドルからのマリーも一緒に食事をしていたが、スヨンが「この人いくつと思うか?」と聞くので「いくつ?」と聞くと「分らない。」と笑う。
スヨンは本当に可笑しな人だ。マリーも自分の事を言われているのを感じて訝しげに見る。悪い気がして私達が何を言っていたのかを伝えたいのだが、彼女は全く英語が解らない。そこにスヨンが韓国語で質問するから、マリーは恥かしそうにする。私は必死になって「スペイン語では”何歳?”って何て言ったっけ・・・?」と考え、間違っていても駄目もとと「クアント アニオス ティエネ?」と聞いたら、指で23と書く。スヨンと二人で大喜びした。ご主人は?と聞くと22歳と言うので私達はアレッ?と考え込んだ。確か上の子は6歳と言っていたから、そうなるとご主人が16歳の時の子供となる。彼女に「ニニオ シエテ?」と又怪しげなスペイン語で確めると、うなづく。
スヨンは驚いて「私が16歳の時はゴム飛びをしていたわ。この人たちは子作りしていたのね!」とご飯を片手に持ちハミングしながらゴム飛びのマネをする。
 一人で来た中年の男性客の人を先日私に韓国語テキストブックをくれた女性のご主人と勘違いして英語で「テキストブックを有難うございました。」とお礼を言うと彼は「Japanese、ありがとうございます?」と言う。どんなに本が役立っているかを英語で説明をしているとスヨンが「あの人誰?」と韓国語で聞くので「本をくれた人よ。」と言うと「違うわよ!」とあわてて言う。
私も驚いて「違う人?」と聞くと彼女は涙を流さんばかりに大笑いして、彼に説明をしている。
その男性も笑い出して「英語が解らないけど彼女が何かお礼を言っているので自分もお礼の返事をした。」と言ったような事を言っていた。一緒に働くギョンヒも一緒になって爆笑。
暫く笑いが続いていると年配のお客から「楽しそうだね。」と言われ、スヨンが私を指差して「この人が笑わせるのよ。」と言ったような事を話していた。
ここはお互いに言葉が分からない人達が働いていてお店が続いているところが凄い!
スヨンもギョンヒも必ず私にお店の熱いコヒーを買ってくれる。決して私に買わせない。韓国の習慣だと言う。

 荒川静香が日本初の金メダルを手にする。アメリカのアナウンサーも賞賛していた。
これでやっとスヨンに威張れる。

   午後より小雨 気温下がる
by arata-tamiko | 2006-02-24 14:57 | Comments(0)

テキパキ   2/22/06

 4月留学の方から到着予定日の知らせを昨日受け取ったが、入居希望のアパートは人気があるので12月からお願いしているにも関わらず、未だ空きが一部屋も出ていない。
こうなってくると本当に焦ってしまう。朝一番に電話をすると「今契約破棄のテナントがでた。」と言われ、心から安堵感が広がる。これで今日一日心配なく過ごせる。

 利光先生をお迎えに行き、アパートで家具屋を待っていると不動産屋のIVYと会った。「彼女はとても感じの良い人ね。」と言う。既に会ったそうだ。
そして先生の部屋の隣が彼女の住いである事を知り先生にお話をすると「彼女が不動産屋だったの?挨拶されたけど誰か分らなかった。」と驚いていた。
 SS番号取得にDavisに行くと余り混んでなくホッとする。番号札を手に取って見ると、私達の前には4人。そんなに時間はかからないだろうと思ったのが間違い。5人目の私達で1時間かかったのだから、あんな簡単な事務手続きで一人にかかる時間は日本では考えられない長さ。彼女も「1人が終わり次の人が呼ばれるまでに時間がかかりますね。日本だったら次の人が、すぐに呼ばれていますけど。」と彼らの悠長さに感心していた。「テキパキと仕事が出来ないですよね。」と言うので「彼らの辞書には”テキパキ”と言う言葉が載っていないのよ。」と私が言う。
お客様のお世話で一番苛立つ場所は、このSS番号のオフィスと陸運局。本当に仕事がのろい。もっとも能率良く仕事能力があるような人なら、もっと違う所で働いているだろうけど・・・。
 次は銀行。綺麗な日本語を話すインジューは既に去年止めて、もう一人のオクチャも止めた様子。でも対応してくれたアメリカ生まれの若い韓国女性、美人の上に愛嬌もあり手際よくキビキビとした働き。車に戻りつつ「彼女はこの国に生まれて育っている事はアメリカ人なのよ。でもあのサービス態度は典型的な東洋人よね。いったい何が違うのかしら?東洋人の血がそうさせるのかしら?あれこそテキパキ!」と満足感を味わって話し合った。
 携帯にアパート契約破棄をした男性から電話が入る。彼も家賃支払い義務から解放されるので大喜び。コンドを購入したので契約破棄をせざるを得なくなったと事情を説明してくれた。
でも銀行との書類作成終了は4月の中旬となりそうだ・・・と言うので「それでは困る。貴方を追い出すつもりではないが、彼らの到着が何日だから銀行と話し合って早めてくれないか?」とお願いすると最善を尽くすと言ってくれた。

