取り立て業者からの電話に悩まされる  3/16/17

8か月の短期滞在ご家族の生活立ち上げのみをお世話をしたHさん夫妻の後日談。
Hさんのアパート近くにあるSprint店に行くと、一年未満の契約でアメリカにおけるクレジットヒストリーがなければ駄目だと言われ、早急に携帯が必要だし東北人特有の誠実さを感じて、私名義で借りご主人のカードから毎月引き落とすように手続きをした。

帰国前、お店で最後の支払いを済ませたと私に知らせがあった。

去年の秋ごろから、しっつこく私を名指しで電話がかかってくるようになった。
それも毎度違う人物で感じが悪いだけでなく、かけてくる理由を言わない。
だから、こっちも「彼女はいません。」で通し続けていたが、その執拗さに「私がそうだが、いったい何か?」と訊くと、Sprintの電話代金を払っていないと言う。
つまり彼らは取り立て業者だったのだ。

Sprintに電話をすると、既に自分たちの手を離れているので、この番号にかけてくれと言われ、かけると延々とコンピューターの声で何番を押せで押すと、またもや何々の件は、何番を押せで永久的に続く。
やっと人間の声が出てきて事情を話すと「このトールフリー番号にかけてくれ。」と言った始末。

そこに掛けると、またもやコンピューターの声の指示で番号を押し続ける。
やっと出てきた人間の声が神様の声に聞こえたほどだった。
三日前から、この問題に取り掛かり始めて同じ説明を既に4人にしている。
「事情はよく分かりましたが、お店にあげたピン番号か気に入りの友人の名前のどちらかがないと話せませんし、この番号にかけて下さい。」と言うではないか。
それなら初めから言って欲しかった。

幸いなことにHさん夫妻は、ピン番号も友人名も控えており、お願いをした日本のカードの明細書もすぐに添付ファイルで送ってくれた。

教えられた別の番号にかけ、最初にピン番号と友人名を伝え、抱える問題について説明をすると「一番良い方法は、お店に行って解決することです。」と言われ「そのお店が閉店してしまっているのです。だから困り切っているのです。」。

相手が言うには、契約がキャンセルされていないがゆえ月払いが未払いになっているのだそう。
そんな馬鹿な!

「この家族は、キャンセルをするためにお店に行き、4月初めに帰国をしています。パスポートで出国を証明できます。5月2日に最後の電話代がカードから引かれている明細書もお見せできます。4月初めに帰国をした人たちが、その後の何か月もアメリカで携帯を使うことなんて不可能です。」と理論立てて説明をした。
「上の人と話してくる。」と暫く待たされ「もう心配をしないで大丈夫です。業者からは二度と電話がかかってきませんから。万が一かかった場合には、この番号を上げて下さい。」と長い番号をもらった。

これで一件落着となったが、今回の件は難儀した。
解決できなければ、私が借りたことになっているため私のクレジット・ヒストリーに傷つくことになるので必死だった。

今週末また雪との予報
  
               微笑ましく心が和む
     (流行語となった癒されると言う陳腐な表現は、敢えて使わない)
    独り身の男性に送ると「飼育係が羨ましい」と返事があった

   
# by arata-tamiko | 2017-03-17 12:25 | 諸々の出来事 | Comments(0)

デビッドカードのスキミング   3/1/17

親しくしているお客様のMさんが、デビットカードスキミングの結末をメールで報告してきた。

「そのまま」
先ほどはお騒がせしました。
無事に銀行で返金手続きと新しいカードの発行が終わりました。
昨日から500ドル不正使用されていました。

週末にロードアイランドに遊びに行ってきたのですが帰りに寄ったガソリンスタンドでスキミングされた可能性が高いようです。
フォックスボロのシェルで給油したのですが、支払いを給油機のカードリーダーで行ったのがいけなかったようです。

外のカードリーダーはスキミングデバイスが仕掛けられていることが多いようで、面倒でも支払いは店内で行ったほうがいいと銀行スタッフからアドバイスいただきました。
ちなみにそのスタッフの方も以前ガソリンスタンドで同様の被害にあったそうです。
物騒な話です。

