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韓国料理   4/29/05

 私のお客様であった韓国人のKさん、Cさんをお買い物に連れて行く。Cさんは日本で生まれ、韓国には10歳の時に戻ったが日本語はとても上手である。ご主人は韓国で日本語教育を高校まで受けており朴大統領とは親しかったそうである。戦後間もなくアメリカの陸軍に送られたそうだから、よほど優秀な軍人だったのであろう。こちらに住むお孫さんの面倒を見るためにCさんだけが娘さん宅に滞在している。Kさんご夫妻は今の日本人から失われつつある謙虚さを持ち合わせている。

 魚屋さんに寄り”エイのヒレ”を買って帰宅早々、料理上手なCさんが支度にかかる。Reliableと言う日韓食料品店で買った酢入りのコチジャンに芹とニンニクを混ぜて、細切りにしたヒレを何度も混ぜ合わせる。ヒレのコリコリした感触とコチジャンの風味が絶妙であった。
お店の自家製キムチもまた牡蠣の風味がほのかにして美味しかった!

 北朝鮮とのサッカーが第三国で催されると発表があった。しかも観客人無しで。
野蛮な行動に出たのは北朝鮮なのだから罰則は多いに結構だと思う。でもそのトバッチリを何で日本が受けないといけないのだろう?
サポーターがいない試合では練習みたいで気合も入らないのでは?と日本選手に同情する。
でも日本のサポーターの多くは本心として「北朝鮮って、どんな国だろう?この機会に見てみよう!」と言った興味も結構あったのでは。

快晴 風強し つつじが満開
by arata-tamiko | 2005-04-30 12:08 | Comments(0)

親孝行  4/28/05

 友人のジョアン宅の裏庭に生える蕨をまた採りに行く。採った後、室内に入ると立派なキャビネットとダイニングテーブルセットが目に入った。「どうしたの?」と聞くと「日本にいる息子が船便で送ってきたの。」と言う。
 彼女の息子さんは十六年前に日本の大学で日本語を勉強した後、投資家として日本に滞在している。何年か前に新車がガレージにあるので「どうして2台も車が要るの?」と不思議に思い尋ねると「冬はこの車に乗って欲しいと日本からスバルの四輪駆動を注文してくれたの。」「でも自動車保険が高くなるわね。」「それも息子が出すのですって。」と笑う。
1年前は最高クラスのマッサージ機が日本から送られてきた。彼女のリビングにデン!と鎮座ましましているのは何かほほえましい。
 離婚した後は幼い子供達の養育費も支払ってもらえず苦労したとの事。でも今では息子さんの招待で年に何度か日本旅行を楽しみ、だれよりも幸せな老後ではなかろうかと思う。

 「猟奇的な彼女」と言う変なタイトルの韓国映画をビデオで観る。タイトルとは全く違ったコメディタッチの内容で多いに楽しむ。だけどこの主役の若い男性が私の知っている人に余りにもそっくりで「世の中に、これほど似た人間がいるものだろうか!」と驚いてしまった。顔だけでなく歳も体格もそのままである。
彼は未だアメリカにいるが日本の母親に電話をして是非観るように勧める。
 主演俳優に息子がそっくりと私から言われ、母親もまんざらではなかったようで、声を弾ませて「何て言う題名なの?」「猟奇的な彼女」に「嫌だ~。私その手の映画を観るような趣味ないもの!」

どんよりとした一日 時折晴れ間
by arata-tamiko | 2005-04-29 13:27 | Comments(0)

Nさん

 宝塚に住む姉より電話あり。
「あなた、私の家で30年前に会ったNさんご夫婦を覚えているでしょう?娘さんが今度の電車の事故で亡くなったのよ!」
義兄とNさんは同じ小さな漁村の出身で職場も先輩後輩の仲となり事のほか親しくしている。
義兄が何気なく新聞に載っている犠牲者名を見ている時に名前を見つけたそうだ。私もNHKのニュースでその女性の画像や高校時代の担任の先生が涙ながらに「同志社大に行き始めても高校に訪ねてくれる明るい子だった・・・。」と語っているのを見た。ご両親のこれからの人生の苦しみを思いながらニュースを見ていたが、まさかNさんの娘さんとは・・・・。

 自動車保険加入のお世話をする。事前に必要書類の説明をした時に小切手を持参するようにお願いしたが覚えておられずクレジットカードのみしか持っていない。保険会社と陸運局はクレジットカードを受け取らない。幸いに$200ほどは持っていたので年間保険料の20%のみを支払い、陸運局に支払う州税とプレートの合計金額である$700をお客様に貸す。

