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私の大声   8/30/05

 朝の9時45分に昨夜到着された教授の方をホテルからCambridgeのアパートにお連れする。レンタル家具が朝の10時から午後の2時の間に搬入されるのでガランとした部屋で待つ間、二人して今の日本について話が弾む。
お昼近くに感じの良い二人の男性が手際よく家具を運び入れ素早く組み立てる。A教授は家具選びを全面的に私に任せてくれたので、お気に召すかどうかチョット心配だったが、配置が終わった家具を眺めながら教授はアパート共々大満足。私も頭に画いていた以上のシックな雰囲気の室内になったことに満足感を覚える。
 それから寝具や室内インテリア関係の大型店に行き掛布団、かけ蒲団カバー、シーツ、カーテンと色のコーディネートをしながら二人で選ぶ。今夜カーテンなどを自分でかけるそうだから明日室内を見るのが楽しみ。また雰囲気が違ってくるだろう。
後はテレビと日本食良品を買えば総てが終わる。だけどこの教授は買い物の早い人だ。品物を手に取って一分と時間を取らず決められるから事が早く進む事、進む事。きっとクラスでも要点を掴んだ無駄のない講義を生徒達にされているだろうな・・・と思う。

 TV Japanのニュースは選挙で埋め尽くされ政治家の顔が沢山画面に出てくる。 
それを見ながら「亀井と元彌ママは同じ顔立ちだな~。」とか「小泉首相はかなり疲れているな~。目の下の膨らみが酷くなっている。」「民主党の岡田は顔立ちは悪くないのに、この目でかなり損をしているな~。黒目が小さい上に目が上下がひっくり返ったように、つまりベッカンコしたような目だからな~。」とか自分の顔は棚に上げ、取り留めの無い事を思って見ている。

 私の日記にコメントをして下った方は今年の初めに私にある事を依頼したそうで、その事に付いて恐縮をされていた。「どこかで見かけたら声をかけてください。」と返事の最期に付け加えたのだが以前こう言う事があった。
 私は未知の方々から質問や相談事そして依頼と言った電話やメールを沢山受け取る。出来るだけお返事をするようにはしているが中には全くマナーのないメール内容もあるので、その時は無視をする。 
この方の質問の返事は電話の方が簡潔明瞭で説明できると思ったので電話をかけた。それからずいぶん暫くしてPorterのお店で突然見知らぬご夫婦から「もしかしたら新田さんではありませんか?」「ハイ、そうです。」「あの節はお世話になりました。」と言われても二人の顔に全く覚えがない。
「ハァ~、失礼ですが私は貴方達を知っていますか?」と聞くと「いいえ、お会いするのは今日が初めてです。でも今お店で聞こえた声と話し方が電話の声と同じだったものですから、もしかしたら?と思って・・・。」と言われた。これには私も驚いたが考えてみると、私の話し方はよほど特長があり話す声も大声と言うことなのだ。

 西山と言う同じ苗字の新聞記者の不祥事について宝塚の姉に電話をすると、案の定「あんたって何で大事な事はケロリッと忘れて、そんな下らないことばかり覚えているの?」と言う。
姉はこの言葉を一生言い続けるだろう。
かって一度も私は「あんたって感心ね。本当に記憶力がいいわよ。」などと誉められた事はない。

 ハリケーンの影響か一日小雨 涼しい

 
by arata-tamiko | 2005-08-31 13:14 | Comments(0)

お弁当   8/29/05

 飛行場に行くために車に乗ったとたん”一天にわかにかき曇り”と言うたとえがあるが突然ドシャ降りの大雨。ところが高速道路は全く濡れていなかった。
 慶応からのA教授をお迎えしてホテルに荷物を降ろした後、Cambridgeの銀行に行くと、かなりの混みようで30分は裕に待たされた。韓国で何ヶ月かの休暇を楽しんできたインジューも忙しそうに働いていた。彼女の上品な日本語には毎度感心させられる。「ペ ヨンジュンに会ってきた?」とからかってあげる。
応対した中国人らしき女性のサービスの悪い事、明日にでも銀行に電話をかけて文句の一つも言わないと腹の虫が治まらない。プロとしての意識が全くない。