このことは常識なのかもしれませんが私は知らなかったので、みなさんにも情報共有していただければと思います。
アドバイスいただきましてありがとうございました。

   数日前に到着された方が驚くほど暖かい日々が続く
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       私の好きなCafe Sushiは、いつも何かとサービスをしてくれる
# by arata-tamiko | 2017-03-02 09:11 | 諸々の出来事 | Comments(0)

金正男の話をしながら名前が出てこない 2/22/17

やっと去年の出費と収入の記載が終わり、公認会計士に提出をするための集計を例年のように友人のMさんにお願いをして一息ついた。
そして今年も「私よりも絶対に先に死なないでね。でないと私税金のシーズンに困るもの。」と念押しをしておく。

最近は人の名前がとっさに出て来ず、金正男の暗殺を日本の姉と話すのに「散々北朝鮮の金一族を礼賛してきた作家よ。今回のこと何ていうかしら?訊いてみたいものだわ。」と私。
「だれそれ?」と姉。
北鮮送還で北に帰った在日の青年たちが金日成と握手する写真を見て感動していたけど、彼らがそのまま強制収容所送りになったことも知らないで”日本人に生まれたばかりに朝鮮に帰ることも出来ない”などと嘆いたりしてね。祖父の金日成も正恩と同じように邪魔な人間を粛清してきたんだから。」
「分った、分った。60年代かの中国から戻ってきて、蠅が一匹もいない国って褒めちぎっていた丸い眼鏡をかけた作家でしょう。私も大嫌い。名前は何だったけ?」
「それを知りたいから、延々と説明をしたんでしょう!」と漫才みたいなやり取りで、やっと大江健三郎と名前が出てきた。

暗殺をされた義理の叔父が可哀想だったと姉が言うので「何が可哀想よ。粛清されるまでには、瘦せこけた人民から搾り取ったお金で贅沢をしながら金正日主席と一緒になって自分たちの地位を脅かすと思える人たちを粛清してきたんだから”因果応報”よ。チャルチェスクだってそうでしょう。」と言うと姉は黙ってしまった。
「どうしたの?」と訊くと「難しい名前がスラスラ出てくるものだと感心しているとこなの。」と褒められたが、きっと調子いい歌を覚えるようにして頭に入っていたのだろう。
姉は姉で「こんなこと思いっきり話せるのは、あんたしかいないから、あんたより先に死のうっと。」と言う。

この殺された金正男だって、あちこちの国に女性と子供がいて贅沢三昧の日々。
美食のせいで、義理の弟である正恩同様これ以上太れないほど膨れ上がっている
北では一般国民のみならず兵隊すら食不足で不健康に瘦せ細っているというのに。

韓国人の友人、Hさんが「腹違いなのに、二人とも不味い顔をしていますね。まだ豚のほうが可愛い顔をしていますよ。」と言うので「Hさん、それでは豚が可哀想で失礼ですよ。」と言うと大笑い。

   春のように暖かい一日
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       同じ朝鮮民族でも李王家の子息となると、これほど違う上品な顔立ち。
       学習院初等科入学、陸軍士官学校卒業。
       馬で司令部に行く途中、原爆投下に遭い後日命を落とした李グウ。
# by arata-tamiko | 2017-02-23 06:48 | 諸々の出来事 | Comments(0)

詐欺にあった私のお客さん(2)  2/2/17 

帰宅をしたご主人から話を聞いた妻のSさんは「それって詐欺よ!」と急いでBank of
America
のオンラインで調べると、ATMで入金をした小切手は保留となっていた。
一日何度もオンラインで口座のチェックをしていると、小切手が入金されたと出たそうで、奥さんから責められるご主人のXさんがかけた電話に黒人が明るい声で返事をしたこともあり、Xさんと妻のSさんは、これで疑心と不安が解消されてしまった。

「そして土曜日に別の黒人が運転する車に乗って男が家に来たのよ。」
「ちょっと待ってよ。彼は、どうして家の場所を知っていたの?」
「$700の小切手に$1,000を引き出したでしょう。だから差額の$300を返しに行くから住所と携帯番号をくれって言われて教えたのよ。」
「そんな危ないことを、、、。 で、彼は現金を持ってきたの?」
「朝また糖尿病が酷くなって用意ができなかったって言ったの。」