一日雨。 未だコートは必要
by arata-tamiko | 2005-04-28 14:39 | Comments(0)

主張   4/26/05

 昨日の早朝、先日書いたM氏の大家から電話がかかる。大家に向かって”馬鹿げた家賃額”、お風呂場の汚さ”、室内の掃除が全くされていない事”等など文句を言ったせいか「掃除だけはする。」と言い始めた。そして「だれか知らないか?」と聞く。「今まで掃除人を雇わなければならないくらい酷いアパートは一軒もなかったから知る必要もありませんでした。」と返事する。
「前の日本人から掃除は不要だと言われたから掃除をしなかった・・・と言いますが、貴方は大家としてチェックをする義務はあるはずです。」「室内を見る事はみましたよ。でも必要がないと言ったのは前住人ですからね。」
この後、5分もしない内に大家から「明日の朝7時にプロのクリーニング屋を送る。」とメールが入る。

 M氏の話によると3人で掃除は半日以上かかり夕方にはお風呂場修理の見積もり人が来たそうである。でも未だに大家は挨拶にもこない。大家は室内の状態を知っていたからこそ、見に来る必要もないのであろう。

 アメリカ人には自分が正しいと思ったら強く主張しなければ損をする。この国に来たばかりの時は日本的な思考で「私さえ、チョット我慢すれば何事もなく収まる。」とか「相手に嫌な思いをさせてはいけない。」などと口をつぐむ事もあった。
ある時アメリカの友人に「君がYes、Yesと言った時はNoの意味でもある事が分った。どうして自分の意見をハッキリ言わないのだ?」と聞かれた。「この国では,自分の意見もない人間なのか・・・と尊敬を受けないよ。」と助言された事は私のその後の人生において多いに意味ある言葉であった。

快晴。 午後遅くから吹く風冷たし
by arata-tamiko | 2005-04-27 11:17 | Comments(0)

サイパン島   4/25/05

 昨日起きた尼崎の脱線事故は時が経つごとに被害者の数が増える。23歳の運転手は、この1年以内の間に仕事上の事で3回も注意勧告を受けているそうだ。乗客から「目がうつろだ。」と言う報告もあったと言う。しかし適正検査に合格している以上は、運転手として働かせなければ「不当差別だ!」と訴えられる恐れもあるだろう。
朝笑顔で送り出した人と永の別れとなるとは悲しみ思い余る。

 両陛下が戦後60年に当たる今年の6月27日にサイパン島を慰霊のために訪れる記事を読む。
私は40年前に一年間、姉夫婦が住むこの島にいた。
その当時は未だアメリカの厳しい統治下のもとにあり一般日本人は南洋の島々に渡島が出来なかった。中年以上の住民は日本の教育を受けているため終戦後初めて見る日本人の私達姉妹に事ある毎に話し掛け懐かしがってくれた。道路をちょっと入るとジャングルになり洞窟が沢山ある。その洞窟の中には日本兵の遺骨や飯盒、靴、瓶、手帳などの遺品が散らばっていたが怖いと言う思いは無かった気がする。1人であちこちの洞窟を探索したが、思えばよく道に迷わなかったものだ。
今後悔する事は、サイパン島の玉砕を現実に目の前にした生き証人である島民達に日本語で経験談を聴くチャンスがあったのに、若さゆえに考えもしなかった。実に残念に思う。
バンザイクリフから飛び降りる日本女性や子供達の話は,1人の島民から聴いたことがある。
海に身を投げる前に女性達は崖の上で長い髪を櫛でといていたそうだ。

 原爆搭載機発進の島として知られるテニアン島にも行ったが、これはまた別の機会に書こう。

 昨日のワラビをおみおつけに入れて食べる。雨は上がるが肌寒し。
by arata-tamiko | 2005-04-26 12:59 | Comments(0)

寿司と漫才   4/24/05

 Harvard大とMITの中間地点にあるCafe S.と言う名の寿司屋に友人のMさんと行く。このお店は毎日曜日、全ての握りは1pc.が$1の値段となる。雲丹、イクラ、トロと支払の心配なく楽しめる。私のお客様で今は友人としてお付き合いをさせていただいている女医のO先生とT先生にお会いする。このお二人も食べるのはとてもお好きなようで度々お目にかかる。
 ある掲示板に「$1で一個しか出ない。」と苦情が載せられていたが、2個食べたければ$2出せば良いのであって世の中変なのがいるもんだと感心した事がある。