 元日本赤軍の重信房子に懲役20年の判決が下る。彼女も今は60歳。日本ほど良い国はないと思うが彼等の革命とはいったい何だったのだろうか?

   暖かい日差しの中、木々にとまる沢山の鳥達がさえずる
by arata-tamiko | 2006-02-23 14:20 | Comments(0)

蛸の子?ツクミ?   2/21/06

  人は何もない、空間だらけのがらんどうの部屋にポツンと、いるとなると侘しくそして落ち着かない。せめて椅子に座るか絨毯が敷かれた床に座ることでも出来れば気分も大分違ってくる。無理を言って、昨日購入したテーブルセットと絨毯を何とか、利光先生宅にその夜配達してもらう手配をした。
夜の8時近くに私の携帯電話に配達人から「だれも部屋にいないから、帰る。」と電話があった。
電話の工事人は次の日に来る事になっているから電話で連絡もできない。谷村先生に私の伝言を書いてドアに張り紙をしてくれるようにお願いした。
今朝、アパートのエレベーターの予約取り直しと家具屋に再配達をお願いする。電話が開通した利光先生から「一瞬気を失ったように、その時間に眠りに落ちてしまいました。」と電話があったが時差ぼけとは本当に深く暗い穴に落ち込むように気が遠くなる眠さが襲ってくるものだ。

 上野さんからの電話で自動車保険会社から「何月何日に事故を起こしたか?」と書かれた質問の手紙が前に来たので「その時間は車に乗っていなかった。」と返事をしたそうだ。
その内に今度は「この事故に関しては全く関係ありません。その月日には運転をしていませんでした。」と印刷された書類にサインをしてノータライズして返送するようにと言う手紙を受け取ったそうだ。「ノータライズとはいったい何ですか?」と聞かれるので説明をした後、代理店に電話をして詳細を調べてもらう。
被害を受けた人が相手が上野さんだったと申し立てているので保険会社が念のために上野さんに聞いているそうだ。つまり相手の記載または記憶の間違いで上野さんのプレート番号を保険会社に報告をした事から生じた間違いだが、上野さんもとんだトバッチリを受けたものだ。
ノータライズ(公正証書?)して、保険会社に早急に郵送をお願いした。

 今夜の韓国語レッスンは先日Reliableのお客様から頂いたテキストブックを使った。お客さんは在日の女性でご主人は韓国人。彼女が韓国語を学ぶのに使ったテキストだそうで優しく詳しく明確に説明がされていてなかなか良い。初版は1988年だから少々心配だったが、東京にある会社に電話をしてみると未だ存在していた。早速会社のサイトを聞く。
 子音と母音の組み合せ方法次第で発音が違ってくることの説明をするのに「たとえばですね、この単語で例を説明します。」と安さんが書き始めた三文字を読んだ時、私は信じられなかった。彼女が書いた単語は私の田舎町の名前「津久見」が書かれている。「これはツクミと読みますね。」と言う彼女の顔を私が余りキョトンとして見ていたのだろう。安さんもチョットと戸惑った顔。私は「ネェ~、これ私の田舎町の名前だけど・・・。あなたに私の田舎の話をしたかしら?」と聞いてしまった。でも分ってしまえば何の事はない。このツクミは蛸の子供の韓国語だそうで、私達は大笑いをしてしまった。

 中西部で事故を起こして訴えられている方に「その連絡があった人は、貴方がこちらで加入していた保険会社が貴方のために雇った弁護士です。一任すると書かれた書類に心配なくサインをして弁護士に早急に送って下さい。」とメールをする。

 サッシャ;コーエンのフィギャースケート見事だった。ジャンプした後の着氷の両足、まるで磁石のようにスケートリンクに吸い付き、こぼれんばかりの笑顔。日本の荒川は三位。笑顔がなく見ている方にも彼女の緊張感が伝わってくる。

   大分気温が上がってきた 夕方でも手袋なしで歩ける
 
by arata-tamiko | 2006-02-22 14:42 | Comments(0)