「もう彼らはニコニコして”一緒にランチをしないか?”って肩に手をかけたりして言うんです。主人は”フレンドリーでランチに誘ってくれ、悪い人たちではないみたいだよ。”と車に乗ったんです。」
「ちょっと待ってよ。素性も知れない人たちの車に乗ったの? 命があっただけでも運が良かったと思わないとね。」
「それで、その黒人は”お前に借りた$300を返したいから、$1,500の小切手を書いてお前にあげる。それをATMに入金をして$1,200を引き出せば、$300を返したことになるだろう。”と言われ、主人はその通りにしたのよ。」
「もう理解を越してしまったわ。何の理由があってご主人は、またもやATMに行って大金を引き出したのよ。」
「英語が出来ない主人は、$300を返してもらうのに頭が一杯になったみたい。自分でも分からないって言っているの。」

私も頭がこんがらがってしまい、結局Sさんと直接に会って昼食をしながら話を聞くことになった。

受け取った$1,500の小切手が不渡りと分かり、銀行に行き説明をしたが行員も???
ATMに写っているはずの写真も解析はしてくれなかった。
初めの$700の小切手がオンライン上で入金されたと出たのは、5年間住むXさん夫妻の信用度が高かったからと説明をされたそうで、あれさえ不渡りと出ていれば、私たちは信用しなかったのに、、、と臍を噛んでいた。

急いで車両保険代理店に行き、もらった初めの小切手はCommerceが発行したものだったとコピーを見せると「これは一年前の期限切れの小切手で、第一受取人名は女性だよ。」と助けるすべもないと言われた。
住む町の警察で話しても応対した警察官は???
Medical Areaはボストン警察の管轄だと言われ、話を聞いた警察官も???
住民の殆どが黒人のRoxburyに行けとボストンの警察に言われ、取り戻したい一心で安全とは言えない夜の街を車で走ったそう。

リポートを書きながらRoxburyの警察官も同様に「どうして$700の小切手をもらって、お前は$1,000引き出したんだ?」とか「$300を戻してもらうのに、どうして$1,500となってしまうんだ?」と、同じく???となって何度も質問をする度Sさんが紙に数字を書いて理解させるのが一苦労だったそう。

住む町の警察、ボストンの警察、ロックスベリーの警察そして保険代理店でも「You are very nice man. だけど賢くタフになれ。」と忠告を受けたそう。

「そりゃあ彼らは満面の笑みを浮かべてフレンドリーのはずよ。信じがたいほど人の良い人間から、もっとお金を巻き上げようと手ぐすね引いて家に来たんだから。$1,200手にした後、すぐに携帯は通じなくなっていたでしょう。」
「そうなのよ。電話が通じるから大丈夫だよって主人は言っていたのよ。」
「ご主人って、どこで育ったの?」
「九州のXXX島なの。東京の大学でアパート住まいをした時、皆がドアに鍵をかけて出るので驚いたって。」
「それにしても、もう立派な大人なんだから。いづれにしても、いつかは騙される人だったのよ。」
「私もそう思います。それがたまたまアメリカだったんです。本当に人が良いんです。」

大金を騙されたご主人の話を大笑いしながら話してくれるSさん。
だから私は、この人が好きなのだ。
傷害事件でもないからだろう、警察は犯人捜しには興味がない様子だったとのこと。
ランチは奢ってもらっていないみたいだった。

   晴れ
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                  春の訪れ
                水仙が芽を出した
# by arata-tamiko | 2017-02-03 13:01 | 興味ある話 | Comments(0)

詐欺にあった私のお客さん   1/30/17

この詐欺に遭われたXさんには大いに同情すべきなのだが「もう信じられない騙されかたなのよ。」と大笑いしながら話す奥さんのSさんと一緒に笑ってしまった。
笑うしかないような出来事なのだから。

