日本の伝統芸術を継承   9/24/11

  一月半ほど前に東京国立博物館の学芸員と自己紹介が書かれたメールを戴いた。
Kさんは16代続いた刀鍛冶匠の家の生まれで、日本の武具、刀剣、蒔絵などを沢山所有しているボストン美術館を見学されたいとのこと。
(一人住まいの韓国人の友人、Hさんには日々の楽しかった出来事を電話で話している。
 16代と聞いたHさんは思わず”それって神武天皇からのことではありませんか!”と冗談を言う。
 日本の朝鮮における戦前の教育は12歳だった彼女にも神武天皇を教えているとは凄い!)

全てが自費らしいので「Salemの美術館は、また違った趣があって一見の価値はありますよ。」と、こちらから招待をした。
日本の若者が日本の伝統芸術を継承する気概を持ってくれることだけでも嬉しく、私に出来ることなら何かしてあげたい。

 留学の御主人について八月終わり当地に来られたYさんも誘って一緒に出かけた。
このビジネスを通して、多彩な職種の方々とお会いしているが、このような分野は初めて。
のっけっから彼の専門職についての質問をしたが、聞けば聞くほど好きでなければ出来ない仕事の内容。
職人の家に育った彼は別の道を歩くつもりだったのが長兄、次男と同じ東京芸大を出て美術の道に入った。
次男の方は、東京の渋谷駅近くにて彫金教室(指輪やジュエリー制作)を開いている芸術一家。
運転をしながら思わず彼に「お金は稼げないでしょう?結婚は難しいわね~。」と同情。

「全く、その通りなんです。」と我が意を得た返事。

「きっと貴方の仕事を理解する女性が出てくるわよ。未だ若いのだから急ぐことないわ。」とYさんと慰める。

「たとえば生活力のある女性と一緒になって、あなたは自分の仕事を続けるとか、、、。」とYさんが提案。

「でも男として、それも嫌でしょう?」と私。

「だけど会って十分もしないのに、どうして私達が、この人の結婚を心配しないといけなくなっちゃったの?」と言って三人で爆笑。

この方のホームページです。

http://www.studio-shikumi.jp/

次兄の方の教室名   studio crucible

http://www.crucible.jp/

最後に吉野に住む刀鍛冶職人のお父様、河内国平氏です。
長兄の方が継いでいらっしゃるとのこと。

http://www.mugenkan.com/

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  やはり専門家は見るところが違う。
  この古久谷の大皿を飾るスタンドにも皿と同じ文様を画いている細かさに彼は感銘していた。
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  「黒い部分に魚魚子(ななこ)の手法が使われていますが、今ではこの技術が出来る職人が
   いません。」との話。
  黒い粒粒は手を休めず直線に彫っていくのだそう。一旦息抜きをすると線が曲がってしまうと
  言うことから焼け落ちた金閣寺の再建を思い出し、彼も「それと全く同じことです。」とのこと。
  紙よりも薄い小さな四角の金箔を天井一面に貼りつけていく上において、風が吹き込まない
  ようにして職人は天井を見上げながら体中に汗を噴き、休むことなく一気に仕事を進めていた。
  一旦休んで仕事を始めると四角の金箔が微妙にずれて最終的には一直線になっていなかった。
  
  検索すると以下のように説明があった。

  >魚子とは本来、屏風の角金具や引手など、錺金具の地彫として施す粟粒状の模様を指す。
   これは魚の卵に似ていることから付けた名称。<
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     小大名のお駕籠ですら、これほど豪華絢爛なのだから徳川の奥方の乗る御輿は、どれ
     ほどのものだっただろう。
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                   左Yさん  右が美術館巡りをされているKさん    
     この写真を見れば、私がYさんに「離れて歩いて。」と言う理由がお分かりで誰も私を
     責めないでしょう。
     どうして私が引き立て役にならないといけないのか!
     母親と見られるなら嬉しいが”ばあや”と思われたら目も当てられない。 
     
by arata-tamiko | 2011-09-25 10:54 | 諸々の出来事 | Comments(0)


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