 今日のお客様のお弁当を作るついでに他に3人の1人住いの男性にも作る。一人作るも4人作るも手間は同じだから。ご飯の上に鶏そぼろをかけて粕付けの焼き鮭、卵焼き、私の大好物の辛たらこニンジンそして何種類かのお漬物。時間があるとなんとかお弁当らしきものは作れるが、無い時はお客様に悪いとは思っても簡単にオニギリとなってしまう。
 3人ともCambridgeの同じ建物で研究をされているので、お客様にお断りして車に乗せたまま配達をさせて頂いた。
「三人一緒に美味しく頂きました。久しぶりに日本的な食事を味わった。」と二人から今夜メールを頂いたが、30半ばの男性3人が席に座って仲良く食べている姿を想像するだけで楽しくなる。

 朝日記者の虚偽の取材メモが問題になっているが、この記者の名前は西山。1971年に「沖縄返還に伴っての日米密議」をスクープした毎日の記者の名前も確か西山だった。
この人は当時の外務省に働く病弱な夫を持つ女性と親密な関係になって公電を入手していたが二人とも功名心からくるものだろう。
 この朝日の記者は未だ30歳前。毎日の西山氏は完全に世間から抹殺されたが、この人もこれから多難の人生だろう。

 警察庁のK氏からレーザ治療に付いて丁寧すぎるほどのメールを頂いたのでT女医に転送した。
K氏からのメールには「胃癌でもなんでも頼んでおいてください。」と書かれていた。

 ハリケーン(カテリーナ)が各州に多大な被害をもたらしている。
 衆院選公示。立候補受付始まる。

 サウナにいるような蒸し暑さ

 
by arata-tamiko | 2005-08-30 12:01 | Comments(0)

10本の玉蜀黍   8/28/05

 時間と言うものはどうしてこんなに早く経ってしまうのだろう。午前中にこれも、あれもと計画をしていたのに気づくと早2時過ぎ。3時に美容師のSさんと約束があるので急いで洗髪をする。
 パーマをかけてもらいながら合間に今朝買ったトウモロコシを焼き最期に醤油を塗り、こんがりと焼き目をつけてSさんと一緒に頂く。Sweet Cornと書かれていただけあって、かじりつくと口中に甘さが広がる。
 近くにあるスーパーの野菜のセクションで働いている若い男性に「昨日このコーンを買ったけど、とっても美味しかったわ。」と誉めると「今日は昨日の半額値で10本が$1,99だよ。買わなきゃ損だよ。」と言う。「それで農家は儲かるの?」「コーンなんてほうっておいたって育つんだから、心配しなくったて大丈夫だよ。もし買うなら奥から取り立てのフレッシュなのを持って来てあげるよ!」と言われると単純な私は買わないと何か大損した気がし始めた。
 青々した皮に包まれたコーンが入った大きな網袋を抱えて持って来たお兄ちゃんは、ザザァーとナイフで切って他の用事をし始めたので、私はその袋から直接に大きいのを選び始めていると何人かが見つめている。それで私は今野菜のお兄ちゃんから聞いたその通りの内容を、見つめる人達に繰り返してあげた。
そのトウモロコシを焼いて食べたのだが、考えてみると1人住いでは到底後の8本は食べきれない。

 夕方公園に行くとフランスの家族が又魚釣りに来ていた。4歳の男の子は4匹釣ったと自慢げに自分から私に話しかける。このルネールの父親は、よほど魚釣りが好きなのか、それとも他に趣味がないのか3日に空けず池に来て魚を釣っている。そして全く愛想がない頭の禿げた背の低いハンサムには程遠い男だが、息子のルネールはいつも笑顔で愛くるしい顔をしている。父親は挨拶一つしないのに、ルネールは遠くからでも私を見つけると体中で喜びを表して手をふる不思議な親子。

 蒸し暑し
by arata-tamiko | 2005-08-29 12:17 | Comments(0)