Medical Areaと呼ばれる世界的に有名な病院が立ち並ぶ一帯は、夕方ともなれば研究を終えた医学関係の人々が帰宅を急ぐ。
「この群衆の中で、私の主人が狙われたなんて、よほどお人良しに見えたのかしら? その人に直接に訊いてみたいわ。」とSさんが不思議がる。
苦しそうに「糖尿病で水が欲しいが金がない。」と黒人男性から哀れな声をかけられたXさん、同情して飲み水を買って与えたそう。
「それもよ、主人たら可哀想に思ってエネジードリンク2本も買って上げたって言うのよ。」に「それで、この男なら騙せる!と確信したのよ。」と私。

「幼い娘が、Children Hospitalの病室で、今チューブに繋がれて生死をさ迷っている。早急に現金が必要なのだ。俺のデビッドカードとクレジットカードは使えないので、お前にこの小切手を上げるから、書かれている額面をお前の銀行口座から引き下ろしてくれないか。」と小切手を見せた。
それは事故などで破損をした車の修理費用として、保険会社から一年前に発行された期限切れの小切手だったが、Xさんは全く気付かなかった。
どのみち、どこかで盗んだ小切手を小道具に使ったのだろう。
笑ってしまうのが、その小切手は自動車保険のCommerceから発行されたもので、Xさんは「どこかで聞いた名前だな~。」と思ったそう。
それはそうだ。だってXさんが加入をしている自動車保険の会社名なのだから。

「この小切手に書かれている名前が俺だ。裏にお前のサインをして入金すればいい。」と言われるがままにATMに一緒に行き、その紙屑に等しい小切手を入金した。
妻であるSさんは、なかなかのしっかり者で、ATMの限度額を200ドルと設定していた。
お金に疎い夫ゆえ、家賃や他の全ての支払いは妻がして、ご主人は小切手を書いたこともなくATMから20ドル以上は、こちらに住み始めて5年間引き出したことがない。

「200ドル以上引き出せないことを知った男はよ、銀行に電話をかけさせて解除したのよ。そして自分で1,000ドルと数字を打って現金を手にしたんだって。」
「だけど理解出来ないのがどうしてご主人は黙って従ったの?」
「20ドル以上下したことがないから、どうやって小切手に印刷されていた800ドルを打っていいか分からなかったみたいなの。」
「1,000ドルも引き出された時点で”変だ”と疑いもせず黙っていたのが理解できないわ。」
「お前の家に200ドル返しに行くから心配するなと言われて、顔写真まで撮らせて信じたのよ。主人は、その娘を助けて上げなければと言う思いで一杯だったみたいなの。」
「黒人にしてみれば、赤子の手を捻るみたいで心中ほくそ笑んだことでしょうね。第一病院の費用は退院した後に請求がくるのよ。それにしても、ご主人は、、、。」と言葉を失ってしまったが、Sさんから「これで終わりではないのです。その後もっと騙されたのです。」。

その二日後に起きた話の内容を聞かされ、もう唖然。
世の中、これほど疑う心を持たない人がいることに驚かされた。
                   (続く)
  今年は厳冬でないようだ

                 抱きしめたいほど愛らしい
# by arata-tamiko | 2017-01-31 11:18 | 興味ある話 | Comments(0)

慰安婦像と日本語教育を受けた韓国の友人達 1/16/17

慰安婦像を支援する韓国の群衆を見ていると、反日教育を受けた戦後世代の人ばかり。
植民地時代、日本語教育を受けた私の友人たちは今の気違いじみた自国の現状を憂いている。
彼等は日本の文化、文学を愛し俳句まで詠む85歳の男性の友人もいる。
数日前に彼からきたメールに「過去の好ましくなかった歴史に拘り続けるのは、自分が敗者であるとの宣伝を続けているのと一緒だと思います。」と書かれていた。
朝鮮戦争で北の怖さを経験している彼は、事あるごとに金正恩を「青二才!」と、今は殆ど死語となった日本語で罵っている。

女性の友人Hさんは「女子挺身隊が、騙されて慰安婦にされる話など聞いたこともありませんでした。15歳になれば挺身隊に入れて日本に行けると、私達は待ち遠しかったのです。
12歳で終戦になり、クラスの皆で日本を見ることが出来なくなったと残念がったのですよ。」と話す。
「あの像は、どうみても意図的に幼い少女ですよ。あの歳でどうやって慰安婦になれるんですか!」と韓国人の彼女が怒っているのも日本人として笑ってしまう。

