日本の犯罪形態がアメリカに似てくる  11/7/17

昔の諺で「衣食足りて礼節を知る」と言うが、最近の犯罪の多さは、この諺に当てはまらない。
犯罪の種類もアメリカの後を追っている。

「児童虐待」
1987年に6歳のリサと言う名の養女を虐待死させたNYに住む夫婦(法的婚姻関係なし)の事件。
夫は刑事事件の弁護士、妻も立派な職に就いていることもあり、連日大きく取り上げられていた。
リサを引き取ったのは、愛ではなく、単に世間に立派な家族であると欺くためだった。
学校の先生たちも、登校してくるリサの顔の傷、頭髪の一部分が抜けてしまっていることに気づいていても、何も手を打っていない。 今では考えられない事。
これほどの騒ぎになったのは、アメリカの児童虐待の件数が今ほど数多くなかったからだろうか?
妻(法的ではない)も顔が変形するほどの暴力を受け続けており、当時の法の下リサの死に加担していないと言うことで無罪となったが、夫の方の刑期は25年。

幕末に訪日した外国人たちの多くが、日本の大人が子供を可愛がる様子を書き綴っている。
「親が子供を可愛がる様は、わが国では見られない光景で、大工たちでも、休憩になると近くにいる見知らぬ子供たちと遊び、煙管をくゆらす大工達は優し気な目つきで、それを眺めている。」と書いた一文もある。

それが今の日本では、人間とは思えない児童虐待事件が増え、その上刑期が軽すぎる。
餓死させた犯人に少なくとも10日ほどは一切食事を与えず同じ苦しみを与えるといい。
抵抗出来ない幼子を床や畳に投げつけて殺したなら、屈強なレスラーに投げつけてもらい、その痛さを教えるといい。

「相模原事件」
もと刑事とか権威ある心理学者などが、テレビのワイドショーで、喧々囂々と各人私見を述べている。
犯人直接の面談もしておらずに、いかに精神分析が出来るのだろうか?

1978年から1991年にかけてJeffrey Dahamerと言う若い青年が、自分の家に言葉巧みに連れ込み17人の青少年を殺害し、屍姦、死体切断そして食しもした。
手錠のまま辛うじて逃げ出した黒人青年が通りがかったパトロールカーに助けを求め、家に踏み込んだ二人の警察官は、この世のものとは思えぬ部屋一杯に広がる地獄を見たことから事件が発覚。
奇怪なことに、同じように頭部のみは冷蔵庫や冷凍庫に保管されていた。

14歳のラオス人の少年は、隙をねらって全裸のまま脱走を試みたが飲まされた睡眠薬のため意識もうろうとしており、近隣住民の一報で駆け付けた警察官にジェフリーの「恋人同士の痴話喧嘩。」に警察官は冷笑しながら立ち去り、哀れな少年は殺人部屋に連れ戻された。

終身刑で服役したジェフリーは、清掃中同じ囚人と口論になり殴打され1994年の11月28日に死亡。
34歳の若さだった。
日本でも有名になった『FBI心理分析官』の著作者Robert Kenneth Resslerが、このジェフリーと対談している映像がYou Tubeで観れる。

アメリカならこんな冷血な殺人者もいるのかと震撼したが、20数年後、これに類似した事件が日本で起こるとは、、、、。

   数日前霜が降る
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     どこからか飛んできたコスモスの種、季節外れの10月半ばに大輪の
     花を咲かせたが、残念なことに数日前の霜で枯れてしまった
# by arata-tamiko | 2017-11-15 06:02 | 諸々の出来事 | Comments(0)

我が家のチビの野次馬根性

我が家のチビは16歳でも元気一杯。
しかし寄る年波には勝てず、先日はびっこを引きはじめ慌てて獣医に見せると、薬1錠もらうわけでもなく、レントゲンを撮られただけで「年齢からくる関節炎です。」の一言で400ドルの請求書。
それ以外は、目立った病気もせず未だ走るし耳も目も確か。
私に似て食欲旺盛で日がな一日食べることしか頭にないみたい。