女性だけの買い物日   8/27/05

 Belmontの中華で飲茶を楽しんだ後、女性4人でWrenthamに出かける。食事には浜松医大のF女医も参加したが、やりかけの仕事があると言う事で帰られる。
私が名古屋医大のT女医に「あれはきっと貴方に負けまいとする一心から一緒に来ないで研究室にもどるのよ。」と言うと「大丈夫です。彼女には初めから負けていますから。」と笑う。
 
 Wrenthamでは集合時間を打ち合わせ各人好きなお店に行く事になったが、私は靴屋以外の目的店はなく何となくT女医と一緒に歩き始める。何週間前にチカちゃんのお母様と一緒に買ったサンダルがとても履き易く、その店にまっしぐら。残念ながら同じサイズの黒がなかったが、私の足に合うものならと同じデザインの白を買った。お店の女店員達は「アラッ?先日来ましたよね?」と覚えていたが、思うにこれは私の不細工な足を忘れる事が出来なかったのか、それともチカちゃん親子の綺麗さに感動して付録で私を覚えていたのだろうか?
T女医も洒落た黒のサンダルを安く買った。それから二人で長袖Tシャツも$10で買った。
一時ボストンを訪れているO先生は気に入ったフェラガモのサイフを買ったと言うので無理やり見せてもらった。その後「私もサイフを買ったのよ。」とフェラガモの十分の一にもならない$15の財布を皆に見せた。友人のMさんは誕生日プレゼントの靴とシャツ2枚を買う。
(女3人よると”かしましい”と言うが、4人ともなれば尚更、おしゃべりに夢中になりWrenthamへの出口を3回も見過ごし何度も行ったり戻ったり。)

 もう十年以上前だったかデザイナーの君島の奥さんがフェラガモの愛好者とかでブームになっているのを週刊誌で知った。ある時、留学している生徒の母親をボストン市内のファイりーン ベースメントに連れて行った。その時店の一角にフェラガモの靴が沢山並べられているのを見て、離れた場所にいるブランド好きの母親の所に行って「大変、大変。カルガモの靴が沢山ありますよ。」と教えてあげた。

 帰途、近視のレーザー治療の話になり「アメリカで受けた人を知らない?」とT女医が聞く。
「それなら私のお客様で警察庁の方が受けたのでお話を伺ったら?」と私が言うと「でも日本までメールをして迷惑ではないかしら?」と気を遣われる。
「大丈夫よ。私から先にメールをして”このお礼として、万が一胃癌になった場合は、この女医さんが執刀をしてくれますから。”と彼に言っとくわよ。」と彼女の心配を取り除いてあげた。

 安川さんご家族、明日帰国のためにお電話をするが留守。高知で仕事をされるとの事。実に律儀なご夫婦であった。

 日差し強し

 
by arata-tamiko | 2005-08-28 23:14 | Comments(0)

新潮45

 昨日、沖縄から「黒木先生からのご紹介です。」とメールを頂いた。お二人にどのような接点があるのか?不思議に思い、お聞きすると学会でお知り合いになったとの事。
医学会はどこかで何かしらで繋がりがある。私のビジネスは結構ご紹介が多いが、黒木先生も既に一年前に帰国をされたのに有り難く思う。
短期留学なので家具のみならず生活用品総て揃ったアパートの空き情報を不動産屋に電話で聞いてみる。1年前に$1,800だったStudioが、今年の9月には$1,900の家賃額となっているのには驚いた。

 昨日日本から戻ってきたセイ子ちゃんに「新潮45」の9月号を頼んでいたのでプレデンシャルまで取りに行く。何せ「昭和芸能史13の怪事件簿」と言ったおどろおどろしい見出し、それも”総力特集”と宣伝文に書かれているのだから見逃す手はない。
 車を洗車に出している間に読みふける。(ちなみに室内も綺麗にしてもらって$75なり)
女優であった岡田嘉子の「ロシア逃避行」については前にも何度か読んでいる。70歳になった彼女が昭和47年に日本に戻ってきた時は,マスコミがこの逃避行をロマンチックに書きたてた事もあり日本中が大騒ぎとなり、ロシアに傾倒する文化人達は英雄を迎えるがごとくの様子で彼女は一躍時の人となる。
 未だ若かった私は単純に「この人は戦前他国に亡命したのに今更戻ってきて恥かしくもなくお金儲けが出来るものだ・・・。」と不思議だった。
彼女の死後、ロシア崩壊によって出てきた捜査記録から彼女は一緒に越境した恋人をロシア側に売って自分の命を助けてもらった事が明るみになった。
 「彼は肺病で亡くなった。」と記者会見で語ったが真実は、その本人の嘘で恋人は銃殺刑になったのだから、彼女の亡命と帰国を綺麗ごとに仕立て上げた人々は真実を知った時に、どう言う思いだっただろうか?
聞いてみたい。