70年代、家族で釜山に住んでいた時でも慰安婦と言った言葉は韓国人から聞いたこともなかった。
第一、その頃の韓国では今の朴槿恵の父親である朴大統領のもと売春は外貨稼ぎのため政府公認だったのだから。
釜山では日本人客は”みどり町”アメリカ兵は”テキサス通り”と区分けされ大いに賑わっていた。

朴槿恵大統領への大規模デモが始まった時、Hさんは「韓国人は、あのようなに整然と統一が取れたデモが出来る国民ではありません。何万人が同じキャンドルを持って同じビラを掲げて、どこから資金が出るのでしょう。これは後ろで左派勢力の大きな組織が操っているはずです。あの愚かな若者たちは北朝鮮の恐ろしさを知らないのです。」と嘆く。

朝鮮戦争で現ソウルを制覇した北朝鮮軍は、女子寮に残っていた十人ほどの女子学生たちに監視をする相手を名指し「何か気づいたことはないか?」と毎日詰問をされると、怖さとお互いに疑心暗鬼で作り話をする生徒もいたそう。
「掛け布団の干し方が違っていた。あれは韓国軍に合図していたに違いない。」と馬鹿げたことを言った生徒のため、Hさんは散々詰問をされたと苦笑いをしていた。
夜陰に紛れて逃げたHさんと親友は無事だったが、他の同窓生たちは北朝鮮軍から列車に積み込まれて連れ去られてしまった。

インターネットで毎日放送の「こんにちわコンちゃんお昼ですよ」を聴いていると、彼がやはりこのデモの異様さに付いて、友人のHさんと全く同じ意見を口角泡を飛ばすごとく話していた。
朝日新聞は、NYタイムズやヨーロッパの新聞に吉田調書の誤報に関して、大々的に訂正記事を載せる義務があると思う。

   晴天
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           庭の大木から鳥の巣が落ちてきた
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      巣作りに使えるものは何でもと必死で集めたのだろう裏側には
      荷札の付いた針金まで使われているのが、微笑ましい。
      なんの鳥だったのだろうか。
# by arata-tamiko | 2017-01-17 13:33 | 興味ある話 | Comments(0)

友人皆酉年   1/7/17

私の周りは偶然なのか、お互いに惹かれあったのか酉年ばかり。

生涯の友であった佐々木さんは、私より二回りの上の酉年だけでなく誕生日も同月日だった。
そして大親友の韓国人女性のHさんは、一回り上の酉年。
次が私。
こちらで胸襟を開いて話せる無二の親友であるMさんも、私より一回り下の酉年。
私の娘が酉年。
おまけにReliableで働く孫のように思う韓国人大学生のユンが、これまた酉年だった。

年齢の差もあり結婚に良い返事をしなかった主人の母に初めて会った時、開口一番「干支は何ですか?」と訊かれ面食らった。
後でこっそり主人に「私が答えても何も言わなかったのよ。いったい何だったの?」と訊くと「僕の田舎では、女の酉年は嫌がられるんだよ。鶏は羽をバタバタして家の運や富をはじき散らすってね。それに牝鶏の鳴く家は滅びるともいうからだろう。」と大笑いをした。

考えれば、130年以上前に奄美大島に生まれ育った姑だったから、そのような古い言い伝えに拘ったのも仕方のないことだったと、歳を重ねた今理解できる。

午前11時からの雪が降り続ける

   この体のため幼いころから虐めにあっていた17歳のJonathanを励まし自信を
   もたせてくれたCharlotteの後押しで応募をした二人。

         自信とは、これほどまでに人を変えてしまう。
         この堂々とした風格と力強い声、19歳とは思えない。

    彼には輝かしい将来が約束され、オペラ界の第一人者となるだろう。
# by arata-tamiko | 2017-01-08 12:42 | 諸々の出来事 | Comments(0)

2016年の晦日、大いに笑う

            明けましておめでとう御座います。
        皆様に取りまして穏やかで幸せな一年でありますように。
          
年初めは、太陽が燦燦と照る気持ちの良い元旦で、厳しい寒さが襲ってこないようにと願った。
Reliableを手伝っているに違いないと店に買い物に来てくれた私のお客様たちとも新年を迎える挨拶が、ゆっくりと出来て本当に良かった!