毎日「私より、先に死ぬのよ。」と言い聞かせている。

家の中でも外でも「何、何?何が起きているの?」と、野次馬根性旺盛で何でも見たい知りたい聞きたい精神で、まるで近所の小母さんみたい。

この写真は、水道工事人がきた時のチビの一挙一動。
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               「ちょっと見てもいいかしら?」
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       「もっと近づかないと見えにくいわ。よっこらしょっと。」
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            「この角度からだと見やすいわ。」

   暖房が必要となり始めた
# by arata-tamiko | 2017-10-17 11:56 | 諸々の出来事 | Comments(0)

門田 隆将ノンフィクション作家

最近彼の著書二冊を読み、つくづく日本人はもっと台湾を深く知るべきだと痛感させられた。
私もこの本を読むまで「50年に渡る植民地。親日国民。」と言った漠然とした知識しかなかった。
そして二冊目の本「汝ふたつの故国に殉ず」は、深く考えさせられる。
どうして韓国と違って気違いじみた反日に走らず、親日になったかの原因も書かれている。
「歴史に詳しいのですね。」と言われていた私なのに、戦時中台湾も同様にアメリカ軍による爆撃の被害を受けていたことも初めて知り恥ずかしく思う。

私のお客様の一人で本の趣味が同じ先生に、根本中将を書いた「この命、義に捧ぐ」を勧め、K先生は先日ヨーロッパでの学会の帰途に機内で読まれたそうだ。
奥様から「様子が変だな~と下を向いて読む主人の顔を見たら泣いていました。」と電話があった。」

敗戦で日本が去った後、毛沢東軍に押され台湾へ逃げてきた国民党の蒋介石が引き連れる兵たちは貧農の出で字も読めず服もボロボロ、靴もなく到底兵とは呼べない乞食のような群衆。
1949年に中国本土から金門島に押し寄せる毛沢東軍の精鋭の大群。
根本中将は、恩義ある蒋介石のため国交のない台湾へ夜陰に紛れ小さな漁船で密航をし、激戦に激戦を重ねた中国大陸での経験を活かし作戦を練り、兵とも言えないような僅か2万の兵隊で迎え撃ち勝利を収める。

中将の凄さは、家族に一言も漏らさずお気に入りの釣り竿一本提げて遠出をしてくると家を出て、また釣り竿一本で何事もなかったように帰宅をし、家族は全く気付かなかった。

この後に天下を取った蒋介石の側近たちのみならず、教育もない役人たちによって台湾人の苦難の道が始まる。
こうなると無教養の新政府の役人たちにとっては、日本時代特に高等教育を受けた人々が邪魔になってくる。

二冊目の「汝、二つの故国に殉ず」は、熊本出身の父を持つ湯徳章弁護士(日本名 坂井徳章)の生涯。
無実の罪で捕えられ、柔道で鍛えた体は両腕も指も使えぬほどの拷問を受け、見せしめのためトラックで市中引き回しとなっても毅然と座り続け「自分には大和魂がある!」と目隠しも拒否し、銃殺される瞬間も台湾人そして日本人としての威厳と誇りを失わない、彼のこの強靭な精神に泣いてしまう。

吉村昭亡き後に、門田氏のように丹念に自分の足で集めた資料の本が読める幸せ。
ノンフィクション!と謳いあげ「殉愛」と恥ずかしくなるようなタイトルをつけ、一方的に女性から聞いた話しのみで創作した百田尚樹とは、作家としての格が違う。

韓国に、あれだけの賠償金を払い続けるなら、同様に台湾にも誠意を見せるべきだと、つくづく思わされる一冊である。
韓国では「大声で鳴く犬ほど、もらいが多い」と言うが、まさに今の韓国を表している。

夏に台湾政府に働く台湾人の女性をお世話した。台湾と日本の会社の懸け橋となっているため、日本語は今の日本人よりも語彙が多く綺麗な日本語を話し書く。
個人的に仲良くなり、驚いたのが蒋介石の政策の下に育った彼女は台湾の歴史を学校で教えられておらず、これらの話も初めて聞くそうだ。
是非に読みたいと切望されるので、K先生にお願いをすると快く貸してくださった。