先輩後輩   2/20/06

 昨夜到着された利光先生をお迎えに行くと、朝近所を散策と外に出たが空気の余りの冷たさに早々にアパートに戻ったと言われる。
外科医の彼女は歳より若く見えるので「患者さんが不安になりません?」と聞くと「面と向かって歳は聞かれた事はないけど”お若く見えますね。”と言われる時は相手が不安になっている事が解りますから”これでも13年の経験があります。”と返事をしています。」と言う。
それで私が「その後”13年の経験で既に何人死なせてしまったでしょうか・・・。だいたい一年に一人と言った割合ですかね。でも今年は未だ一人の犠牲者も出ていませんから。”と言ってニヤリと笑ったら?」と冗談を言って二人で大笑い。
 殆どの買い物が終った頃、お腹がすいてきたのでUnion Sq.にある韓国料理店の北京でチャンポンを食べる。チャンポンを注文をしたのにジャジャ麺が出てきて「間違いだ。」と言うと「困るから食べてくれ。」と言われた。「嫌だ。」、「食べてくれ。」のやり取りをしている内にキッチンのコックが出てきた。彼とはReliableで会った事があり、私の顔を覚えていて快くチャンポンを作ってくれ利光先生も美味しい、美味しいと全部終わらせた。
 最期の買い物は日本食品でReliableに寄るとヒンジーが駆け寄ってきて私の両手を取り「今度はいつ働きにくるの?」と聞く。「木曜かな?」と言うと「スヨンと三人で楽しく働こうね。」と喜ぶ。せっかくヒンジが私のためにお客にまで歌詞を聞いて書き取った「鳳仙花」の歌を、それまでに覚えておきたい。
 アパートに戻り、やはり同じ建物の一階上に一人で住む女医の谷村先生をご紹介する。彼女宅でお茶を飲みながら四方山話をしている内に何と二人は同じ高知医大の2年先輩後輩と言う事がわかった。しかも二人とも一般外科で共通の知人が沢山いた。本当に世の中は狭い。
例のごとく、そそっかしい私は谷村先生に「群馬医大からの方なの。臨床ではなく研究なのだけど、同じ一人住いで、きっと仲良くなれると思うのよ。紹介させてね。」とお願いしていた。
谷村先生も分っていて「新田さんに取っては埼玉医大も群馬医大もみな同じなのよ。」と笑う。
以前ある地方の大学からの先生が「僕の研究所にはそうそうたるメンバーがいますから気後れしますよ。」と言われた。「そんなものですか?」と聞くと「エェー、学会などに行っても、話していると必ず出身大学を聞かれますからね。ちょっとためらってしまいます。」と苦笑した。でも谷村先生の言うように、私に取ってはみな同じ。

 朝鮮日報の編集長、オ・テジン氏から私の贈り物を受け取ったと言う知らせのメールが届く。
(安さん訳そのまま)
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とても過分な贈り物を送ってくださいましたね。
それほど珍しい贈り物をもらうに値するような事をしたわけでもないのに…。

特に、きちんときれいに書いて送ってくださったハングルの手紙は、感銘と驚きそれ以上のものでした。どんな韓国人よりよく書いたハングルでした。
ハングルを書くために努力された新田さんの心がそのまま滲んでいて感嘆せざるを得ませんでした。
新田さんからの贈り物と手紙を見た私の妻が、私よりもっと驚いて喜んでいましたよ。
金箔細工品と皇室の杯…、これからそれらを見る度に新田さんのことを思い出すでしょう。

実は、今回のテープはチョ・ヨンピルさんの許しを得ないで、直接放送社にお願いして得たものでした。ですが、今度チョ・ヨンピルさんに会ったときは、新田さんとの縁を話して誇るつもりです。きっと彼も喜ぶでしょう…。
では、新田さんも安さんもどうかお元気で…。

オ・テジン

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 彼の手もとに届いた事が分って安堵した。国は違っても人は解り合える。

   昨日に比べれば吹く風の冷たさは少し増しとなる
by arata-tamiko | 2006-02-21 13:52 | Comments(0)

妥当なハウスメイトの部屋代   2/19/06

 午前中にBurlingtonに在るTweeterと言うチェーン店に返品のため出かけると、その店は営業をしていなかった。余り各地に沢山あるお店ではないので、一品のために遠い町に出かけなければならない・・・なんて事にならなければ良いが。
 