 来週到着される教授の方の契約金を不動産屋に支払いに行く。著書の一つに朝鮮戦争に関したものがあるので是非お話を聞いてみたい。

 チビの具合が良くない。下痢と吐き気あり。獣医さんは高くて本当に困る。

 日差しは強いがジリジリした暑さはもうない
by arata-tamiko | 2005-08-27 13:30 | Comments(0)

可愛い姉と弟   8/25/05

 この7月に日本人から引き継がれた車の故障に$2,500の出費を余儀なくされたN先生に付いては前の日記で触れている。
先日またお電話を頂き「金銭的に無理をしても冬に備えて信頼出来る車を購入したい。」と言われる。引き継がれた車のみでなく住居の方も2ヶ月足らずで他に移られた。お会いしてみると実に善良な人柄のご夫婦で、相手の事を少しも悪く言われない。車に関しても「掲示板で”先日ナイアガラまで問題なく走って来ました。”と書かれていたので、相手の請求額通りで買ったのですが・・・。マァー、その時までは走っていたのでしょうが・・・。」と言われたのみ。
これがもし私だったら「もうどうしてくれよう、この怒り!目には目、歯には歯。」と思い出す限りの友人知人に怒りが静まるまで話を聞いてもらうだろう。

 お二人が試運転をしている間、私はショールームの椅子に座って二人の子供の相手をしていた。
上の女の子は6歳、下の男の子は4歳で女の子の名前は”みゆ”チャン。
他のお客様の子供も同じ名前だから今日本では流行の名前だろうか?このみゆチャンが利発でおしゃまときている。大人っぽい口調でもって「たった2年しかいないから車もね・・・。考えちゃうのよね。」と言うのには、ふきだしてしまった。きっと親が話しているのを聞いていたのだろう。
私に対する言葉も尊敬語で今の若い女の子より、よっぽど本格的な日本語が使える。(日本のお店で”ありがとうございモォーース。”と言ったような発音の日本語で応対されると、そのレジの女の子達がどうしても利口にはみえない。)
ご両親に「尊敬語を教えているのですか?」と聞くと、みゆチャンが即座に「いいえ、NHKの”きれいな日本語”?を聞いて覚えたの。」と返事をする。
ほっぺたが羽二重餅のような下ぶくれで、歌手だったテレサテンに似た愛くるしい顔立ちをしている。 お母さんも「皆から”おたふく風邪が治らないまま育った顔”と言われています。」と笑っていた。
下のコウチャンも初め両親二人の姿が見えなくなった時はチョット涙を流したが、すぐに懐いてくれ自分のお気に入りのオモチャの話をしてくれる。二人とも親の愛情一杯受けて育っている素直な可愛い子供達。

 夕方Eleanorから「チビをメゲンと遊ばせてくれないか?」と電話あり。
2匹は会うやいなや恋人同士のごとく、もつれ合って喜びを表す。散々遊んだ後、メゲンが必死になって庭に穴を掘り始め、それをチビは側で黙って見つめている。メゲンはダックスフンドの血が半分入っているので、潜り込んだり穴掘りが大好き。
それを見ていた彼女が「この光景はまるで恋する女が好きな男のために必死になって自分の得意料理を見せているようね。恋するメゲンはボーイフレンドのチビに”御覧なさい?私はこんなに穴掘りが上手なのよ。”と見せているのよ。」と気の利いた冗談で笑わせてくれる。

 気持ち良い一日
by arata-tamiko | 2005-08-26 13:04 | Comments(0)