そして昨日Cambridgeにある中華に行くと年配の女性一人が食事をしていた。
思わず閃くものがあり「失礼ですが、Ms.Wですか?」と声を掛けると、日本語で返事をされた。
「貴女を長年探していたのです!」と興奮して事の次第を説明をする。
彼女の一番目のご主人は、韓国で有名なジャーナリストで、この金門島の戦いの取材中爆撃を受け亡くなっている。
蒋介石からお悔やみの品が送られてきたが、ご主人の亡くなった時の様子など何一つ説明もなく、その誠意のなさに、そのまま送り返したそう。
彼女は日本生まれで女学校を日本で終えた後、韓国の大学に入学。今月の末に、ゆっくりと食事をしながら話を聞かせてもらうことになった。

もう何年も前に、Reliableでお客様としてお目にかかったことがあるが、彼女に会うことを勧めてくれた韓国の友人たちは皆「もう90歳近いか過ぎていますよ。」と言っていたので、まさかこの女性とは思いもしなかった。
御年、93歳だそうで、背筋もしゃんとして70代半ばにしか見えない。

二か月前に亡くなった一番親しかった恵英さんに「貴女があれほど推薦していたMs. Wを遂に見つけましたよ。」と報告出来たら、彼女はどんなに喜ばれたことだろうに、、、。

  秋晴れ続く

  台湾に赴任した日本の先生7人が、原住民が襲ってくるのも恐れず逃げず首を斬られ
  惨殺された場所で参観者達に歴史を説明することを日課にしている親日老人
  親しくなった台湾人のCさんによると、まだ台湾には、このようなお年寄りが沢山
  いますとのこと。
# by arata-tamiko | 2017-10-06 02:42 | Comments(0)

韓国人の気性の激しさ   10/2/17

Reliableの女性店主から「この日本人女性を探すことは出来ないかしら?」と、そのお客様がクレジットカードで買い物をした時の領収書を私に見せながら言った。
店主の息子は気が良いのだが、玉に瑕なのが話し始めると止まることを知らない。
今回も女性と話が弾みすぎて三袋のお米を打ち忘れてしまったそう。
店主は「韓国人なら”買っていない”とか、気づいても払いに来ないけど、日本人では考えられない。きっと何か理由があるはずよ。」と、彼女の推測。
しかし領収書にプリントされた名前は、どこかで見た記憶がある。

帰宅してメールアドレスのリストを探すと同じ名前があった。
何かで彼女のメールアドレスを、お店で私はもらっていた。
既に一ヶ月以上たっており、息子の手落ちなのだから確認の問い合わせに躊躇してしまった。

彼女から早速電話がかかり、今年の夏はいろいろな出来事が起こった上に、やっと引っ越し先も見つかったそうで、領収書にも目を通していなかったと恐縮し切っていた。
電話は正直で、彼女が嘘をついていないことは受話器を通して伝わってくる。

店主から電話がかかり「可哀想なほど、恐縮していたわ。やはり韓国人と違うわ。」と言う。
パートナー経営の三人は「日本人は少しでもサービスをすると、何度も頭を下げ感謝してくれ礼儀正しい。客が皆日本人だったら、私たちはなんと幸せでしょう。」と同じ韓国人を悪しざまにけなす。
韓国人の場合、たとえば何かをサービスすると「これは嫌いだから、あれをくれ。」と、もっと高い方を欲しがる客が多い。
豆腐一丁でも「いつから値上げをしたんだ。」と文句を言う。
すると店の人も負けておらず「そんなら買うな。他の店に行け!」とやり返す。
これでは韓国人客が減るのは当たり前。
もっとも、このやり取りを眺めているのは実に愉快。

「どうして韓国人はこうなんだ。」とこぼす彼らに「だから日本国民は迷惑をこうむっているのよ!」と言ってあげる。

   どの家の庭にも小菊が満開
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     チビは自分好みの犬を見付けては、追いかけ回すので有名になっている
# by arata-tamiko | 2017-10-03 09:10 | 諸々の出来事 | Comments(0)

若い人たちと一緒に笑う  9/22/17

単身留学や未だ独身のお客様とは、お世話が終わった後でも仲良くなって一緒に食事に行ったりオカズなどを届けている。
三十前のNさんは、真面目と書かれた看板を背負ったような人だから、ついからかいたくなる。
初めは私の冗談が解らず固まっていたが、今では、馴れ馴れしく私の肩に手をかけて大笑いをするまでになった。
「不倫してもパンツを被っては駄目よ!」と私が忠告をすると「はい、絶対にしません。」と、ケラケラ笑う。
「覚えておくのよ。将来有名になって文春に写真が載ったからには”一線を越えていません”なんて見え透いた嘘など言わずに正直に認めるのよ。下手に逆らうと二の矢、三の矢が飛んでくるんだから。」
「大丈夫です。その時は嘘をつきませんから。」とNさん。