 大橋さんと同僚のアパートの件でお会いする。大橋さんのご主人は日本で奥さんは子供さん二人とこちらに住んで自分の専門研究をされている珍しいケースのご家族である。
 この後、Reliableに手伝いに行く。スヨンは私を見るや否や笑いながら「韓国はスピードスケートで金、銀を取ったよ!アポロは負けた。」と得意げのふりをする。「だから何なのよ!」と私がやりかえしてお互いに笑い合う。
 スヨンが何か私に懸命に説明をするが明確に話の全容がつかめない。もう一人の若いヒジンに説明を求めたが、彼女の英語とスヨンの韓国語を合わせて私の想像力をプラスすると、どうもスヨンは今住んでいる家にいられず他に部屋を探していると言っているようだ。
韓国の友人の親切に甘えて数ヶ月住まわせてもらったが、他の友人が来るようになったので、その家を出なければならず彼女は、どうやってルームメイトを探していいか分らず困り果てていた。「頭が痛い、頭が痛い。」と仕事中何度か言っていた。
店主のジミーが「盗んだ女性は判ったよ。」と言う。私は何も聞かなかったが、ビデオカメラに映っていたのだろう。

 5時半に帰宅。今夜到着の方のために弁当を作って飛行場に行く。到着時間が1時間近くも早くなり焦ってしまった。こんな事は初めて。よほど効率の良い追い風だったのだろう。
今夜のお客様はMITに留学で腎臓の人工臓器を研究されるそうだ。透析の代わりに体内で血液を綺麗に出来たら、どんなに沢山の人が恩恵を受けるだろう。でも本当にいろいろな研究の種類があるものだと、お客様のお話を聞くたびに感心してしまう。
 9時半過ぎに帰宅できたので、安さんに電話をして「言葉の関係で深く説明できないし又誤解が生じても困るのでスヨンに電話をして伝えてくれない?」とお願いごとをする。
私としてはスヨンの苦境が可哀相で我が家を提供しても良いと思っている。彼女が他に探せるまでの場所としても良し、長く住んでも良し。それと無料となると彼女も住み辛いだろうから、毎月$XXXくれれば十二分と安さんに話した。
 スヨンと話した後の安さんからの電話は「彼女はとても感謝していました。”言葉は通じなくてもお互いの心はとても解りあえる。でも$XXXでは申し訳なくて自分は住めない。せめて$XXXくらいは払いたいし払える。”と言っています。」とのこと。
「しかたがないから中間を取って$XXXにしましょう。その代わり味噌、醤油、砂糖等など総て勝手に使って。遠慮しないで・・・と言ってね。」と言うと「韓国の人は言わないでも勝手に使うと思いますよ。」と言う安さんの言葉には大笑いをしてしまった。
安さんは韓国人、日本人と言った視点で話をせず、いつも中立の立場で物事を見つめ正直に話すから私はとても好きだ。

   全く風が冷たい 晴天の中をこの風のため襟を立てて歩く

 
by arata-tamiko | 2006-02-20 16:03 | Comments(0)

お別れの集まり   2/18/06

 今日の午後4時から、竹下さんの「お別れパーティー」がBrook Houseで行なわれた。
皆何か一品を持ち寄りだったから、いろいろなものを楽しめた。竹下さんとは個人的にも親しくしていたので一抹の寂しさを覚える。下の子が未だ赤ちゃんだったので、ご主人と4歳のゆり子ちゃんだけが私と一緒に生活用品の買い物に出かけた。到着した次の日は大人でも時差ボケで辛いのに、車の中では大人しく折り紙をおったり、うたた寝をしたりで車が止まると文句一つ言わず黙々とついて来る姿には本当に感心させられ反って可哀相に思えた事が、つい先日のよう。その乳幼児だったマサト君も今ではおしゃべりな男の児となっている。
 私の自動車保険のお客様や生活のセットアップのお世話のお客様たちとも久しぶりにお会いする。三月は帰国の方が多いようだ。
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 スピードスケートでアポロ オオノはブロンズ。ゴールドとシルバーは韓国選手だったから、4年前の仇を討ったと全韓国民は早朝の6時から歓喜の声があがっただろうと思う。
スヨンも言っていたが、韓国人達は、あの時の恨みを忘れていないのでアポロを大嫌いだそうだ。ショートトラックで彼が転倒して脱落したシーンを韓国のテレビでは大きく取り上げたようだ。
でも、もし彼が日本人とのハーフでなければ、あれほど憎まれるだろうか?
彼等二人は英雄で迎えられるだろう。
前後を韓国勢に挟まれ滑らなければならなかったアポロは言いたい事もあるだろうに、試合後にインタビューを受ける彼は明るく実に爽やかな青年だった。彼の笑顔には誰しも微笑んでしまうだろう。彼には後二試合残っている。

   肌を切るような冷たい風が吹きまくる
by arata-tamiko | 2006-02-19 13:10 | Comments(0)