 今日は久しぶりにユックリしたので80年代の「やすし、きよし」の漫才ビデオを借りて見た。
今はお笑いブームとかでNHKでも放映している。でもどの若手を見ていても全く面白くない。
”やすきよ”は緻密に計算され研ぎ澄まされた丁々発止の間髪入れないスピーディーな、やり取りがある。今の若手はプロと言ったものが感じられない。でも反対に言えば、今の若者が”やすきよ”を見れば面白くないだろう。
やすしの晩年は可哀相なものだった。吉本興業から破門を言い渡された時、テレビカメラに向かっての悔しさと悲しさが混じった複雑な寂しげな顔、今でも思い出すと哀れを覚える。
完全なる破滅型の人間であった。

 裏庭にあるライラックの葉っぱが出てきたので友人のJoann宅に出かける。案の定、彼女の裏庭にはワラビがニョキニョキとはえ始めていた。今日は20本ほど採る。今週末が最高の収穫時だと思う。

 午前中降った雨も午後は晴天となる。桜が散り始める。
by arata-tamiko | 2005-04-25 10:35 | Comments(0)

アメリカ式理論   4/23/05

二ヶ月近く前に来られたH氏宅に招かれる。彼らの子供さんが必要としているケアーのプログラムがある,町の特殊学校を私が勧め、入学手続きをした事へのお礼の招待だった。
9月の入学に備えて、この子供に合ったプログラム作りのために何度も専門家と面接をしなければならないとの話。
外国人として住み税金も納めていない住人に、これだけの恩恵を授けてくれるアメリカは何と心の広い国であろう。

食事の後、もう一組のご夫婦の奥様のためにH氏が「冬のソナタ」のテーマ曲をピアノで弾き始める。ヨン様大好き奥様は曲に酔い、テーブルの前に座る自分のご主人の顔が邪魔だと言って皆は大笑い。

昨夜のM氏がお気の毒で乗りかかった船・・・と帰宅早々大家に電話をかける。
お風呂場の汚さと修理の件をお願いすると「M氏はその状態で契約をしています。ですから私は修理をして綺麗にする義務は全くありません。もし自分たちが必要と思うなら人を雇って自分たちでしてください。シャワーの水が出ないとか水漏れがあるなら私の義務ですが。」

家賃額に関しては少し創作して「他の何人かの日本人ご家族の家賃額をM氏は知りました。
そして初めて今、自分たちの家賃額がいかに馬鹿げたものであるかに気づきました。」と切り出した。
彼女は平然と「契約前にM氏がネゴシエートをすれば又話は違ってきたでしょう。でも彼はこの家賃額に満足をして、全くネゴシエートをせずに契約したのですよ。」
確かに論理としては筋は通るが何ともはや、やり切れない話である。室内の掃除が全くされていない理由としては「前の住人が室内のコンディションは結構良い状態です・・と言ったので掃除はしていません。もし納得いく金額なら掃除代は支払ます。でも自分たちで探してください。」
ボストンに着いたばかりの人がどうやってクリーニングをしてくれる人を探せるのか!と怒鳴りたい気分になる。

今夜も雨がシトシトと降る。
by arata-tamiko | 2005-04-24 14:29 | Comments(0)

うまい話   4/22/05

日本でボストン留学準備をしている時に、ある掲示板に「アパートの引継ぎ」を求めている記事を見たM氏がいる。書かれている内容からして、なかなか良さそうな物件に思えたとの事。
投稿をした現住人とメールのやり取りを何度かした後、引き継ぐ事を決め大家から郵送された契約書に1年の契約サインをしたそうである。
飛行場でお会いしてアパートまでお連れした。ここは何百世帯が住む大きな建物が何棟も建っており日本人家族にも沢山会う。室内に一歩入って見たものが信じられなかった。キッチンは全く掃除されておらず天井から油にまみれた埃のツララが下がっている。お風呂場の風呂桶の周りはカビだらけで壁や天井は湿気でボロボロ。

ここのOne Bedの家賃額はパーキングを入れて平均$1,650から高くとも$1,750。ところがこのMご家族が引き継いだ家賃額はパーキング無しで$1,750との話。パーキングは別で$150と言われたとか。そうなると合計$1,900となる。
前の住人はボストンの他のアパートに移るために引継ぎを探したそうである。これから察するときっと契約破棄となるので引継ぎ者を探したのでは・・・・?と思う。契約が終了していればワザワザ引継ぎ者を探す必要はないのだから。こちらでは契約期間は1年だから急に帰国とか他に移りたいとき等などは契約終了までの家賃支払い義務がある。これが一番困る問題となる。
でも誰か入居者を見つければ、この義務から解放される。M氏は倹約できると掲示板の話に飛びついたのだろうが反って高いものになってしまったのは気の毒だ。