「ちょっと待ってよ。不倫云々より、貴方は結婚の方が先じゃないの!」
「そうなんですよね。まず結婚ですよね。」
「容姿に魅かれては駄目よ。心優しく聡明で気が利く女性でないと、男は出世できないからね。」
「はい、僕も全く同感です。」
「でも余りオカチメンコだと、子供が可哀想だから、容姿もほどほどかしらね。でも私、貴方のお世話が終わっているのよ。なのにどうしてここまで心配してあげないといけないの?」
そして二人でゲラゲラ笑う。

マスコミは、山尾議員の不倫相手を”イケメン弁護士”と必ず付ける。
どう贔屓目に見たって、私には田舎顔にしか見えないので、もう一人のOさんに「時代が変わっても、ハンサムの基準は変わらないと思うけど、どうして彼がイケメンの部類に入るの? 私にとっては、貴方の方が、もっとイケメンよ。」とテキストメッセージを送った。
するとOさんから「新田さんに、そう言われると何か複雑な心境です。」と返ってきた。
「私がお世辞を言う人間だと思うの? 人間素直が一番大事よ。」と出した。
すると「では、素直になって言いますが、実は僕XX大学のイケメン大会で二位だったのです。」
もうこれにはひっくり返って笑ってしまった。

   雨 寒い

              愛らしく微笑んでしまう
# by arata-tamiko | 2017-09-23 13:01 | 楽しかったこと | Comments(0)

心優しい人たち

留学生活残すところ5日のTさんは料理上手で、中でもチーズケーキは逸品で私の大好物。
今朝「最後に、もう一度味わってもらいたくって。」とチーズケーキを我が家に届けに来られた。
既に引っ越し荷物を出した今では、焼くのも大変だっただろうと感謝の言葉もない。

手伝いに日本から来られたご両親は、四国の田舎住まい。
お父様は退職後、有機栽培に情熱を注ぎ無農薬のお米を是非とも私に味わってもらいたいと意気込んでおられた。
ところが、天候のせいで収穫が遅れ、それでは申し訳ないと無農薬のお米を購入して持参された。
前に戴いた有機栽培で育成した柚子の無添加の絞り汁は唸るほどの美味しさ。
今回も小瓶一杯にして持ってきて下さった。
「此の親にして此の子あり」とは、この親子のためにあるような諺。

7年前にお世話をしたご夫妻、いまだに盆暮れには私が愛用する「あごのダシ」大袋二つと高価なお茶二袋を日本から送り続けてくれる。
有難さと感謝が募るほど、お返しが出来ない私は、心苦しさに何度もお断りしているのだが「こうやって贈るのが、私にはとても楽しみなのです。」と言う。
二年前「主人が教授になり転居します。」と知らせがあり、生まれ育った九州から見知らぬ東北での生活に一抹の不安を感じる内容だったので「これで送ってくるのを止めるかも!」と思ったが駄目だった。
この宅急便の箱の中には、かならず自筆で書いた近況を知らせる手紙が入っている。
こんな奇特な人がいるのかと思ってしまう。

人生で、このような心優しい人々に巡り合えた私は、とても幸せ者。

   秋晴れ
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            長年このダシのみを使い続けている
# by arata-tamiko | 2017-09-12 13:26 | 諸々の出来事 | Comments(0)

万引きと私の無知   8/28/17

一時はマラソン選手として活躍した女性の万引き事件が取りざたされているニュースを観ながら、もう二十年以上前の出来事を思い出し苦笑。

お世話をしていた英語学校に通う生徒から「万引きで疑いを掛けられた友達を助けて下さい。」と彼も困り切っている。
紹介された若い男性、Sさんの話は、正確ではないがこのような内容だった。

何でも日本全国の病院同士が、患者のカルテや画像をコンピューター上で送れる相互関係のシステムを学ぶために、N大学からこちらに送られてきたそうだ。
誰しも知るN大学、そして大学からボストンの会社に宛てた紹介状や大学から手渡されたと金色のクレジットカードも見せてくれた。
でも、今考えればカードは怪しいものだったかも。