チビをからかって・・・。   8/24/05

 一昨日到着されたH先生は今日の涼しさに驚いていた。かと言って、この天候がこのまま続くわけでなく又暑さがぶり返す。ボストンの夏を初めて迎える人たちは天候の変化の激しさに面食らっているだろう。

 銀行と残りの買い物をしてH先生のお世話は終りとなった。「自分1人では到底ここまで出来ませんでした。」と言われお父様のお話しをしてくれた。お父様は今深刻な社会問題となっている”団塊の世代”で後継者がいないため退職が出来ず、週4日と言う条件を出して働いているそうだ。
大企業のシステムエンジニア、しかもその歳としては珍しく英語に長けているので1年の殆どを海外出張で技術指導をしているから、週4日も余り意味がないとの事。
アメリカ生活も経験しているので「息子のアパートは俺が見つける。」と意気込んでいたのが、私が事を余りにも早く進めてしまったので出る幕がなくなり意気消沈していたとお聞きして申し訳なく思った。
「でもボストンの住宅事情は特殊ですから父が出てきても余り役に立たなかったと思いますよ。」と言ってくれたので少しは気分が楽になる。他州に住んだ経験のあるお父様は初めボストンの家賃額を聞かされた時には信じられなかったそうだ。

 今日の銀行は若い男性のボーレスで苛立つ必要もなかった。彼が私のお客様を担当するのは2度目で、要領も覚えていて手際よく手続きをしてくれる。結構混んでいて順番を待っていると、上役のマリーナが「次からは来る前に私に電話をしておいて。そうすれば待たないで良いから。」と言ってくれた。
これだけのお客様を紹介しているのだから、日本だったらこの程度のサービスはとっくに受けているだろう。

 夕方いつもの公園にチビを連れて行く。池の周りを歩いているとチビお気に入りの大型犬に出会いチビは後をついて行く。私は木々の中でも一番の大木の裏に隠れ、チビの様子を伺う。
”ハッ!”と気づいたチビは、慌てて来た道を走って戻る。立ち止まり周囲を見渡し私の姿を探すが見当たらず、酷くうろたえて今度は初めの場所に必死に走り始める。
主がいなくなると、犬と言うものがこれ程うろたえ途方にくれるとは初めて知った。そして何か自分が途方もなく冷酷な事をしているような罪悪感に襲われた。
人間の子供も親の姿を見失うと、前には進まず来た道を走って戻り親を探す。犬も全く同じ行動を取る事を知らされた。

 晩秋のような一日
by arata-tamiko | 2005-08-25 14:03 | Comments(0)

お姑さんとお嫁さん  8/23/05

 RCNの上役の方が直接我が家に来たので驚いた。でもお陰で岡本先生の請求額の問題を目の前で直接に説明出来、相手も善処の約束をしてくれたので胸のつかえが下りた感。
SS番号が無い場合は初めの半年間の支払をクレジットカードでしておけば電話、テレビそしてインターネットの取り付け料金が無料となるし、その上その期間は何十ドルかの割引サービスがある。
それをチャランポランJimが先生のクレジットカード番号をRCNに知らせていなかったものだから設置料金を$110取られ割引も全くなく毎月請求書が送られてきていた。何度Jimに掛け合っても「今日する、明日する。」で何ヶ月も経ち今日までになっていた。