忙しければ忙しいほど心のゆとりと笑いが必要と、かなりお客様相手に笑わせてもらった。

あるアメリカ人男性、鯛ほどの魚一匹を支払う際「この魚はどこから来たのか?」と訊いてくる。
レジで働く大学生のユン、助けを求めるように私を見る。
客に「ちょっと待って下さい。訊いてみましょう。」と、魚に顔を近づけて「ところで、あなたはどこから来たのですか?」と訊き「海からだと言っていますよ。」と彼に向って言うと列に並んでいた客たちも大笑い。

いつも来る日本語を使いたがる中年の韓国の小父さん、毎度チョット品物をカートに入れては、他の品を取りに行き、カートを好きな場所に置きっぱなし。
特に混雑をする晦日の店内ではカートが迷惑。
で、懲らしめのため小父さんがカートから離れた隙に、そのカートを遥か遠くに隠すように動かした。
戻った小父さんが”???”となって探す様子に、ユンと笑いを必死に堪える。

このユンは、父親がお店経営のパートナーの一人と言う理由だけでなく生来の働き者。
その上、性格も良く孫のように思う。
でも、余りにも生真面目ゆえに、つい揶揄い心が出てしまう。
日本酒を買った60歳過ぎの日本人夫婦の対応をするユンの背後に立っていた私、ユンに向かって「IDを見せてもらわないといけないでしょう。」と厳しく言うと、ユンは顔を赤らめ慌てて「すみません。IDを。」と彼らにお願いをする。
私の表情を見ていたご夫婦は、笑い出しユンも揶揄われたことに、やっと気づき哄笑。

通りがかったユンの父親に「この年齢だから不要だと言っているのに、貴方の息子さんは”MA州の法律だから”と頑なに言って、IDを出させたのですよ。」と告げると、ご夫妻もユンも大爆笑。

なぜか、この青年ユンと我が娘も含めて、私の親しい友人は皆酉年。
この歳になり、この一年つつがなく生きよう。

    曇り日
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         陸上自衛隊を退官された方の作品のカレンダーが
         今年も日本の友人から送られてきた
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          ご興味のある方は、どうぞ申し込んで下さい
# by arata-tamiko | 2017-01-03 00:41 | 楽しかったこと | Comments(0)

30年前の国際電話料金   12/17/16

電話会社の毎月の支払いの高さに、節約プランはないものかと、RCNに電話をすると、運良く親切な年配女性に当たり、私のデーターを見た彼女から開口一番「17年間の忠誠心を有り難うございます。」と感謝をされた。
単に諸々の手続きが煩わしい理由で、他社に変更しないだけなのに礼を言われ気恥ずかしかった。

「どこを削れるか、もっとお得なプランがないかを調べる前に、セキュリティのため、パスワードを下さい。」と言われ「昨夜食べたものすら思い出せないのに、どうして17年前のものを覚えているでしょうか?」と返事をすると「何て可笑しな人でしょう。でも私も同じなの。」に、二人して哄笑した。
時間をかけて調べてくれたが、現在よりも安くなる割引プランはないとのことだった。

こちらに移ってきた30数年前は、電話会社名は確かNew England Telephone Co.の一社のみだったから、正に殿様商売。
隣接する町や他州にかけても長距離追加料金がかかり、ましてや日本への国際電話となると時計と睨めっこで話すほどだった。

独りで沖縄に住む主人が癌に侵され、当時の日本では、医師に見守られながら病院で息を引き取ることが一般的だった。
アメリカなら自宅看護が可能と計画立て、主人は沖縄からボストンに飛び、本人の望み通り家族だけに見守られながら到着の一週間後に人生の終焉を迎えることが出来た。

主人の出発の朝、沖縄の病院に電話をすると、看護婦が「病室にいないので探してきます。」と心当たりの場所を探す度に電話口に戻って「この部屋にも、あの部屋にもいません。」と報告をしてくれる。
最後に、病院内の床屋で旅立ちの散髪をしてもらう主人を見付けてくれたが、一分が3ドル数十セントする時代だったから「いちいち戻って報告をする必要はありません。」と喉元まで出かかったが、電話を通して彼女の必死さが伝わってくるので、ハラハラしながら受話器を握りしめていた。