コンピューター関係の大型店、Micro Softで新商品が発売され持って出ようすると、万引きで捕まったと言う。
「支払っていなかったの?」と訊いた。
「僕みたいにゴールド会員になると、新製品お試しが出来てカスタマーサービスの人に見せるだけで良いのですよ。誤解されたんですよ。」
Micro Centerに行ったこともない私でも、変だな~とは思ったが、その恥もてらいもなく話す様子に「疑ってはいけない。」と自分を戒めたくらい。

彼が研修を受けているMIT近くの会社に行くと上の人が出てきて「彼の言動に関して我が社とは何の関係もありません。大学からの依頼で受け入れただけです。」と突っぱねられた。
次にMicro Centerから指定された日に私一人で行くと、二人の男性が部屋で待っていた。

「彼は、貴女に言い訳を言っているようですが、私たちは挙動不審の彼が店を出るまで待ちました。
タクシーに乗り込んだ時に声を掛けると、彼は慌てて盗んだ商品を上着で隠そうとしました。これでも彼は誤解だと言い張るのでしょうか?」
「でも、彼は有名な大学から送られて来ているのですから、盗む必要もないと思うのですが。」
「信じがたいことですが、捕まえてみれば著名なHarvard大学の教授やMITのノーベル賞受賞者もいましたよ。社会的地位やお金は関係ないのです。」

当時の私はコンピューターが何であるやも知らず、ましてや触ったこともなかった。
コンピューターを仕事に使う友人に電話をすると「私もそこの会員よ。でも新製品をカスタマーサービスに見せるだけでお試し期間があるなんて聞いたこともないわ。」と大笑いされた。

後年、その友人が私にパソコンを教えるようになったが、使えるようになった今、つくづく何と私は無知だったのだろう、、、と、自分の馬鹿さ加減に呆れている。
N大学を全面に出してきたことで、彼を信用してしまった典型的な日本人だった。
友人がいみじくも「言葉が出来ないアメリカで万引きが出来るのだから、日本では相当していたでしょうね。病気ね。」と言った。

   日中も上着が必要となってきた
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      気候と土の違いか、こちらの花々は日本よりも色鮮やかに見える
      毎年、この花を堪能している。
# by arata-tamiko | 2017-08-29 07:58 | 諸々の出来事 | Comments(0)

真の親日   8/11/17

日本の植民地時代を知る韓国人の友人たちがだんだんいなくなる。
一ヶ月前には、十数年来の大親友だった友が84歳で逝ってしまった。
12歳まで日本語教育を受け、日本の文化や文学を愛し、生涯日本から文芸春秋を取り寄せ愛読していた。当時の女性ながら高等教育を受けアメリカで大学院を修了した。

25年前に亡くなった彼女の韓国人の夫もソウル大学を首席で卒業をした秀才で、李承晩ラインを引いた李承晩大統領から恩寵の金時計をもらったそう。
夫の中学時代からの大親友であったR氏を彼女から紹介され、日本を訪れる先々で俳句を詠み日本人以上に日本文化を敬愛する韓国に住む86歳のR氏と、未だ会う機会がないまま十年以上メールのやり取りをしている。
国交断絶のあとは、自分でラジオを組み立て日本からの放送を聴き日本に住む日本人とハム交信をして日本語を忘れないように努力したそうだ。

日本から戻られたR氏から帰国報告があり、日本語での情景描写、中学2年までの日本語教育とは到底思えない文才に毎度ながら感動を覚える。

神戸から一昨日帰りました。
夕食会とバンケットのほかには学術行事の連続で緊張が続いたせいか、我が家に帰るなり、トランクの後片付けもせず長椅子にぶっ倒れてしまいました。

今回の会場は神戸の人工島ポートアイランドに建つ兵庫県立大学大学院でした。
阪大での定年の後この大学院の応用情報科学研究科に移ったS教授が大会のGeneral Chairでした。始終VIPの待遇をしてもらいました。

神戸三宮駅からモノレールでつながれたポートアイランドには、大規模な大学、研究などの機構のほか、総合病院がありモノレール等の交通便もあってひと通りの都市機能を備えた日本最先発ウオーターフロントだそうです。