 私が最期に日本に帰ったのは、早すでに7年前となる。この10月終りか11月にかけて静岡に住む私の大事な友に会うために一時帰国を考えている。
昨夜その事について同居をするお嫁さんに電話をした。このトシエさんは嬉しい事でも悲しい事でも総て前向きで笑いで収めてしまうと言う特異な才能を持ち合わせている。
 私の友のSさんはとても個性の強い方で童女がそのまま大人になったと言った感の、二人とはお目にかかれないユニークな性格をしている。90歳になってもその生まれ持ったものは変わらないから違った意味で同居の日々は大変だろうとトシエさんには感心させられている。同じマンションに2世帯で部屋を購入したのだが、いつの間にかお姑のSさんが自分の家に戻らなくなって同居となったそうだ。
承諾なしの同居が始まり何ヶ月かする内にトシエさんは耐えられなくなり「私暫く実家に戻らせて頂きます。」と夫に言うと「俺も一緒に連れて行ってくれ!」と言われたそうで、しかたなく留まったとトシエさんからお聞きした。。
 今夜もトシエさんと一緒に大笑いをしてしまった。
トシエさんの実家のご両親も80歳を過ぎ1人で横浜に住む叔母さんも80歳過ぎ、それにお姑のSさんも90歳。それならこの祭、まとめて面倒をみるか!・・・で今住んでいるマンションを売って実家の家を老人用に建てかえる予定にしている話をしてくれた。
「それではSさんのマンションも売って資金にするの?」と聞くと「それも今思案中なの。夫の針治療院を姑のマンションで続けようか?それなら姑のマンションは売らない方がいいのかな?。でも又どう考えたって、年寄りの4人は私達より先に順繰りに亡くなると思うのよ。そうすれば実家に新築した部屋に空きが出てくるし・・・。」。
4人の各部屋にはトイレ、一階は広いリビングとキッチンを造り共有の場とし、箇条書きにして大きく”共同生活の規則”を貼っておくそうだ。広いお風呂場にエレベーターも設置するから壮大でドラマに仕立てたいほどの計画。
「もの忘れの度合いは?」と聞くと「そうね、今は3歩進むと既に忘れる事が時折ありますよ。昨夜は夫と”アレッ?今2歩半だったよね?”と言ってしまったんですけどね。困るのがお薬を飲んだかどうかを覚えていなくてね、”私飲んだかしら?”と聞かれ”お飲みになりましたよ。”と返事をした矢先に”私飲んだかしら?でしょう。”飲みましたよ。”とまた返事をして”飲んだかしら?”には”飲’ん’だ!”とだんだん返事の言葉も荒くなったりしてね・・・。」。
 Sさんは生粋の浜っ子だから関東大震災を経験しているので地震をとても怖がっている。
「日頃お姑さんは”友達も皆いなくなって寂しいわ。私も早くお迎えが来ないかしら・・・。”と言い続けているのが、最近のニュースを見る度に”もし静岡に地震が来たら私どうしたら助かるの?どうしたらいいの?”とは聞くのですけど、一言も私達の身を案じた言葉はないのですよ。」にも正直と言うかSさんそのままで笑わされる。
昔から好奇心の強い方だったが今でもそれは変わらず毎朝NHKニュースは欠かさず政治の動向に自分の意見を家族に述べてから一日が始まる毎日。
先日散歩に連れだした時に「トシエさん、道路は危ないですから帰りましょう。」と言うので「どうしてですか?」と聞くと「ほら、近頃はアスファルトが危険だと、しきりにニュースで言っているでしょう。癌で死ぬなんて怖いですよ。」「お姑さん、それはアスベストです!アスファルトではありません!」とまるで漫才を聞くよう。

 朝晩とても涼しくなる。 夜の8時既に暗し ドングリが道に落ち始める
by arata-tamiko | 2005-08-24 22:07 | Comments(0)

てんわわんや   8/22/05

 今日は一日中テンワワンヤの出来事に振り回された。
初めは昨日のH先生と一緒に届かなかった二つの荷物。H先生の住むアパートはBrook Houseと呼ばれロビーには何人かのコンシェージが24時間カウンターにいる。念のために二人のコンシェージに配達されるスーツケースの受け取りをお願いすると「心配いらないよ。航空会社からいつも配達されているから。」と事もなげに言われた。それでも心配で「部屋には未だ電話がついていませんが、何度かロビーにチェックをしに来ますから。」と、しつっこいほど念押しをしておいた。
 朝、H先生が日本から持参した携帯から電話がかかり「スーツケースは来たのですが、部屋番号を教えていなかったので受け取ってももらえなかったのです。どうしたら良いのでしょうか?」と言われた時には、対応をしたコンシェージの杓子定規の石頭を叩きたい衝動に襲われた。
それなら初めからどうして「部屋番号は?」と聞いてくれないのかと怒りが湧き上がる。
 それからUnitedの荷物係りに電話をするとコンピューターの声で「待ち時間は55分です。」と言われたのには「チョット、チョット勘弁してよ。」と思ったが、他の方法もなく唯ひたすら忍の一字で電話を耳にあてて待ち続ける。そうすると本当にキッチリ55分で、生身の人間の声がやっと出てきた。この時の嬉しさ!「あなた、よくぞ返事をしてくれましたね。感謝感激雨あられ!」と言った心境。
再配達の手配を終え今度はBrook Houseの管理事務所に電話をしてお願いをする。