M氏を銀行にお連れした時に全ての情報を書き込んでいる大判のノートを忘れた事に気づく。
その時の担当者に電話をする。4時過ぎていたが、銀行は5時までで話が出来た。
「今階下にいるので私の机に戻ってすぐに電話をする。」に祈る思いで彼女からの電話を待つ。待てど暮らせど電話はなし。それから何度電話をしてみても留守電の返事。行った方が早い!とM氏ご家族を待たせて銀行に車を走らせる。彼女の机に駆け寄ると「アラッ、今電話をしょうとうしていたのよ!」
これがアメリカです。驚くに値しません。

今日はうって変わって肌寒い天気。日が射していても吹く風が冷たい。今夜から雨となる。
by arata-tamiko | 2005-04-23 12:32 | Comments(0)

友の出発   4/21/05

明日の早朝いよいよ直ちゃんが日本に帰国をする。1年前にジョージア州に移ったが想い出のボストンから出発をしたいと5日間滞在した。春うららの陽気の中、こちらで生まれた結子ちゃんは走りまわる。3年前に留学をするご主人と一緒にボストンに来た。飛行場で初めて会った時、”何と利発そうな目をした女性だろうか!”と思ったが、それ以上だった。「一を聞いて十を知る」とは、彼女の事を言うのだろう。気が利くこと、この上なし。

到着後3,4日して購入した車をディーラーに一緒に取りに行く予定となった。1人で来たので「ご主人は?」と聞くと「仕事に行き始めたので私が運転します。」
帰途は高速道路を私の後をフォローして25分は走らないといけない。大の男でも怖さで初めてのアメリカでの運転は精神的に参ってしまう。時折私は高速道路の端に寄って待たなければならない事が多々ある。
ところが直ちゃんは間隔をあける事なくフォローしてくる。チョット意地悪をしてスピードを出すと彼女も同じ速度でスピードを出す。どこまでついて来れるか?ともっとスピードを出してもピタッとついてくるのには私の方が諦めた。その夜の10時過ぎに研究所に働くご主人を一人で運転して迎えに行ったそうだ。それもアメリカは初めてだそうだ。
男でも出来る度胸ではないと思う。またそれをさせるご主人も肝が据わった人物なのだろう。

二人の出会いは職場、つまり病院で直ちゃんは今のご主人の下で看護婦として働いていた。ある日、婦長さんが「だれ先生とK先生だったら、どっちがいい?」に「そりゃー、K先生ですよ。」と何の意味無く返事したそうである。暫くするとK先生の直ちゃんを見る目が違ってきているのに「変だな・・・?」と思っていたら、後で聞かされた話では婦長さんがK先生に「直ちゃんがK先生の事、好きだそうですよ。」と言っていたとの事。

直ちゃんがアメリカにいなくなるのは、とても寂しい。
by arata-tamiko | 2005-04-22 14:26 | Comments(0)

友人とは・・・。   4/20/05

今日は昨日お目にかかったT教授の子供さんの就学のためBelmont High Schoolを訪れる。ここは雅子妃が通われた高校として、日本人の間で知られている。彼女が婚約者として発表された時は、日本のマスコミが大挙して押し寄せたものだ。
校長や担任の先生達は、こぞって彼女がいかにクラスの人気者で成績優秀であったか・・・、そのためによく記憶に残っている等と日本のマスコミに得々と語っていたが真実はESLの先生以外は誰も覚えていなかった。日本のテレビに出たいがために皆必死になって過去の記録を探していた。一切日本のマスコミ出演を拒否した彼女の友人は「私に取っては、とてもスペッシャルな友です。ですから皆に彼女の事をベラベラしゃべりたくもありません。」とWA州からの電話で言ったのを想い出す。アメリカでは成績よりもスポーツで人気者の方が皆の記憶に残るのだと思う。

車に戻ると外は初夏の陽気で桜が満開である。街路樹として植えられている並木に白い花がビッシリとこぼれるばかりに咲き乱れている。毎年この木々に花が咲き乱れると想い出す笑い話がある。
人手不足のために急遽ガイドとして、かりだされた若い男性が日本の団体客のボストンツアーをした。この木々に咲く見事な花に感嘆した客達から「これは何の花ですか?」と聞かれたそうだ。「知りません。」とは言えず、ハットと思いついた説明が「ボストン桜です。」
by arata-tamiko | 2005-04-21 13:14 | Comments(0)