特に会場の建物と渡り廊下で繋いである理研の京コンピューターセンターのシステムは世界第一のスーパーコンピューターで、その威容は実に圧倒的でした。
体育館ほどの広いスペースに864台のラツクの集合体のシステムの赤い全面に「京」の筆書が見えました。京とは兆の一万倍の単位です。一秒間に一京回の計算が出来る超機能の実体に、初めて目にする世界唯一の人類の偉大な記念物の前に立ったような気がしました。

大会初日の8月7日に台風5号が関西地方を襲いましたが、室内の行事で差し支えはありませんでしたた。
夕方のバンケットは銘酒「福寿」の蔵元である神戸酒心館の大宴会場「さかばやし」でやりました。尺八と三味線の雅やかな楽音が流れる中、舞台に大きな酒樽が鎮座しているので、”鏡びらきかな”とつぶやいたら、同席の早稲田大学のT教授が”先生の日本語は並大抵じゃない”と言われました。

スウェーデンのノーベル賞晩餐会の公式酒に3度も選ばれた大吟醸の中でも、特選大吟醸「福寿」の香りと味が格別でした。飲みすぎないよう、合間にお冷で腹の中のアルコール分を薄めながら存分楽しみました。綺麗に盛られた鯛と鮪のお造りを含めた9点の和食の締めくくりに出されたご飯が、普段食べているのとは全く違った艶と食感なので、手にした茶碗の中にしばらく見とれてしまいました。

以上、とりとめのない帰国報告でした。


日ごとに日が短くなる
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     7羽もいた七面鳥の家族。 今は子供たちは去り親の夫婦のみが残った。
# by arata-tamiko | 2017-08-12 10:55 | 諸々の出来事 | Comments(0)

救いがたいほど幼稚な議員たち   8/3/17

いったい最近の日本人はどうしてしまったんだろう。
国を良くしようと議員になったのなら、寸暇を惜しんで勉強をするべきではないか。
本気で取り組むなら、いくら時間があっても足りないはず。
それをチャラチャラうつつを抜かし、あの今井議員と橋本市議の記者会見のていたらく。

しきりに”一線を越えていない”と言い張っていたが、箱根の山ではあるまいし、越えた超えないは問題ではない。
この二人、事の本質が全く解っていない。
選ばれた人間としての責任の重さがあることを全く自覚していない。

あれだけの証拠写真を撮られながら、あんな言い訳で国民が騙されると思う二人の幼稚さ。
余りにも国民を馬鹿にしている。
人間の質と賢さは学歴には全く関係ないと、最近のブログに書いたばかりだが、いみじくも橋本市議が証明してくれた。
あの会見が進むほど「なんてこの男はノウタリンか。(脳足りんと書く。大分の方言かも)」と哀れになってきた。
「利口者は利口を選び、馬鹿は馬鹿を選ぶ。」とは、よくぞ言ったものだと二人を見て感心する。

近頃一斉に日本人が「、、、な~と思います。」と言い始め「なに、このあいまいな表現!」と姉と怒っていたとろこ。
この今井議員も「今後頑張っていけたらな~と思います。」で会見を終わらせた。
なにが行けたらなのだ。行くしか残った道は残されていない。これでは逃げ口上だ。
「あの時は頑張るつもりだったのですが、、、。」と後で言い訳できる。
人間には覚悟が必要。 
思うのではない。
どんなに歯が痛くとも、車中でべったりと女の手を握った同じ手で治療はしてもらいたくない。

そして二人に輪をかけて幼稚で浅はかなのが中川議員。
贖罪会見で「あの愛人の方と結婚写真を撮った時のお気持ちは?」に「彼女の願いを叶えてあげれて良かったな~と思いました。」と恥もてらいもなく言う男。
この男、この歳になるまで何を考えることもなく、ただボ~として生きてきたのだろう。
それなのに、後援会の人々が並んで握手しながら激励しているのだから始末悪い。
一人の女性が「本人も後悔をしているのですから、もう一度チャンスを与えて上げたい。」には、画面に向かって「こんな男を担ぎ上げた貴女たちも同様の馬鹿よ。」と言い放つ。
あの嘘涙には、おぞけ立った。