  RCNの電話、テレビ、インターネットの工事はもう終わった頃かと11時にH先生宅に向かう。
ところが約束の時間を30分過ぎても工事人は来ない。アメリカだから少々の遅れは我慢、我慢と思いながらも念のためRCNに電話をすると、「工事のオーダーは全く入っていません。」と言われ狐に騙された心境。
 このBrook HouseやBrookline一帯はJimと言うRCNに働く人が一手に引き受けている。これが又いいかげんな男で、こう言う人間に限って安請け合いをする。工事の時間は朝の8時から11時となっていたので、工事日にはテレビが必要だがH先生の到着時間にはお店が閉ってしまうため、私は27インチのテレビをエンヤコラで前日購入してきた。
 こんな事なら、こんな苦労をする必要もなかったわけだ。RCNの上役の方とお話をすると「余りにもいいかげん仕事のために首を切りました。」と言うので「もっと早くに切って欲しかった。」と言ってあげた。
何としてでも早い予約を取らないと困ってしまう。今日の工事のために重いテレビを1人で買ってきた事、アメリカに来たばかりの日本人がこれではアメリカに対して尊敬を持たないだろうなどと思いつく限りの事を並び立てて工事のお願いをした。
 これが功をそうしたのか明日、RCNの工事人が来てくれる事になるにはなったが、手が空いた人が来てくれる段取りとなったので可哀相にH先生は一日自宅待機で待たなければならない。

 気持ち良い一日
by arata-tamiko | 2005-08-23 11:34 | Comments(0)

O先生を迎えて昼食   8/21/05

 帰国をされたO先生を迎えて何人かの女医さん達と一緒にお昼をする事になっているので、今夕到着されるH先生の弁当のおかず作りを午前中に済ませておく。
O先生は名古屋医大からのT先生宅に滞在されているので二人してAlwifeまで来てくれ、私は駅までお迎えに行った。
O先生に会ったとたん洗練された素晴らしいカットに「何てあなたに似合うヘヤースタイルのカットでしょう。どこでしてもらったの?」と聞くと銀座だと言う。彼女は東京、それも花の銀座まで(チョット古いかなぁ~。)ヘヤーカットに行くそうだ。
それで又つい「やっぱりね。岩手の田舎には、洒落たのがないんだ・・。」「貴方だけには言われたくない!」で会話が始まる。
 席について暫くすると浜松医大のF先生が来る。T先生もF先生も女性ながら外科医だが、よく生身の人間を切れるものだと感心させられる。(だけど考えてみれば、死んだ人間を切り刻む方が不気味だけど。)
食べる事が大好きな私達4人は、オーダーのし過ぎで持ち帰りとなったが、それでも三人はまた夕方5時半の一ドル寿司に行く話をしていた。

 珍しく時間通りの到着だったが今日は荷物が一つも届いていない。近頃のフライトは必ず何かしら問題が起きる。メールで「荷物が一緒に届かない事があるので洗面道具は手荷物で。」とお願いしていたので今夜は心配ないが又深夜に配達されるのだろう。
 慶応出身との事で「幼稚舎からですか?」に「どうして分るのですか?」と聞かれた。私は日本の名門校と言われる学校に関しては全く知識を持ち合わせていないけど幼稚舎からの方は言葉では言い表せないが共通する何か独特のものを持ち合わせている。一ヵ月ほど前の方にも「幼稚舎では?」と聞くと、そうだった。
アパートをとても気に入って下さったので安心した。

 一日中蒸し風呂にいる感じ  こんな日はスカンクがよくオナラをする
by arata-tamiko | 2005-08-22 12:02 | Comments(0)