ほどなくして電話会社が自由化されたのか、MCIと言う会社が参戦し、雇用した各国の外国人オペレーター達が、電話帳の名前から推察し彼等の言語で勧誘電話をかけた。
これは画期的なアイディアだった。
遥かに安い電話料金に惹かれ電話をすると、責任者が出てきて話しているうちに働かないかと誘いを受け、物見高い私ゆえ、ボストンで一番の高層ビル、ジョンハンコックにあった会社に行ってみた。
けど顔も見たことがない相手を勧誘することも性に合わないし、歩合制で働く女性たちの様子に魅力を感じなかった。

この後に来たのが、RCN.
それも町のあちこちにロシア革命を興したレーニンの見上げるような大きな写真を掲げ「帝国主義は永遠に続かない!」と、大きくキャッチフレーズが書かれていた。
確かRCNが、電話、テレビそしてインターネットの組み合わせプランの先駆者だったと思う。
その上に、掲げた最大のサービスは、どんな大きな建物であろうが、個人宅であろうが工事は無料。
浅ましく私など、お風呂場も入れて電話ジャックを六ケ所、ケーブルは四ヵ所も無料で取り付けてもらった。

30年前、だれが日本に無料で長電話も出来ると思った人がいただろうか。
隔世の感がある

   かなりの雪が降り続く

   カンガルーの筋肉は相当のものらしいが、愛犬の一大事に我が身の危険も
   顧みずパンチを食らわした飼い主
# by arata-tamiko | 2016-12-18 02:24 | 諸々の出来事 | Comments(0)

時代背景を知らずして  12/12/16

Reliableのお店に、よく来る50代半ばの、日本人御夫婦。
妻の方から「ここで作っている韓国の海苔巻ご飯は、酢を使わず塩とゴマ油で味付けをするのですか?」と訊かれ「そうです。でも戦前の朝鮮では、日本の海苔巻きしかなく、今の韓国式キムパップ(海苔巻き)は、戦後作られたものだと年配の韓国の友人が話していました。」と言うと「可哀想に。無理に日本の海苔巻きを食べさせられていたのですね。」と、頓珍漢なことを言う。
「何が可哀想なんですか? 当時は、日本の太巻きしかなかったんですよ。韓国人は自分たちのキムパップが、海苔巻きの元祖と思っていますが、あれは日本がオリジナルです。」

「でも、日本が朝鮮を植民地にして沢山の人を殺したのは、いけませんね。」
「沢山の人って誰ですか?百年前の朝鮮半島の時代背景を知っていますか? 何百年に渡って、王家や貴族が贅沢の限りを尽くしたせいで、一般民衆は、飢えに苦しみ、国にお金がなく亡びる寸前だったのよ。大臣たちは、初めはロシアに経済的に助けを求め、次に日本を選択したのよ。」

今度は「日本のせいで朝鮮半島が南と北に分けられて可哀想。」と言い出した。
「あなた、何を寝ぼけたことを言うの! 日本が併合したのは、百年以上前。朝鮮半島が寸断されたのは、第二次世界大戦の後に勃発した朝鮮戦争の結果なんだから、時代が違うでしょう!」
「はぁ~、南北に分かれたのは、朝鮮戦争の後なんですか、、、。」と、もれたオナラのような気の抜けた返事をする。

この後も、日韓歴史として余りにも愚かなことを言うのに耐え兼ねて「もう少し勉強をしてから、人に話してください。どこから仕入れたのか知りませんが、日本を一方的に悪く言う人は許せないのです。」と、声を荒げてしまった。
属する団体が、韓国よりだから、そこから得た知識だろうが、無知の一言。

お客様に意見をしても、このお店に働く全員が日本語の解らない韓国人だから幸いした。

   今朝の雨と昨夜の雪で道路は水浸し
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          1880年代のSeoul 中心街の南大門大通り
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           首枷の刑罪 (日本近代史歴史認識より)
# by arata-tamiko | 2016-12-13 10:32 | 不快な出来事 | Comments(0)