豊田議員の夫が「家では、あのような言葉遣いをしたこともなく優しい妻です。」とコメントをしていたが、他人にあれだけの暴言を吐けるなら、心許す夫には、もっと酷かったはず。

姉に「こんな最低人間たちに、これから一億以上のお金がいくのよ。どうして国民はデモをしてでも辞めさせないの?」と言うと「皆怒っていても立ち上がって行動するのは面倒くさいのよ。」だそう。
あぁ~、私が日本にいたら先頭に立ってデモ行進をするのに。

   しのぎやすい日々
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               木の枝に花をさげ
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         柵の周りに花を飾り、朝晩水やりをして一人満悦
# by arata-tamiko | 2017-08-04 11:54 | 不快な出来事 | Comments(0)

犬養道子氏の奉仕精神   7/28/17

犬養道子氏が96歳で亡くなった記事を読み、ある日の会話を想い出す。
ハル・ライシャワーさんが「犬養さんから結婚相手を探して欲しいと頼まれているのよ。」と言うので「あれほどの女性でも結婚をしたいのですか?」と信じ難かった。

当時犬養さんは60代半ば、その上5・15事件で暗殺された前首相犬養毅の孫。
母は伯爵家の出と絢爛たる家柄に育ち世界を駆けまわる女性でも、いまだに結婚願望があることに驚かされた。
「世界で活躍をしているのですから、立派な男性との出会いはいくらでもあるでしょうに。」
「だからかえって難しいのよ。」
「それで見つかったのですか?」
「だって注文が多いのですもの。」
これには笑った。

「失礼ですが、ハルさんのような家柄なら多くの出会いがあったでしょうに。それを40歳過ぎてライシャワーさんと結婚されたのは、よほどの魅力があったのでしょうね。」と訊いたことがある。
「日本の男性は幼稚なのよね。かと言ってアメリカの男性は余りにも日本を知らなすぎて、いちいち説明をするのも面倒でね。そこに日本で生まれ育ち、両国を理解するエドウィンと出逢い結婚に踏み切れたのよ。」

女性二人が取り組む世界の飢餓や難民救済に関しての話を、もっと詳しく聞いておけば良かったと今にして悔やむ。
犬養氏は資金集めに奔走するだけでなく、遂には父親から譲り受けた屋敷まで売ってお金を作った。
ある時、ハルさんに「いろいろな講演やインタビューを受けていますが、出演料の設定はどうやって決めるのですか?」と、思えば失礼な質問だった。
厭な顔もせず「相手に任せます。そしてその全てはカンボジア難民救済に寄付してもらいます。」と言われた。
ハルさん自身も難民たちを家に預かっていたようだ。
常に不思議に思うのは、どうして日本の宗教の教祖や信者たちは、このような奉仕の心がないのだろうか?

犬養氏の数ある著書の中でも、物心つくころから始まる彼女の経験が綴られた「花々と星々と」は、一読に値する。
中でも5・15事件で祖父が暗殺される現場の描写は圧巻。
犬養氏を暗殺せんと抜刀を携え、血相を変えて室内になだれ込んだ青年将校たちの前に仁王立ちになり「まず靴をぬぎたまえ。」とたしなめ「ゆっくり話そう。」と彼らを居間に案内をする。
次に襲ってきた別の青年将校たちが発砲した銃弾を何発も頭や体に受けた後も、お膳に両手をつき吸いかけの煙草を手に持ったまま座った姿勢を崩さない祖父の一挙一動を幼い道子氏は記憶している。

浅はかで愚かな行動で世間を呆れさせる最近の議員たちとは、まるで別種の日本女性二人だった。

   気温の変化が激しい

  旧ソ連であるラトビア出身のVitasが、2000年に"Opera #2"で舞台デビューを
  した時は、この高音と容姿にロシアだけでなく世界が熱狂した。


    そして今同じく旧ソビエト連邦から独立したカザフスタンの若い歌手が
    デビューをし、高音で人々を魅惑している。
    楽屋に集まる中国の歌手たちの驚嘆する表情が可笑しく、特に上から
    下まで飾りつけた化粧の濃い中年女性。完全に陶酔しきっているのに
    は爆笑。(1:11)
    デビュー当時から比べると、彼は目を整形している。
# by arata-tamiko | 2017-07-29 11:44 | Comments(0)